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    伊瀬の箱

    @nobu__ni

    主にトリババ、アベンジャーズ系。

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    伊瀬の箱

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    彼の彗星を砕くまで(@kanokudaTL )
    のイベントSS後半です。
    引き続き屋棟様宅のコクシアさんをお借りしました。

    タイトル未定3月31日夜半。
    人語を話す謎の意思天体に対する無力化、及び捕獲任務が終了した。

    特別捕獲装置に入れられ天文台へと連行される意思天体を眺めるオクタビウスの横顔からはなんの感情も読み取れなかった。
    普段はまんまるな目を鋭く細め、珍しく焦点の合った瞳は黒く黒く僅かの光も発していない。
    戦いの熱気を連れ去った冷たい夜風に頭の花弁をいくつか舞わせ佇むコクシア嬢は急かすこともなくそれを見ていた。
    ふと彼の身を包むオレンジ色のツナギと無機質な鉄の首輪が目に入る。
    受刑者である事を示すそれら。
    常にエージェントの監視下におかれ名前すら呼ばれない。あの意思天体と同じ。
    この子もこうして捕まり収容されたのかもしれない。

    …『自己検閲特性』という、自在に自身の存在を秘匿できる能力を持った彼が。

    誰がどうやって捕まえたのか。
    訊ねたところでおそらく答えは返ってこないだろう。
    懐っこく撫でてほしがり大きな体で足元に擦り寄ってくる無邪気な面も、喜色満面に獲物を狩ろうと飛びかかる純粋で凶暴な面も、コクシア嬢にはどちらも演技だとは思えなかった。


    少なくない死傷者を出した戦いから一夜明け、星観島にまた朝が来る。
    ある者は友と絆を深め、ある者は大切な人との別れを経験し、またある者は自身の無力に涙を流し。
    どんな思いを抱えて夜を越した者の上にも太陽は平等に光を注ぎ時は止まることなく進み続ける。

    許された範囲内での短い散歩から帰ってきたオクタビウスは、廊下の先にコクシア嬢の姿を見つけると引率の職員を置き去りにして走ってきた。
    そして彼女に「アゲル!」と短く叫ぶ。
    小首をかしげ無防備に差し出された手のひらになにかがそっと乗せられた。
    それは小さな花だった。
    「チチャイ オハナ!アタ!アゲル!」
    お礼のつもりなのだろう。彼はこうして時折おみあげを渡しにくる。
    おみあげの内容は小鳥や野うさぎの死体であったり、丸い綺麗な小石であったりといつも価値があるわけではない物ばかりだが本人は素敵な物をプレゼントしたと思っているらしい。
    その証拠にお礼の品を渡した後は必ず
    「ウレシ!?オイラ オリコウ!?」
    と、相手が喜ぶと信じて疑わない笑顔で撫でられるのを待つのだ。
    コクシア嬢もまた 嬉しいよ、と毎回 蕾の綻ぶような笑みで応える。ピンと立った大きな三角耳の間を毛並みに沿って首の後ろ方向へゆっくりと、次いで眉間を親指の腹で筋肉をほぐすように優しく撫でればオクタビウスはゴロゴロと喉を鳴らして応えその手に頭を擦りつけた。


