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    Tonfer

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    Tonfer

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    ヴィエラ葬送合同誌 Vieras tale-葬送-に寄稿した小説です
    解禁となったため掲載

    夜明け  夜明け
    Tonfer

    「みて! レト! この黒曜虫!」
    「あぁ、知ってる。食えるやつ」
    「うん、うん! って、違う違う! 確かにそうだけどさぁ! それだけじゃないんだよ!」
    太陽が沈み、天で星々が瞬きだした頃。焚いた炎の揺らめきに照らされながら、アルは自身の大きい手からもあふれる程に大きく、黒々とした黒曜虫と呼んだ甲虫を、レトと呼ばれた青年の眼前にぐいと押し付けるかのように見せびらかした。レトが冷めた表情で淡々と答えた通り、その黒曜虫は森で取れる豊かな食料の一つだった。
    しかし、レトの答えに乗りつつも否定したように、アルが教えたかったのはそこではない。
    「見てほしいのはこの子の羽の模様! 普段はむしって食べないこの羽! ほら、光が当たるとキラキラしてるでしょ!」
    鼻息を荒くして、まくし立てるように語ったアルは、レトの眼前に突き出していた甲虫の前羽を摘んで広げる。顕わになった後ろ羽は、アルが言ったようにたき火の炎に照らされ、琥珀と黄金が混じりあったかのような瞬きと輝きをみせていた。
    「それで? それは生きるのに必要な事なのか?」
    「それで? ってさあ! こんなに奇麗なのに! レトはいっっっつもそう! この前にリューダ山に行こうって誘った時もそう! もぅ、面白くないなぁ!」
    黒曜虫を突き出していたアルに向かって、レトは怪訝そうな顔をして首をかしげた。アルにとって良いものでも、レトからしたら己の使命である森を護るという死と隣り合わせの生活の中で、ただ生きるために食べている食料でしかない。鑑賞用として楽しむ気持ちや、時間など必要がない。何をどう薦められても、理解に苦しむのだ。
    そんなレトにアルは、薄桃色の垂れ耳をぴこぴこと震わせながら、わざとらしく困った顔をしてみせる。静かな夜の森では異質としか言えない騒がしいこのやり取りも、幼なじみである彼らにとっては日常であった。
    レトとアルは同じヴィエラの里で産まれた後、男と判った。それぞれ別の師の元で独り立ちし、本来ならば男は森を護るために一人で生きていく生活を強いられる。唯一の接点となりうる、師から受け継いだ天と地の二極と六属性の苗字も一致しなかった。
    だが、アルは幼なじみという事を理由に、レトと比べて大柄な体を最大限に使い、感情をあらわにしながら何かと絡んでくる。守護者に有るまじき人懐こさであるがゆえ、時々その在り方に注意するほどレトにとって面倒くさい奴でもあったが、何度も適当にあしらわれても、その熱心で諦めない姿勢がどこか憎めず、付き合いを完全に拒否する気にもなれなかった。
    「そんなにいろいろ観察したきゃ、この前の余所者みたいに外に出て旅人にでもなったらどうだ?」
    「旅人かぁ……」
    しばらく前、森の外から来て、案の定、森で迷い衰弱していた旅人、この森の言葉で言い換えれば余所者を発見したことがあった。密猟者かもしれないから放っておけばいいだろうというレトの忠告を無視し、余所者でも弱った命は見捨てられないと言い放ったアルは必死に介抱していた。しかし、それも虚しくその旅人は命を落とした。そして、死の間際にその旅人はなにを思ったのか、アルに大事にしていたものを貰ってほしいと、さまざまな動植物や鉱石などの図解が記されていた書物を渡したのだ。
    識字という文化がないがゆえ、その書物に書かれた文字というものは全く理解できなかったが、それ以外の知らない多くのモノの図に、アルはすっかり魅了されてしまった。アルは元から好奇心旺盛のお調子者で、周囲から浮いたおかしなやつであったが、その書物を託されてさらに拍車がかかり、なにかの呪いにかかったかのように、書物を読み込み、こうして、何かを見せびらかしに来る様になった。
    「それは違うんだよなぁ。せっかくだから森の守護者も森の事を知るのも両方を極めたいじゃん? たくましく森を守って激動の二百年を生きた強い戦士はたくさんの事を知っていました! ってね。浪漫があるね。ふふふふ」
    レトの問いに対し、アルは口早に強欲ともいえる願望を吐き出した。やがて口角を上げきれるだけ上げ、裏返った声でひとり怪しげに笑い出す。
    「強い戦士? マーモット一匹狩るのにぼろぼろだった癖によく言うな」
    「うっ……」
    痛い所を付かれたアルはぎゅっと顔を歪め、おおげさに体をのけぞらせる。
    新しい鞄を作ると勢いよく飛び出し半日、ようやく帰ってきたと思ったら、マーモットを引きずりながら全身を傷だらけにして帰ってきたアルの事を思い出す。
    「まぁ頑張れ」
    「ほんとさぁ、冷たいなぁ」
    レトからの冷え切った激励に「また」と言わんばかりに怒りだしたアルを見たレトは、この変わり者がそうなるのは一体何時になるのだろうかと思った。

