雨の日の散歩ここ数日降り注ぐ雨に、ドラルクが嫌そうな顔をした。
「嫌だねぇ、こう雨続きだと洗濯物が乾かないぞ。ちょっとロナルド君。君の分の洗濯物の方が多いんだ。リネン類も一緒にコインランドリー持っていってくれない?」
「分かった。しゃーねぇからお前の服もジョンの洗濯物のついでに持ってってやるわ。」
「は?何を言ってるんだね君は。私やジョンの服は手洗いに決まってるだろう?君みたいなゴリラ肌と違ってデリケートな肌をしてるん、ブェー!」
ドラルクが言い切らない内にワンパンで殺すと、ロナルドは洗濯物を袋に詰めた。
事務所を出ると、ひんやりとした空気がロナルドの身に纏う。思わず身震いをしたロナルドは、「寒ぃな」なんて呟くと傘を差した。
そうして雨の中、コインランドリーを目指して歩き出した。
雨は別に嫌いじゃない。
かつてのロナルドにとって、雨の日は特別な日だった。雨の日は外を出歩く吸血鬼も少ない。当然、吸血鬼事件も少ない。当時、退治人として活躍していた兄ヒヨシがいつもより早く帰れる日。要は、大好きな兄といつもより長く過ごせる日だった。
決まって雨の日は、幼いヒマリと一緒に駅までヒヨシを迎えに行った。駅でヒマリとロナルドの姿を見付けると、ヒヨシは決まって嬉しそうに笑ってくれた。
格好いい退治人レッドバレットから、自分達の兄ヒヨシに戻るその瞬間が好きだった。
そうして、帰りにファミレスで外食する。雨の日は決まってそうだった。
だから、天気が良い日が続くと少し味気なく思えた。
◇
「ちいにい、さかさま。」
幼いヒマリが指差す先、窓枠の下の方にテープで並べて貼られてたてるてる坊主は皆逆さまになっていた。
「だって、最近雨降らないからさ。ヒマリもお子さまランチ食べたいだろ?にぃちゃんとご飯、食べたいよな?」
そう笑うと、ヒマリは少し考えてコクリと首を縦に振った。
「だろ~?だから雨降らせようと思ってさ。てるてる坊主たくさん作ったんだ!これ、逆さまにすると雨降るんだぜ!すごいだろ!ヒマリも一緒に作ろ!」
そう言ってロナルドはヒマリの手を引いて、部屋に招き入れた。
ーーそうやって、ティッシュでてるてる坊主たくさん作ったっけ。
結局雨なんて降らなくて。幼いヒマリと一緒にふて寝した。ブランケットに二人くるまってカーペットの上で寝ていたはずなのに、起きたらちゃんと布団に入っていた。夢の中で目が覚めた時、誰かに抱き抱えられた記憶がある。きっと兄ちゃんだ。しかし、久しぶりの温もりに安心して、また眠りに落ちていったせいでヒヨシの顔なぞ見えなかったが。ーー
懐かしいな。
昔を思い出しながら、ロナルドは、コインランドリーのドラム式洗濯機が回るのをぼんやりと眺めていた。
誰かが入って来た。
「お、ロナルドか。」
「あに、兄貴?!?」
「おみゃあもか。まあ、この雨じゃしな。」
ヒヨシは鼻歌混じりで洗濯機に服を放り込んで、慣れた手つきで操作する。
そして、待ち合いの椅子に座ったロナルドの隣に腰かけた。
「本当に久しぶりじゃな。」
「あに、隊長さんも忙しそうだし仕方ないさ。」
少しよそよそしいロナルドに、ヒヨシがぶはっと吹き出した。
「今は俺ら二人だけじゃろ。いつも通りでええぞ。」
ロナルドの頭をガシガシと撫でるヒヨシに、思わず寂しさを自覚した。ちょうど、昔の事を思い出していたからだろう。
「うん、にいちゃ、」
思わずあの頃と同じ呼び方をしてしまった。
