探していた後ろ姿をようやく見つけて、カインはほっと息を吐いた。周りを確認してから、そっと名前を呼ぶ。ボリュームを絞ったつもりだったが、ブラッドリーと呼びかけた声は案外廊下に響いた。少し焦って、振り向いた見慣れた顔に足早に駆け寄る。
「ブラッドリー、今、大丈夫か?」
ちょっとだけでいいんだと付け足して、少しどきどきしながら答えを待つ。今日はブラッドリーの誕生日だ。人気者の彼のことだから、きっとたくさん予定が詰まっているんだろう。
カインも先約が取れればよかったのだが、打ち合わせがあって時間が作れるか微妙だったのだ。明日にでもと思っていたら、打ち合わせが予定よりずっと早く終わって、それでこうして探しに来たのだが。
ブラッドリーはちゃんと気持ちを見てくれる。プレゼントを渡す日付が過ぎてしまうことを気にするとも思えなかったが、カインが当日にお祝いしたかった。だって、せっかくの誕生日だ。
だから、構わないと頷かれた時には思わず口元が緩んでしまった。ありがとうと言った勢いで話を進めてしまいそうになって、慌てて口を噤む。もう一度当たりの様子を伺って、静まり返った廊下に小さく息を吐いた。怪訝そうな顔をするブラッドリーの手を取って、口の前に人差し指を立てて見せる。手に持った紙袋ががさがさと音を立てた。
ひとけのないところを選んで慎重に移動する。カインにとっての秘密の場所は、カインだけのものじゃない。たとえ見つかっても困ることはないけれど、二人きりではいられなくなる。だから誰にも見つからないように。校舎の片隅の、一番小さな音楽準備室まで。
許可をもらって預かった鍵を使って扉を開き、中に入る。中身が空っぽの楽器ケースと椅子が三脚しかない小さな部屋は、ほとんど使われていないだけあってほこりっぽい。少し窓を開けてから椅子を綺麗にして、少し空気が入れ替わったなというところで再び窓を閉める。カーテンまで閉めれば、完全な密室みたいだった。
黙ったままのブラッドリーに椅子を勧めて、カインも隣に座る。まずは、と姿勢を正してブラッドリーに向き直った。
「誕生日おめでとう、ブラッドリー」
「……おう」
「それで、プレゼントがあるんだが……」
少しだけ声が小さくなってしまった。ブラッドリーがそんな男じゃないとわかっていても、指先が一瞬ためらってしまう。袖口のボタンを撫でて……意を決して紙袋の中のものを掴んで差し出した。反射的にか、受け取るように上を向いたブラッドリーの手のひらに岩みたいな形のそれを乗せる。
「その……シュトーレンっていうのを作ってみたんだ」
日持ちするらしいし、時期的にも丁度いい。ブラッドリーは食べるのが好きだし、ラムレーズンなんかも入っているらしいから口にも合うんじゃないかと考えて、プレゼントはそれに決めた。決めたはいいが、手作りするのは料理初心者にはハードルが高かった。ネロに協力を仰いで何とか形になったものの、見た目がきれいなものは残念ながら一つも出来なかったのだ。
「見た目は……ちょっと、あれだが、味はちゃんとうまいからな!」
「……そうかよ」
手元のシュトーレンを見つめるブラッドリーの表情は、何だか複雑そうだった。
「これを、渡しに来たのか?」
あんなに慎重に動く必要はあったのかと言いたげな顔に思わず苦笑する。カインとしてもこそこそしたかったわけではないのだが。
「元不良校に奴らに見つかったら色々大変だろ?」
甘いものが好きな奴もいるみたいだしさ、と言うと、そうかもなと疲れたようなため息が返ってくる。以前も食べ物関係でトラブルがあったのかもしれない。やっぱり見つからずに移動して正解だった。小さく頷くカインを、ブラッドリーが何故か呆れたような顔で見つめていた。
「こういうのは、俺以外にすんなよ」
勘違いされると言われて、何のことだと首を傾げた。