歩いてスカートが揺れるたびに、何だかそわそわと落ち着かなくなる。いつものカインなら選ばないようなふわふわとしたデザインだからかもしれない。多分、似合わないということはないと思う。クロエに頼んで選ぶのを手伝ってもらったのだ、おかしなところはないはず。わかっていても、やっぱり落ち着かない。
ネロとの待ち合わせ場所までもうすぐだ。時間にはまだ余裕がある。
そっと道の端に寄り、スカートの形を整えてから鏡を取り出した。バレッタと前髪を少し直して、リップもと視線を落とし、何だか急に恥ずかしくなってしまって慌てて鏡をしまう。ここまで食べ物も飲み物も口にしてないんだから直す必要はないはずだ。だから大丈夫。バッグを持ち直して、足を踏み出した。
一歩進むごとに、待ち合わせ場所が一歩近づく。当たり前のことがこんなにももどかしくて、少しだけこわくて、そわそわしてしまう。
もう一歩踏み出すと、見慣れた青灰の髪が見えた。後ろ姿に声を掛けるのなんて慣れているはずなのに、いくらカインといえども今日に限ってはどきどきしてしまう。
二人で出掛けるその行為に、デート、だなんて名前がついただけなのに。
「ネロ」
少しだけ震えた小さな声でも、ちゃんと聞き取ってくれたらしい。青灰の髪が揺れて、黄色に青を落としたような瞳と目が合った。途端に丸くなるのを見ていられなくて少しだけ視線を落とす。
視線の端に、揺れるスカートの裾がうつった。
「その、……似合ってるか?」
少しだけスカートを持ち上げる。こんな風に言えばやさしいネロは否定しないとわかっていても、どうしても口にせずにはいられなかった。クロエにお墨付きを貰っているとはいえ、普段とはまるで違う女の子らしい服を着こなせていると自信を持てずにいる。
「ああ、えっと……似合ってる」
かわいい、と絞りだすように言われて、思わずぱっと顔を上げた。少しも余裕がないその声に、カインへの気遣いは見当たらない。きっと本当のことだけを言ったのだとわかってしまって、頬が熱くなる。恥ずかしくて、だけどそれ以上にうれしくて。
ありがとうと笑えば、頷いたネロがそっと視線を反らした。赤く染まった耳がこちらを向く。いつもは髪に隠されたそこが、何にも邪魔されずによく見える。その理由を、カインは良く知っていた。
そっと手を伸ばして、耳朶に触れる。
「これ、つけてきてくれたんだな」
金色の少しだけ青を混ぜ込んだような色合いの、小さなピアス。ネロの瞳の色にそっくりで、うれしくなってプレゼントしてしまったもの。つけてきてほしいとは言わなかったけれど、そうだったらいいなとは思っていた。だから、カインにもよくわかるように髪を上げてきてくれたのだ。
ネロはきっと否定するけれど、きっと間違ってない。思わず笑い声が零れてしまった。
やっぱり似合うなと右耳のピアスを突くと、勘弁してくれとつかまえられる。いつの間にかこちらを向いていた瞳が、困ったように揺れていた。どうかしたのかと首を傾げて、ふと思い出す。
「ごめん、くすぐったかったか?」
くすぐったがりの友人は、耳朶のあたりにちょっと触れるだけでもだめだと言っていた。ネロがそうだとは聞いたことがなかったけれど、もしかしたらカインに気を遣っていただけかもしれない。もしそうなら悪いことをしたなと眉を下げると、ネロは小さく唸って口の中で何かを呟いて、それから小さく息を吐く。
「……そういうことにしといて」
「わかった」
頷いて、もう一度謝る。ちょっとだけ疲れているような顔のネロが、もういいからとカインの手を引いた。かさついた大きな手のひらに包まれているのはうれしいけれど、少しだけ開いた距離がさみしくなる。
だから、手をほどいた。
驚いたように振り向くネロにもっと近づいて、指と指を絡めて握る。
「こうやって繋ぎたい」
だめ?と顔を見上げると、困ったように眉を下げて、いいけどと小さく頷く。その表情の意味は、右耳のピアスが教えてくれていた。