今日の捕り物は少々大掛かりなものだった。一年ほどかけて追い詰めた被疑者なのだから当然と言えば当然なのかもしれない。相手は中々逃げ足が早く、ブラッドリーでさえ取り逃がすこともあったほどだ。必然的に熱も入り、突入の時には最前線にいたらしい。
ちなみに今回の突入の名目は、違法薬物の所持及び販売組織の摘発だ。この薬物と言うのは、一般的には惚れ薬と呼ばれるものに近いようだ。実際の成分を見てみれば、自白剤に興奮剤を混ぜ合わせたような代物で、確かにキャバクラなどで使えば高価は絶大だっただろう。何故か話してしまった本音を肯定されれば、誰もが心を許す。そこに興奮剤が効いて鼓動が早まれば、恋をする人間が出来上がるという寸法だ。
この薬物の厄介なところは、空気中に成分を噴霧できるというところだった。用途を考えれば相手に気づかれないほうが都合がいいのだから、合理的なやり方ではある。
――というところまで話して、ネロは報告書から顔を上げた。戸惑うように揺れる赤茶の髪に、零れそうになるため息を何とか飲み込む。
「まあ、ここまで説明すれば分かんだろ?」
「えーと、つまり……ボスは薬のせいで、俺を好きになった?」
カインの言葉に、空気がヒヤッとした。げんなりしながら、そうじゃなくて、と首を振る。
「薬のせいで本音でしか話せなくなった、って感じ」
「本音で……?」
呟かれた言葉を肯定することができずに、曖昧に相槌を打つ。ここでネロが頷けば素直に受け入れるのだろうが、どうにも良心が咎めてしまった。ちらりとカインを膝に乗せたまま手放そうとしない男を見遣る。
様々な薬物に耐性のあるブラッドリーが、こうも薬に支配されるものだろうか。確かに薬物は体内に入っただろう。最前線にいたせいで他の署員よりも吸い込む量が多かったというのも、特におかしなことではない。でも、この男がその程度で薬に溺れるとは思えないし、恐らくネロの予想は間違ってないだろう。署長室にネロだけを呼び出し、状況をカインに聞かせたのがいい証拠だ。
「なあ、ネロ。ボスはいつまで」
心配そうだった声が不自然に途切れた。見れば、赤茶の髪を見慣れた指先が撫で、何事かを囁いている。内容は聞こえない。というか、聞こえないようにした。こういう時アシストロイドは便利だよなと他人事のように思う。見る見るうちに赤く染まっていく耳から視線を反らした。
カインがブラッドリーをどう思っているかなんて、少しでも関わりのある者ならみんな気づいている。分かってないのは本人だけで、そんな状況をぶち壊したくなったんだろう。料理を皿に盛りつけるまで待てないような男にしては長くもった方だ。
今度は耐えきれずにため息が零れる。薬にかこつけて口説くなら、せめてネロのいないところでやってほしかった。
今一番の問題は、どうやって穏便にこの場を去るかということだった。