ルナ番外編 アベルの話このラクシアとは別の世界、俺は神に仕えていた。
誰よりも神を信仰し、懸命に仕えていた、ある日俺と弟のカインは神に捧げものをした。俺は丹精込めて育てた作物を祭壇に乗せ、弟は肥えた子羊を祭壇に捧げた。
すると神は俺の捧げものには見向きもせず、弟の捧げものにだけ目を止めた。
許せなかった、なぜ、こんなに熱心に仕えている俺の捧げものが無視されて、弟のほうが優遇されているのか、恨みと憎悪だけが俺の体を支配していった。
俺は弟を野原に呼び出して殺した。
神は弟の行方を問われた、やはり俺より弟のほうが大事なのか?
「知りません、俺は弟の番人なのですか?」
しかし、大地に流れた弟の血が神に弟の死を伝え、俺の殺人が神に伝わってしまった。
神は俺を神の国から追放し、何も育たない乾いた大地であっけなく死んだ、そして俺の魂は神の国に帰ることはなく、俺はラクシア世界で魔人として誕生した。
前の記憶を持ったまま新たな生を受けた俺は初めこそ、怒りや恨みの感情に呑まれ自身の周りをうろつく魔物を目に付く先から屠っていたが、いつしかそれもむなしくなり、シャロウアビスの奥深くで眠りについていると、自身のフロアの外がやけに騒がしい。
見ると、すでに絶命しているタビットとその腕の中で泣いている小さなタビット。
以前のように一振りのうちにこの小さい命を刈り取っても良かったが、そのときはどうもそんなことをする気分じゃなかった。だから気まぐれにその小さい命を拾い上げた。
この小さい命のために姿を小さな人間の姿に変え、自身の寝床へと連れ帰った。
小さな命のために薄暗い洞窟の中に小さな小屋を建て、新しい”家”を作った。こんなことをして何になるのか、小さな命を救うことで、自らの罪も消えるとでも思っているのか?笑えるな。
小さな命は俺のそばで絶えず笑っていた、撫でれば幸せそうに目を細め、何にも知らないそのまなざしで俺の全てを受け入れる、優しく温かなその姿に、以前の世界で最後に見た”月”を見た。
だからこの小さい命に【ルナ】と名前を付け、俺の名前をルナに教えてやった。
ルナは生まれたてなのにもかかわらず、様々な知識を吸収していった。その吸収スピードはとても速く、俺も驚くほどだった、好奇心旺盛なルナは全てのことに興味を持ち、見ていてとても危なっかしい、いつか俺がいなくなってルナが外に出たときのために俺が魔人という存在であることはついポロっと教えてしまったが、ここがシャロウアビスだということは伝えていない、外の人間に魔人に育てられたことやシャロウアビスで生まれ育ったことを知られれば必ず面倒なことになる、まぁそれもこれからゆっくりと時間をかけてルナに教えていけばいいだろうと
俺がいれば危ないことなどないだろう、そう過信していた。
ルナとの会話が終わり、俺は少しだけウトウトしてしまった。ルナには危ないからこの小屋の外には出てはいけないと常日頃から言っていたし、ルナも素直に俺の言うことを聞いていたため、完全に油断していた。
かすかに香る血の匂い、開いたドア、すぐにルナの気配を追った。早く早く、早くいかなければ、ルナが俺の大切なルナが俺のせいでその命を散らしてしまう、それとも今この現状も俺に対する神からの罰なんだろうか?弟を殺めた俺は永劫に許されることなんてないんだろか……
俺は許されないんだとしてもルナだけは何としてでも守りたい、この世界に来て初めて守りたいと思いった。憎悪に吞まれていた感情に差した一筋の光がルナなんだ。
ルナを見つけたとき、血だまりの中で弱くなっていくルナの命の灯。そしてそれを狙う魔物、その魔物の爪はルナの血で濡れていた。
頭に血が上り、一閃のうちに魔物を屠り、ルナを優しく優しく抱き上げた。
湧き上がるのは俺の罪に巻き込んでしまった罪悪感。だが、あの時ルナを拾い育てたことは後悔していない。
ルナのために俺は出来る事をしようと思う。
そうして、ルナの2歳の誕生日、ルナに自由という名のプレゼントを。
いつかルナがもっと大人になってからと思っていたが、このシャロウアビスという場所はあまりにも危険な場所で、今回はたまたまルナが幼く遠くまで出ていなかったため間に合ったが、今後どうなるか分からない。
ルナにはタビットとしての知識と魔法の知識を教えた。まだまだ心もとないがそれでもここにいるより、全然マシだろう。
どうか、ルナのこれからに幸おおからんことを。
そして願わくば…いつか俺の罪が神から許され、この世界で魂が巡るなんて奇跡が起きたのなら、またルナに会いたい。
そのときはまたたくさんの話をしよう。