無性に恥ずかしくなって、下を向くと、横からヒヨシの笑い声がする。
「フッ…いや~、俺の弟は可愛いの~。」
「ちょっ、やめろよ…兄貴…。」
「もう兄ちゃんって呼んでくれんのか?」
「だっ…呼ばないって。子供扱いしないでくれよな…。」
「おーおー、一丁前に反抗期じゃの~。」
ヒヨシが楽しそうに笑う。たまに仕事で会う吸血鬼対策課の隊長としての姿ばかり見ていたせいで、兄ヒヨシとしての態度で接してくれるのが何だかむず痒い。
気付けば自分の洗濯物の乾燥が終わっていた。ドラムの洗濯乾燥機の蓋を開けて、洗濯物を取り出そうとした。少し湿ったままの洗濯物を手にすると、ロナルドはもう一度乾燥機にかけた。
「なんじゃ、おみゃあ、終わったんじゃにゃあのか?」
「洗濯物詰めすぎたみたいでさ。なんかまだ湿ってた。」
「あ~、あるよな~。」
ゴウン、と回り始めた乾燥機を眺める。追加であと30分。中々先は長い。
スマホを弄ろうにも、電池が心許ない。
ふと、横にいたヒヨシが室内にある自販機へ向かった。缶コーヒーとココアを手に戻ると、ニカッと笑った。
「ちょうど、同じ位に乾燥終わりそうじゃしな。奢りじゃ。」
「いいよ、兄貴。俺自分の分は払うよ。」
「アホ。飲み物位遠慮するな。兄貴面させろ。ほら、おみゃあは甘いのが好きじゃろ?」
渡されたココアの缶は少し熱いくらいだった。
「…ありがとう、兄貴。」
「うん、素直でよろしい!」
ヒヨシは満足そうに笑うと、缶コーヒーのプルタブを開けた。
それから二人、他愛ない話をして。気付けば乾燥はもう終わっていた。雨の中二人一緒に帰る。もう少しで近所のヴァミマに着く頃、ヒヨシが話し足りないし、散歩でもするか、なんて少し回り道をした。久しぶりの兄弟水入らず。ロナルドは嬉しくて口元が緩んだ。
「そういえば、昔おみゃあとヒマリで作ったてるてる坊主あったな?」
「えっ?何それ。」
「大分昔の話じゃが…窓枠の下、壁にびっしり逆さまに磔にされてたあのてるてる坊主な。この間、久しぶりにそれを見付けてな。懐かしくてつい飾っておいたんじゃが…それでかの。まさかこうも雨が続くとは…さすが効果絶大じゃな。」
ニイと口角を上げるヒヨシに、ロナルドは居たたまれない気持ちになった。
「捨ててないのかよ…。」
「大事に取っとるわ。あの頃…雨の日にな、駅で可愛い弟妹が迎えに来るのは危ないんじゃあないかとも思ったが…疲れた仕事の後だとおみゃあらの姿見るだけで疲れとかどうでも良くなったわ。あん時は助かったわ。」
「…うん、」
ロナルドは懐かしさと嬉しさで胸がいっぱいになってしまった。兄に迷惑ばかり掛けていた申し訳なさがあった。もしかして、自分の存在は枷になっているのではないか。兄や妹の迷惑にならないように、生き急ぐようにがむしゃらに働いた。だから、何も出来なかった幼い頃の自分が、尊敬する兄の救いになっていたことが嬉しかった。
「あの頃は、よく雨の日に外食に行ったの。ファミレスじゃがな。」
「うん、」
「今日も雨じゃし、俺は非番じゃし。久しぶりに、三人でどこか食べに行くか。」
「うん、…え?いいの?」
「悪い訳にゃあ。まあ、予定があるならまた今度でいいが。ヒマリにもRINEするか。」
「全然行く!!兄ちゃん、俺ねえ!ファミレス行きたい!」
あの頃みたいに目をキラキラ輝かせてロナルドが勢いよくそう叫ぶと、ヒヨシが爆笑した。