    「コレ、オイラミタイナ オハナ!ママ ユテタ!アゲル!」
    細い茎の先に瑠璃色の小花を密集させて咲く可憐な花。
    「(私を忘れないで、か…)」
    自身を忘れさせる能力を持つ彼に、彼がママと呼ぶ誰かはどんな思いでこの花を送り、彼をこの花になぞらえたのだろうか。
    手のひらの上に横たわる小さな花はまだ瑞々しい。萎れてしまわないよう体の水を与えながら持ち運んでいたらしい。
    「…薔薇を差し出すその手には、いつも微かに香りが残る」
    はっきりと流暢な発音で発せられる声は確かにオクタビウスのものだった。
    驚いてそちらへ視線を向けるといつも通りの少し焦点の合わない無邪気な丸い目がコクシア嬢を見上げ、嬉しそうに笑っている。
    「ッテ、ママ ユテタ!ケドオイラノ オテテ、イーニオイナテナイ。ドシテ?」
    自分の前足を嗅ぎながらもう片方をコクシア嬢の鼻先に突き出し子供のように疑問をぶつけてくるオクタビウスが可愛らしく見えて、携帯用の手帳にペンを走らせた。
    『とてもいい匂いだよ』
    あの花に香りはない。水でできたこの手にも。
    それでも 束の間の自由な時間を与えてくれたことと、愛情を持って接してくれたことへの感謝を伝えようと僅かな散歩の時間を使って最高のプレゼントを探したその気持ちは、ちゃんと彼の手に香りを残しているだろう。


    貰った花が萎れてしまわないように手早く湿らせたティッシュペーパーを茎の切り口に巻き付けて帰路を急ぐ。
    そうして自室に戻ったコクシア嬢は同居人から一通の封筒を差し出された。
    「自己検閲特性の暴露による影響調査の実施」という仰々しい文言から始まる手紙…というか通知書が入っていた。
    実施日は明日の午後。都合が悪い場合はここへ連絡するように、と連絡先。
    事務的な内容のそれを封筒に戻して、コクシア嬢はスケッチブックへとペンを走らせた。
    『これ 機密情報かな』
    茶目っ気のある同居人は悪戯っぽく笑い封筒を色んな角度から眺めてふむ、と顎に手をあて
    「機密情報というのはスパイ映画では自動的に消滅するのがお約束ですが…(じっと封筒を見ている)……消えませんね!」
    冗談か本気か分からない調子でそう言うのだった。


    翌日の午後、コクシア嬢は指定された会議室で手紙の差出人を待っていた。
    その部屋にはすでにオクタビウスが居て、壁際に置かれた大きなクッションに体を丸めて横たわり前脚を丹念に舐めては額の辺りを毛繕いしている。
    蛍光灯の光を反射する毛並みを指でなぞれば「ヤーン」と嫌がるふりをして手のひらに頭を押しつけぶつけて撫でろと催促してくるので両手でわしゃわしゃとせっかく整えた毛並みをかき混ぜてみた。きゃきゃっとはしゃいで顎をコクシア嬢の膝にのせて喉を鳴らす。
    大きさは人間だからサイズ感は猫というより虎かライオンを撫でているようだ。よく見ると襟足?が長い。
    ひんやりした質感を楽しんでいると机を挟んで前方に位置するドアが叩かれノック音が室内に響いた。と共にオクタビウスが喉を鳴らすのをやめ耳が警戒するようにそちらへ向けられる。
    まもなくドアが開きスーツ姿の男性が現れた。
    海洋生物の特徴を有する亜人の男。
    筋肉質な体と厳しい雰囲気を纏っているせいでその身長は実際よりも大きく見える。
    殺人犯を民間人も多数居住しているこの土地で安全に管理しなければならない仕事柄、常に気を張り詰めているのが伺えた。

    オクタビウス…いや、『ほほえみ支援センター』に収容された受刑者LYN-2938の管理エージェントは開口一番
    「まず、そいつに素手で触るのはやめろ」
    と苦言を呈した。

    何故、と問うためスケッチブックに伸ばした手は「これを使え」と手のひらサイズの端末が机に置かれたことで止まった。
    苦手、とまでは言わないが楽しいおしゃべりとはいかない会話に居心地はあまりよくない。少なくともエージェントの方からはお友達になりたいという雰囲気は微塵も感じられず、会話はいつもあくまで事務的に淡々としていた。
    体調や生活面での変化の有無、ちょっとした違和感はないか、などいくつかの質問を受けて端末へ慣れない手付きで文字を打って応える。それに対しエージェントが手元のノートパソコンを操作して…それを繰り返しているとなんとなく取り調べを受けているような気分になった。

