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    サクまめ

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    サクまめ

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    同僚水①

    かくれんぼ ふぇふぇと、水木を求めて泣く幼子の柔っこい体を腕に抱きかかえながら、俺は暗い廊下の奥に消えたまま戻る気配がない水木の帰還を部屋の隅に蹲って待つしかなかった。
     なんなんだ
     なにが起きてんだ
     バクバクと、騒ぐ脈拍が酷くうるさく、こめかみをぎゅうと締め付け息苦しい。はぁっと口を開けば湿った呼気が思いの外大きく響いたのに、慌て口を手のひらで覆った。
     アレに、気付かれてしまう
     先程まで、ずるずると何かを引き摺るかのような水気を含んだ音を立てながら、廊下を歩き回っていたナニか。天井に頭が触れる程の影しか見えてはいないが、臭いが、あれは、戦場で嫌というほど鼻に馴染んだ、腐肉のそれだ。
     先の様子を見てくると言った水木は、彼の幼子を自分に抱かせると、代わりとばかりに、部屋に転がっていた箒を握りしめて出ていった。自分には、何かしらがあってもこの子から離れるなよとだけ言い残して。言われずとも、こんな赤ん坊を預けられ、離れるも何もない。こんな状況で、自分以外に誰がこの子を守れるというのか。
    「…頼むから、泣かんでくれよ…」
     ふぇふぇと柔い声は上げれども、ひやりと肝を冷やす様な声を上げる事がない赤子の賢さに頭を一つ撫でてやり、腕時計で時刻を確認しようとしたその時だった。
    (ミズキかな?)
    (ミズキじゃないよ)
     背後から自分の顔を覗き込むように首を伸ばした2人の子供と目が合い、身体が、大きく跳ねた。
    (でもユウレイゾクの赤子をつれてるよ)
    (でもマジリモノのにおいがしないよ)
    (マジリモノのにおいがしないならミズキじゃないね)
    (ミズキはマジリモノのにおいがするもの)
    (コレはニンゲンだけのにおいがする)
    (ニンゲンだ)
    (でもユウレイゾクの赤子をつれてるよ)
    (じゃあミズキかな?)
    (ミズキじゃないよ)
    『ミズキは屋敷の奥にいたよ』
    『アレに追いかけられてた』
    『違うよ、ミズキはアレにわざとみつかったんだ』
    (ミズキ食べられちゃうね)
    (食べられないよ)
    『ミズキはこわいもの』
    『ミズキはこわいよね』
     わらわらと、どこからわいてくるのか2人だった子供の姿は今では十、二十と増してゆき、人の足元である事も意に介さずわいわいと戯れている。不気味な、では済まされない明らかに人でないと分かるソレが口にする、ミズキという名。不思議な抑揚ではあったが、そのミズキが自分の知る水木と同じ者であるのなら、聞かねばならない事があった。
    「っ、お、ぁ、あの!」
    (っしゃべった!)
    (ニンゲンしゃべった!)
    『人間!』
    『人間!』
    「っひ」
     込み上げる恐怖から必死に目を逸らし声をかければ、一層ソレ等の興味をひいたらしい。人間人間と騒ぎたてながら群がりズボン生地に爪を立てよじ登り始めるソレを足を振って振り落とし、堪らず後退る。
    (わぁ)
    (なんだニンゲン)
    『人間のくせに』
    『ミズキはキラキラくれるのに』
    (あまーいの)
    (キラキラしてあまーいの!)
    『ミズキはくれるよ』
    (チョウダイ、キラキラ)
    (キラキラあまーいのチョウダイ)
    「き、きらきら…っ?」
     人の子が菓子をねだって駄々をこねる様に頂戴頂戴と騒ぐソレにたじろぎ思わずポケットを探れば、かさりとした何かの包みが指先に触れた。
    「な、んだ…?」
     取り出してみれば、それは水木が部屋を出ていく前、自分に握らせた金平糖の包み紙だった。
    (あー!キラキラ!)
    (ミズキのキラキラ!)
     手のひらに出したその包み紙を見た瞬間、ソレ等が歓喜の声をあげる。

