甘いヒナイチのうなじから甘い匂いがする。
香水か、珍しい。ただ、香水なんて血を吸う時に邪魔なのに。
少し残念そうな顔をしたドラルクに、ヒナイチが不思議そうな顔をした。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「いや、何でもないよ。今日のおやつは、ホットケーキにしようか。」
「ホットケーキ!」
嬉しそうに口元をウズウズさせて、満面の笑みだ。
嬉しそうだなあ。
そんなヒナイチにつられて心が浮き足立つ。
ああ、でも。うなじの香水はいただけない。だが、背伸びした彼女のお洒落かもしれない。自分に会うために付けた香水。そんなの苦言の一つも言えない。最近は、美味しそうなベリーの色のリップを付けているし、どことなく私服も可愛らしいものばかりだ。
ヒナイチからの好意には気付いていたが、ただ今の関係を壊すのもだし、相手は吸血鬼対策課。彼女の昇進の妨げにはなりやしないかなんて悩んで、結局ドラルクはヒナイチの好意に気付かぬフリをしている。
それもあって彼女の行動にとやかく言う立場ですらないのだが。
何も出来ない立場ではあるが、ここ数ヶ月、ドラルクはヒナイチに料理の練習に付き合ってほしいなんて適当な理由をつけて、ほぼ毎食は手料理を振るまっていた。弁当だって用意して。寮にいるヒナイチに作り置きの手料理だって渡している。
最初ヒナイチは遠慮をしていたが、ドラルクから「ヒナイチ君が美味しそうに食べてくれるから嬉しくてね、張り切っちゃったよ」なんてウインクをすれば、ヒナイチは赤面して大人しく受け入れるようになったのだ。ヒナイチの好意を弄んでずるい大人かもしれない。だが、そうする必要があったのだ。
人間の身体は約3ヶ月で作り替えられる。3ヶ月、血肉を作る食事を手ずから作れば、だ。ヒナイチも自分好みの味になるだろう。そう、このまま囲えばいずれは味見をさせてくれるんじゃないか。そんな下心だ。
ただ、前に市販の菓子を美味しそうに食べていたヒナイチを見て焦りを感じた事も、嫉妬じゃない。彼女に異物が入るのが嫌だった。そう心の中で自らに言い聞かせて、ドラルクは焼けたホットケーキを皿に乗せる。
「ヒナイチ君、出来たよ。」
「すごいな!絵本で見たのと同じだ!」
「絵本より美味しそうって言ってくれるかい?」
コトリとテーブルに皿を置くと、ドラルクはヒナイチがホットケーキを食べる様子をじっくりと眺めた。