    「LYN-2938の能力については軽く説明したな。」
    コクシア嬢が頷く。臨時バディを組むにあたり犯罪者との接し方や注意点をみっちりと教え込まれたのはまだ記憶に新しい。
    その講座の中で彼の能力についても簡単に説明を受けた。
    ふたりの親しげなやり取りを見てか、危険性を理解しておく必要があるだろう、とエージェントは閲覧可能な程度の報告書を交えてより専門的な解説を始めた。
    曰く。オクタビウスは意思天体を攻撃する時に外傷と共に対象の現実性(実在性とも表現される)を削っているのだという。
    この現実性が減っていくと他者から認識されなくなり、他者に干渉できなくなり、他者に干渉されなくなり、自身を認識できなくなり、遂には完全に消滅する。
    その対象は『初めからこの世に存在しなかった』と改変されるのだ。
    それは意思天体に限らず、人間にも同様の効力を持つ。
    しかも傷をつけずとも直接的な接触を重ねる事で僅かづつ対象はオクタビウスを忘れていくのだ。
    「だから研究員でもそいつに素手ではさわらない」
    あれは人間ではなく、細心の注意を払って取り扱うべき『異常存在』なのだとエージェントは言う。
    「バディを組むのは今回で最後にするべきだ。あんたはちとコイツを気に入りすぎてる。…今後は接触も控えてもらえると俺としてもやりやすい」
    エージェントはそう説明を締めくくった。
    おそらく今日呼ばれた本来の理由はこれなのだろう。
    仕事とはいえこちらの意思も確認せずに告げられたそれに少々困惑し端末に短く
    『誰とも触れ合えないのは寂しい』
    と打ち込んで画面を向けた。
    「いつあんたを殺すかもわからん奴とお友達でいるのは危険だって言ってるんだよ、お嬢さん」
    子供にでも言い聞かせるような口調だが有無を言わせぬ圧がある。
    膝の上で耳を後ろへ寝かせてじっとしているオクタビウスは何も言わない。
    肯定も否定もしなかった。

    『この子は』
    そこまで打って、ふと手を止める。
    自分は何を綴ろうとしているのだろう。



    『これからも 誰かを殺したりしない』
    …本当に?現に彼は共に戦う特別職員に爪を、牙を向けようとした。
    信じたいだけかもしれない。

    『と思う』
    逡巡の末にそう書き加えた。

    端末を向けた途端、エージェントがサングラス越しに眉を顰めるのが見える。
    ひとつ息を吐き胸ポケットから煙草を取り出す。『幸運の一撃』の名を冠するそのパッケージは煙草を吸わない人間でも見覚えのある有名な銘柄だ。
    箱の底部を机にトンと軽く打ちつけ突き出た1本を咥えて火を着ける。

    「なぁお嬢さん、そいつがどれだけの人間を殺したかわかるか?」
    そんな事知るはずがない。
    『わからない』
    だから素直に答えた。
    「そうだ。わからねぇんだ。なにせこの殺人鬼に殺された人間はどんな記録からも誰の記憶からも消えちまうんだからな。」

    紫煙を吐き出し、サングラスを外す。
    視線の交わりを阻んでいた黒いガラスの壁が取り払われはじめて目が合う。

    「自分の子供が殺された事を知らないどころか、自分に子供がいた事すら忘れちまった遺族がどれだけ居るかもわからねぇ。そいつはそういう事をしてきたんだ」
    静かな声ではあったが机で見えないはずのオクタビウスを睨んでいるのがわかる。
    『それを償うためにここにいる』
    「更生なんざしねぇよ。そも人間じゃねぇんだ俺が相手してる犯罪者共は。星の力に脳ミソ食われて本能で人を襲う、人間の形で人間の言葉を話す意思天体みたいな奴らだ。」