     何かあったら、これをばら撒くといい。
     絶対ってわけじゃないが、多分お前を助けてくれるはずだ。

     水木のあの言葉の意味は、これか。

    「た、助けて欲しいんだ!これ、やるから!」
     震えひっくり返りそうになる声が我ながら酷く情けないが、構わず、俺は包み紙を開き金平糖を床に置いた。
     わっ!と金平糖に群がったソレ等が、互いに顔を見合わせ小首を傾げる。どうする?どうしようか?と囁き合うソレに、俺は、更に頭を下げて乞うた。
    「水木を助けに行きたいんだっ、たの…み、ます!」
    (ミズキ?)
    (ミズキはもう食べられちゃったよ)
    『まだだよ』
    『まだだよ』
    (じゃあダイジョウブかな)
    (たすけてあげようか)
    (たすけてあげよう)
    『あげよう』
    (ミズキのキラキラもらったもんね)
    (キラキラくれた!)
    (ミズキのキラキラ!)
    (ミズキからももらおう)
    (ミズキ)
    (ミズキ)
    (ミズキ)
    (ミズキ)

    (『いーいーよー』)

     たすけてあげる

     ずるりと、廊下の奥から何かを引き摺る水音が、響いた。

    (コッチだよ)
    『こっち』
    (ミズキ)
    (ミズキのキラキラおいしいね)
    『ミズキ』
    (ミズキ)
     きゃらきゃらと、足元で楽し気に戯れる様はまるで生まれたての小動物のようでありながら、しかし背骨やあばらが浮いてみえる人の形は地獄図に描かれる餓鬼や小鬼だ。
     ソレ等に先導されながら真っ暗な廊下を慎重に歩き進むが、この先ではたして真に水木と再会出来るのかと疑心は膨れ上がる。例え地獄だったとしても何一つおかしくはない薄氷の上を歩かされてる気分だ。ただ自分が信じているのは、ソレ等が口にするミズキという名と、あいつが俺に残していった言葉だけである。

