キスきっかけなんて覚えていない。半田のふとした表情にドキリとしたり、いい匂いがするのにソワソワしたり。そんな些細な出来事が増えていった。いつしか、ロナルドをからかう半田の表情を可愛いなんて思ってしまうようになった。重症だ。
ロナルドが半田のことを、そうやって意識し出してから半年。やたらと距離の近い半田のスキンシップに我慢できなくなって、ロナルドはヤケクソのように告白したら、半田は驚いて固まってしまった。半田の顔を見ると耳まで真っ赤になってしまっていて、「ロナルドの無様な姿を晒すなら付き合ってやってもいい」なんて絞り出すような声でOKを貰えたのだ。
その日は全力疾走で事務所まで走って帰って、興奮が覚めずに街中を走り回ったっけ。
それが、1ヶ月前。そろそろ、次のステップに進んだっていいのではないか。
今日も事務所に遊びに来た半田は、メビヤツに絡んでいる。最近は決まってあの話をするのだ。
「それでな、メビヤツ。ロナルドが情けない顔で『そんなに触られたら好きになっちゃうだろ!もう好きだけど!』なんて言い出してな。ククッ、本当に傑作だったぞ。」
「お前さぁ、俺が告白した時の話いつまでもするなよ…。メビヤツが嫌がってるだろ…。」
「フン、貴様の無様なエピソードを普及しているだけだ。心の狭い男め。」
「俺は心の広い方だろ!!なあ、広い方だよな?」
「…こんなに心が狭い男、俺位しか付き合ってやれん。」
「半田ぁ…。」
あの半田が珍しくデレている。もしかして、メビヤツに絡んでいたのも惚気ていただけなのか。半田が自分との交際に浮き足立っている。それがどうしようもなく嬉しい。半田は照れているのかまた真っ赤になっていて可愛い。
いい雰囲気。今しかないのではないか。
次のステップに進む提案をするいい機会だ。
「あのさ、半田…。」
「何だ、ロナルド。トイレなら早く行け。そこの扉だ。」
「いや、俺ん家だわ。分かるわ。てか、トイレじゃねえから。」
「は?じゃあ、何だ?」
訝しげに眉間に皺を寄せた半田がこちらを見る。圧が凄い。
殺されそうな視線に、背筋がゾワリとする。
何だ。何でコイツ急にキレてんの?もしかして、俺のこと嫌になった?え?嘘泣きそう。いや、頑張れ俺。兄貴が見ているって思え。
脳内に住まうヒヨシにエールを送って貰うと、背筋が自然と伸びる。
よし、言うぜ。
「あの、半田…俺ら付き合って1ヶ月じゃん。だから、その…恋人らしいことしたいんだけど…。」
言ったぜ!
ロナルドは、言い切った安心感から大きく息を吐ききった。
そうだ。恋人らしいことがしたい。まずは手を繋ぐ、のはまだ早すぎるから、デートがしたい。遊園地に行って、ご飯食べるのもいいな。前に遊園地に行った時は、仕事だったし。今度はダサくないエスコートをするぜ!
そうロナルドが意気込んでいたら、半田がポカンとした顔でこちらを見ていた。
「半田?どうした?」
やっぱり無理なお願いだったのか。
ロナルドが少し残念そうに下を向いた。そんなものだから、半田が小さく「別れを言われるのかと思った」なんて呟く声はロナルドには聞こえなかった。
「あのさ、半田?やっぱり無理、だよな。俺らにはまだ大人すぎるって言うか…。」
「フン!俺は大人だから平気だ!」
「嘘?!じゃあさ、じゃあ」
次の土曜日、デートしようぜなんて誘いを遮るように、半田が大きな声を出した。
「だが!!こういうものには順序がある!!だから、まずは手をだな…。」
「手を?」
ロナルドが聞き返すと、半田が両手を「ん」と差し出した。
ロナルドがその手の上に両手を乗せる。
「違う!こうだ!」
そう叫ぶと、ロナルドの手の向きを変えさせて指に指を絡めて繋ぐ。世に言う恋人繋ぎ。両手ともそうやって繋いだものだから、自然と二人の距離が近くなった。
「手ぇ、繋ぐの?」
「まずは手を繋いでからだろうが!!」
「ああ、そっかぁ、そう、だよな…。」
普通はデートの前に手を繋ぐのか。知らなかった。そんな段階云々よりも、半田のひんやりとした手に自分の体温が移ってしまいそうで怖い。手汗がバレないかとか、半田の手すべすべしているなとか、ドキドキするとか。
ロナルドはそんなことで頭がいっぱいになってしまった。
兄貴、ヒマリ。俺、今日初めて恋人と手を繋いだぜ。
嬉しさから思わず、ヒヨシとヒマリに心の中で報告した。今度会ったら本当に報告しよう。この喜びを誰かに言いたい。
「ロナルド、その、二歩下がれ。」
「え?うん、二歩な。二歩、」
トン、と何かが背中に当たる。
何故か手を繋いだまま、壁際に追い詰められた。
「何、はん、」
「ん、」
半田の突き出した唇が一瞬だけ触れた。
「俺は貴様と違って大人だからな!!キス位造作もないわ!!」
「え?は?」
唇に微かに残る柔らかい感触。一瞬だけだったのに気持ち良かった。
「これが…これが、キス…。」
「キスだ!恋人らしいことなど余裕だぞ!だが、今日は初めてだからな!ちょっとだけだ!どうだロナルド!!」
「う、嬉しいけど、よく分かんなかった…。なあ、半田…その、もう一回させてくんない?」
「フン、一回だけだ!ちょっとだけだからな!」
そう言って、半田が目をぎゅっと瞑る。ガチガチに緊張しているのか、カタカタと小さく肩が震えている。
半田も緊張している。そう思うと少しだけ余裕が出てきた。
顔を近付けて、半田の唇にキスをする。一瞬だけ。そう思っていたのに、止まらない。
ロナルドは半田に足を踏まれるまで唇の感触を味わったのだった。