    「問答無用で襲いかかってくる意思天体よりひとを騙して匿わせたり能力の影響下におこうとしてくる分タチが悪い」
    触れるだけで他者を操れる者もいる。会話をするだけで正気を失わせ廃人化させる者もいる。同じ場所にいるだけで不治の病に罹患させられる者もいる。

    撫でる程度の身体接触でも少しづつ能力に暴露することになり、積もり積もっていずれはオクタビウスに関する記憶を全て失い、遂には完全に認識できなくなってしまう。
    本人はこれについての尋問に自覚していないと思しき回答をしているがエージェントはそれも怪しいものだと言う。
    「無害そうに振る舞って触れさせ、自分を認識できない人間だらけになった天文台を抜け出す…なんてのは誰でも思いつく脱走計画だろ」

    会ったこともないどこか遠い国の犯罪者の話だったならば、罪もない人を大勢殺した悪人だと迷わず思えた。
    あの大きな黒い目をした猫はこの世に幾らもいる犯罪者達となにも違わない、大勢のうちのひとりでしかなかったはずだ。
    何度か任務を共にして、お礼のおみあげをもらい、一緒に遊んで、優しく撫でて、喉を鳴らして喜ぶ姿を可愛らしいと感じて、ただ一緒に過ごして…友達になった。
    特別ななにかなどなかったが、今は彼が悪意以外なにも持ち合わせていないとは思えない。
    だからつい考えてしまう。
    触れるだけで他者を操れる者は誰とも触れ合えない。会話をするだけで正気を失わせる者とは誰も言葉を交わしてくれない。同じ場所にいるだけで不治の病に罹患させられる者のそばにはきっと誰もいない。
    それはとても孤独だろう。
    望んで得たわけでもその能力を選んだわけでもないのにある日突然 誰もが忌避する危険な存在になってしまう。
    助けを求めて拒絶されたり、寄り添おうとしてくれた人を制御できない力で傷つけてしまった者もいただろう。
    そんな孤独が彼らを狂わせたのではないか、と考えずにいられない。

    どこか遠くの誰かの話ならそういうものだと諦められる詮無きこと。
    けれど、コクシア嬢は出会ってしまった。
    あの透き通った体の中にあるものが人間への敵意や残虐性だけではない事を知ってしまった。

    信じたいだけかもしれない。
    狡猾な殺人鬼に騙されているのかもしれない。
    それでも、これから真実になるかもしれない嘘をこの世で自分ひとりでも信じてあげたいと思うのが友情ではなかろうか。
    造花だって、確かに美しいのだから。

    膝の上でぎゅっと拳を固め、傍らに置いたままのスケッチブックを手に取った。

    『目の前にいる友達が 寂しくて 触れてほしいと願っているなら 私は触れることを怖いと思わない』

    向けられたスケッチブックの文字をなぞるエージェントの目が細められ、すぐにサングラスで隠された。
    硬質な指先が机をトン、トン、と叩く。
    剣呑な空気はゆっくりと消えていった。

    「自己検閲特性の影響を防ぐ方法はある。ふたつ…いや、あんたにはひとつだけだな。」

    「互いの能力と痛みを分かち合う契約。毒を持つ生物がてめぇの毒でくたばらないように、奴の能力を持てば記憶は消えない。」
    その言葉にひとつ思い当たり、コクシア嬢はスケッチブックへとペンを走らせる。
    『貴方とタビーさんは一蓮托生を組んでるの』

    「殺人犯とか?冗談じゃねぇ。」
    あんなのと組む奴はどうかしてる。エージェントは揶揄うように皮肉っぽくそう言った。


    コクシア嬢が自室へ戻った後の会議室ではオクタビウスが残されたスケッチブックの紙面に自分の名前を見つけたらしく「タビー、コレ オイラ」と確認するように何度もその文字を撫でていた。




    それから約1ヶ月後、前触れもなく意思天体が現れなくなった。
    これが何を示すのか。何が起きようとしているのか。今はまだ誰も知らない。

    ただ、降り注ぐ雨滴は静かに花弁を揺らしていた。
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