     何かあったらこれをばら撒け、そう言って水木が俺に握らせた金平糖の包み紙は、言われた通りにしてみたところ、確かに自分の助けになった。それにくわえあいつは、何かしらがあってもこの子から離れるなとも自分に言っていた。この子…、先程まで養い親の姿を求めふぇふぇと泣いていたというのに、今はこんな時であるというのに自分の腕に抱かれてにゃむにゃむと心地良さげにうたた寝ている肝の座った、奇妙な、しかし水木が誰よりも愛情を傾けている赤子に視線を落とし、あれは、自分に何があってもこの子を守れという意味では無く、言葉通りの意味であるとしたら。
     ぞっと体を震わせ、知れず、赤子を抱く腕に力が入る。
    「これこれ、赤ん坊をそんな強さで抱くもんじゃないぞ」
    「は?」
     その瞬間だった。
     何処からか自分に対してだろう話しかける声が聞こえ、ぎょっと、辺りを見渡した。
     知性を感じさせるそれは、言ってしまえば、足元のソレとは明確に違うと分かる。もっと、そうもっと、自分達に近い、何か、の声だ。
    「お主、赤ん坊の抱き方がなっとらんのぉ。墓場で鬼太郎を初めて抱き上げた水木の方が、まだマシじゃな」
     鬼太郎でなければ今頃酷く泣いて手がつけられんとこじゃったぞ!
     そうどこか得意げな声が、どこか、ら
    「ぅ、ひっ…!」
     腕に抱いた赤子の、柔い赤茶色の髪のその間から覗く、赤い虹彩のまあるい眼球と、目が、あった
    「ひゃあぁっ、」
     反射的にそれを払い落とした俺は、慌てて赤子を脱いだ背広の上着で包んでしっかりと抱きかかえ直した。
     なんだ
     なんだっ、
     なんだっ!?
    (ユウレイゾク)
    (メダマだ)
    (メダマ!)
     足元のソレ等が払い落とした目玉に群がり、わいわいとかしましく騒ぎ出す。大きさは、ソレ等と同じぐらいか、気持ち少し大きいぐらいだろうか。まあるい眼球から人の形をした胴体と、そこから小さな手足が生えているのがなんとも言えず、そう、尋常ではなくぞわりと肌が総毛立った。
    「これ!危ないではないか!全く、乱暴者じゃのぉ」
     たいした怪我をした様子も無く、むくりと起き上がった目玉は、ぽんぽんと小さな手で体の土汚れを払うとぎょろりとした眼球をこちらに向けてきた。
    「儂はその子、鬼太郎の父親じゃよ。お主は水木の同僚じゃな?」
    「ぇ、ぁ、えっ…?」
     職場とやらの話は、よく水木から聞いておるからの。お主の事も知っておるぞ。
     てちてちと音を立て、目玉が足元に寄ってくる。踏み潰そうと思えばやれるが、目玉が口にしたこの赤子と水木の名に思い止まった。
     水木は、この赤子を友人から預かったと言ってはいなかったか。母親は産後の肥立ちが悪く残念ながら一度も赤子を抱く事が出来ずにあの世の旅路に出、父親は、父親は確か、働きに出ることも一人で子の面倒を見る事も出来ない程に体が弱っていると、だから自分が養っているのだと、そうからりと笑った水木が言っていたのを、自分は聞いた覚えがある。
     それは確かに、この眼球におもちゃの様な手足が生えただけの形では、動きたい盛りの赤子の世話を一人でみるなど無理な話だ。
     そう、変に納得してしまう自分が、居た。
    「うぅむ、面倒な事になれば水木に叱られてしまうからの。儂はしばらく隠れて居ようかと思ったんじゃが、しかしのぉ」
    「な、」
    「すまんの、一足遅かったようじゃ」
     そんな、申し訳無さそうに謝罪を口にしながらも、全く悪びれた様子も無く俺の、俺の背後を見ている眼球につられ、息を殺し、背後を、背後を、俺は、
    「ぁ」
    (アーア、ミツカッチャッタ)
    (ミツカッチャッタ)
    (ごめーん)
    『かくれんぼはおーしまい』
    『負けちゃった!』
    (ざーんねん!)

     背後から覆い被さるように、俺を覗き込む、黒い、影
     腐った、肉の、臭い
     ずるりと

     ずるりとソレが、引き摺る、ボロボロに引き千切られて原形を留めていない、何かの肉片に張り付いた、見覚えのある、臙脂色の、
    「み、」

     その瞬間、ソレは胴体をくの字にひん曲げ俺の視界から吹き飛んだかと思えば、柄の部分から真っ二つに折れた箒が、頬を掠めて吹き飛んでいった。

    「ったく、お前が着いててなんでこうなるゲゲ郎」

     悪態を吐く聞き慣れた声。
     恐々と、視線を向ければそこに立つ酷い格好ながらも五体満足ではあるらしい水木が、居た。

    「みっ、」
    「行くぞっ、急げ!」
     どっと押し寄せる安堵に水木の名を呼び駆け寄ろうとした俺の腕を逆に取り、来た道を引き返す様に走り出す。
     背後では此処まで俺を連れてきた者達がきゃらきゃらと笑う声が響き、その中に、ずるりと湿った音が混じるのを聞いた。
     あぁくそっ、なんなんだっ、なんなんだよっ!?
    「水木お前後でちゃんと説明しろよっ!?」
     そんでコーヒー奢れ!詫び賃だ詫び賃っ!
     そう喚いて必死に足を走らせる俺に驚いた様な目を向けた水木は、ふはっと破顔したかと思えば、ついでにケーキも付けてやるよ!と返して階段を飛び降りた。
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