ネロの食事で笑えないと思ったのはこれが初めてではないが、どうも妙だ。
今日は昨日と同じように良く晴れ、食堂の窓からは眩しく光が差し込んでいる。魔力の入り乱れた喧騒は、ブラッドリーとしてもそれなりに馴染んだものではあった。だが、目の前に差し出された皿の中身はどうだ。
あの男が昨日と同じメニューを選ぶことだけでもおかしいのに、サラダに添えられたグランデトマトの切り口でさえも記憶と寸分違わぬことなどあり得るのか。
「おい」
ネロ、と言いかけて、料理人の背後から顔を出した男の姿に口が止まる。黙り込むブラッドリーに首を傾げるネロに適当な言い訳を告げて追いやった。ネロと同じように不思議そうな顔をした騎士が目の前に座る。いつものように手を差し出す仕草はあまりに自然で、漂う魔力は確かに記憶と相違ない。
だけどその男は、確かに昨日死んだはずの男だった。
「ブラッドリー?」
動かないブラッドリーに男が困ったように眉を下げる。それが目に馴染んだものであることが強烈な違和感となって顔を歪ませた。
それでも逃げる選択肢を取れずに手を伸ばす。
「ああ、見えた。おはよう、ブラッドリー!……どうかしたのか?」
「……どうもしねえよ」
フォークを取り上げ、皿の上のベーコンに突き立てた。そのままかぶりついて咀嚼すれば視線が外れる気配がした。
――カインが石になったのは間違いない。
話に聞いただけなら考える余地もあったが、看取ったのは他でもないブラッドリーだ。間違えるはずもない。舌に感じた魔力は確かにカイン・ナイトレイのものだった。
この騎士相手なら幻を見せられたという線も考えなくていいだろう。
間違いなく死んでいた。だが、目の前のカインは生身の体を持って当たり前のように食事をしている。
「ブラッドリー、食べないのか?」
「……ああ、俺はそこまで腹減ってねえからな。こいつはてめえにやるよ」
青々としたサラダボウルを押しやると、そうなのかとカインが首を傾げた。……昨日と同じように。
「お腹が空いてないなら仕方がないが、本当にいいのか?」
『お腹が空いてないなら仕方がないが、本当にいいのか?』
少しだけ躊躇った指先が、そっとサラダボウルに触れる。
「ネロなら、あんたの口に合うように作ってくれてると思うんだが」
『ネロなら、あんたの口に合うように作ってくれてると思うんだが』
記憶の中のカインと同じ台詞が、同じように吐き出される。まるで時間を巻き戻したかのように。
時間は魔法使いにとっても不可逆だ。時間を戻す魔法などありはしない。もしそんなものがあるならホワイトの体には未だ血が通っていたし、ムルは世紀の知者であり続けていただろう。
それでも尚、こう考えるしかなかった。
ブラッドリーは今、カインが死ぬ日の朝まで巻き戻ってしまったのだと。