    ***

    アルが死んだ。
    切り立った崖の下、得物である弓や、いつも大事そうに抱えていた皮の鞄などを辺りに四散させながら、アルだったそれは血溜まりの中にひしゃげて転がっていた。隣には同じように絶命したボアの死骸が転がっている。
    恐らく獲物ばかりに気を取られ、崖がある事に気が付かず、追い詰めたボアとともに飛び出して落下したのだろう。
    ——ああ情けない。強い森の守護者になると豪語したのはどこのどいつだ。こんな呆気なく死ぬような半端者なら、さっさと森を出た方が死なずに済んだかもしれないのに。
    この様な死は森ではよくある事のため、同じように命を散らせた同胞の大抵は、森に住む獣達と同じように、その場に置いていかれる事がほとんどであった。
    だが、彼との関係と生前の彼の姿を思い出し、置いていくことに少しばかり気が引けた。ちょっとは弔ってやるか、と思ったのだ。
    ——どこまでも手の掛かるやつだ。
    だらりとした遺体の両足首を掴む。ひとまずは開けた場所まで移動させようと、ずるりと引きずっていった。

    弔ってやるか、と思ったものの、レトは地であるレフの名を受け継いでいたので、アルが継いでいた天であるディトの儀礼作法のことはよく分からなかった。天の名を持ち、探究心の塊であったアルであれば詳細を知っていたかもしれないと思ったが、当の本人は骸となっているために聞き出しようがない。天という概念だけを頼りに、葬送儀礼をレト自身で考え、行動に移すしかなかったのだ。
    突然のことであったため、当然、よくある儀礼で使うような体を飾る豪華な装飾品などの用意は出来なかった。その代わりに出来るだけ地より離れ、天に近い所にあるもの、空を飛ぶ鳥の肉や羽、高い木々に実る花や果実など、目に付いた高い所にある物を副葬品としてかき集めた。ほかには、アル自身の持ち物であった弓と矢、手製の携帯食料や薬品、必死になってかき集めていたよく分からないガラクタを、拾い集めた石と薪で組んだ台座に寝かせた遺体の傍に重ね置いた。
    そして、レトは遺体に火を付けた。その体に宿っていた魂を天に還す方法として、それを天に向かって燃え上がる炎と煙に乗せようと思ったのだ。やがて、飽きる程に散々見てきたその姿は、燃え広がる炎に包まれてあっという間に見えなくなった。
    そして、数日がたち、遺体の全ては灰となった。その大きかった体も、灰の全てを集めたとしても、明らかにレトより小さいだろうという程に細かくなってしまった。
    その灰をどうしようかと、レトは悩む。そして、アルとの会話の中で、何度も話題に上がっていたリューダ山をふと思い出した。森から見えるどの山よりも天に近いほど高く、レトに勧めてきたほど思い入れのある場所であるならば、最後はそこに連れて行ってやるかとレトは思った。
    レトは、アルが生前に苦労して作った鞄に、入る限りの灰を詰め込んだ。すっかり小さくなったとはいえ、大柄だったアルの様な、ずしりとした重みを感じる。その鞄を抱えながら、森の中を進み、川を越え、想像していたより険しいリューダ山を登っていった。
    そして、夜明けの刻。その頂にたどり着いた時、眼前に広がった光景に、レトは息を飲んだ。

    開けた空、広大な森、森を横断する川、飛び立つ鳥の群れ、懐かしい里、訪れた事のない古い遺跡、森の外に広がる見知らぬ地。そして、それら全てを黄金に染める太陽。

    それを見た時、レトの長い耳の先から足先までを痺れるような、言葉に例えることができない、生まれて初めての感覚が体を駆け巡った。
    レトは生きるために必要な事しか要らないと思っていた。だが、アルを弔うために何気なく登った山の頂で眼前に広がるもの、今まで気にもしなかった景色というものに初めて心を惹かれてしまったのだ。
    自分が思っていた以上に世界はとても広く、知らないものもたくさんあった。そして、それらのすべては、命の巡りがそうであるようにつながっていて、まるであの時、アルがレトに見せた黒曜虫のきらめきの様に輝いて見えた。
    ——アルはこれを見ていたのか。
    レトはアルを思い出す。そして、その遺体を見たときには出なかった、レトの中で堰き止められていたものが溢れ出した。レトの黒土のような肌を雨で潤わせたかのように流れたそれは、ぽたり、ぽたりとまぶたから頬へ、胸元へと滴ってゆく。
    レトは、アルを亡くして初めて、今まで自分自身で見ようとしていなかった素晴らしいものがたくさんあった事、そしてそれが、アルであった事に気がついてしまったのだ。
    ——あの時は、くだらないと切り捨ててしまったものたちを、心を動かすものを見てみたい。
    ——命がめぐって、自分たちが新たな命として形を成して、この森へと戻った時、また巡り合おう。
    レト自身と、友であったアルへの思い、そしてその再会を心に願う。
    そしてレトは鞄の中のアルを、天に、森に還すように少しずつ宙に撒いてゆく。
    朝日に照らされたアルは、まるで生前にみせていた輝きのようにキラキラと瞬きながら、辺りを漂い、やがて、夜明けとともに消える星の様に、森の中に消えていった。
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