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    サクまめ

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    サクまめ

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    同僚水②

    ベッドの下に 相棒であった男が望む通り人のままあの世へ旅立つ姿を見送って、生まれ変わってくるのを大人しく待ちに待った令和の世。
     偶然、本当にそれは偶然でしか無かったのだが、街中で転生を果たした水木と再会を果たした目玉親父ことゲゲ郎は、息子の柔らかな髪の中から飛び出すと、男の胸もとにひしっとしがみついておいおいと盛大に泣いてはこの奇跡に歓喜の声をあげた。
     外では何かと目立つだろうと、水木が鬼太郎と目玉親父を今の住まいとしているアパートに彼らを招き入れた際、鬼太郎と目玉親父は、そのなんとも言えぬ違和感にぐるりと部屋を見渡し、はて?と揃って小首を傾げた。
     なんというか、『見通し』が良い。
     物が少ないというのともどうにも違った、開放感。
     ぱちりと鬼太郎は一つ瞬きをしてから、あぁ『戸』が無いのかと、合点がいったとばかり頷いた。
     押入れの襖は勿論のこと、流し台下の収納棚や、洋服タンスは吊り下げ収納部分の戸が外され、他の家具の後ろに邪魔にならぬよう立て掛けられている。風呂やトイレに続く戸はあるが、それも今は開けっ放しであった。
    「今お茶を淹れるから、適当に座っててくれ」
    「はい」
    「水木や、儂は茶碗風呂がよいのぉ」
    「はいはい」
     尻の下に何も敷く必要が無い程にふかりとした絨毯にぺたりと腰を下ろすが、視界を遮る物が無い為、鬼太郎の場所からでも流しに立つ水木の姿が良く見えた。ぴょいと卓の上に飛び移った目玉親父は、そこにある吸い殻の山と封の切られた紙巻き煙草の少しひしゃげた箱を前に喜色を浮かべる。
    「相変わらずの愛煙家ぶりじゃ」
    「あー…まぁこればっかりはな。色々試しはしたがどうにも物足りなくて戻って来ちまう」
     マグカップと茶碗を手にした水木が、お陰様で年々肩身が狭くなるばかりだと言いながら、甘い香りがたつココアの入ったマグを鬼太郎の前に置く。
    「悪い、コーヒーがきれてるの忘れててな。貰いもんの中にココアの粉しか無くて、大丈夫だったか?」
    「はい、大丈夫です」
    「そうか、良かった」
     鬼太郎がそう言えば安堵に柔和な笑みを浮かべる水木は、やはり転生しても記憶にある彼のままであって、そっと鬼太郎は弛みそうになる口元をきゅっと引き締めた。
    「それにしても、水木よ。お主、此処には引っ越したばかりか、それとも今から何処ぞにでも越すつもりか?」
     せっかく再会を果たしたというのに、すぐに何処ぞへと越されてはかなわぬといったていの問いに、茶碗へ湯を注ぐ水木は小首を傾げる。
    「あ?そんな予定はねぇよ」
    「なんと、それにしては余りにも殺風景過ぎんかこの部屋。儂はてっきり、まだ荷解きが出来ておらんのかと思うたぞ」
     目玉親父の言に思うところはあるのだろう水木は、ぽりぽりと頭を掻きながら、色々あってなと言葉を濁した。
    「色々ってなんですかお義父さん」
    「いや、うーん、今は何ともないんだ、本当に」
    「お義父さん」
    「水木よ」
    「あー…本当に!ほんっとうに、今は何にも無いからな!?実害があったって程じゃねぇし、今はもう解決してるからな!?」
    「お義父さん」
    「水木よ」
    「っ、ぅ…」
     目力は流石幽霊族と言うべきか。声を特段荒げる訳でも無く、ただただじっとあのまなこで見つめられるだけで、水木は今も昔も顰めっ面で圧が強いと白旗を掲げるしかないのであった。

     水木が語る事は、こうであった…

     水木には、現世でもその姿を確認している過去に関わりを持った知り合いが数名ほどいた。
     年代が年代である。皆、水木と同じ様に転生を果たした者ばかりであったが、しかし水木の様に記憶を持ち越した者は誰一人も居なかった。
     中には、かつて血液銀行で机を隣にした同僚の姿もあった。この男とは、野心に溢れ余計なものは全て蹴落とす勢いであった頃から何故か妙に馬が合い、時間があえば共に安い酒場を探しに飲み歩く事が出来る程の仲であった。
     そんな男と今の職場でも隣同士で、姿形も性格まで記憶にある通りとくれば、この世でも意気投合しないわけが無い。今では職場でもすっかりニコイチの扱いだ。
     唯一残念だったのは、この同僚の名が過去と現代で違っていることぐらいであった。血縁では無いかと思う程に顔の造形は昔のままなのに、家系図で先祖を辿ってみても同僚の名が其処に現れてくる事はない。全く血の繋がりがなくここまで似るものだろうかと思いつつも、世の中には三人も似た顔の者がいるというのだからその類いなのだろうと思う事にした。しかしそうなると困ってくるのは、男の呼び名だ。ついついつられて過去の名前で呼んでしまい誰だそれとばかりの顔を向けられたことも一度や二度におさまらない。ついうっかりはそう頻発させてはいけないミスだ。水木は考え、頭を捻り、打開策として男にあだ名をつける事にした。何せ名付けは得意な方であるから。
    「お前、柴犬っぽい顔してるよな」
    「は?」
     喫煙所でスマホ片手に加熱式たばこを吸う同僚の横顔を眺めて思い出されるのは、母方の田舎で飼われている栗茶色の毛がふかふかと可愛らしい柴犬だった。名は勇ましく『たつごろう』である。写真を何枚かスライドさせて見せつつたつごろうの可愛さをアピールし、いかに同僚がたつごろうに似ているかを力説した結果、水木は見事彼を『ごろう』呼びする事に成功した。
     一文字も本名にかすりはしないそのあだ名を許容した事について彼は、犬と戯れる邪気のない満面の笑みを浮かべた水木の写真にやられたと、後に他の同僚達にしみじみと語ったと言う。

    「いや、同僚とのイチャコラエピソードを聞きたいわけじゃないんですがお義父さん」
    「なんじゃその仲良しアピールはっ!水木!お主の相棒は儂じゃが!?親友も儂じゃが!?」
    「だぁーっ!うっせぇうっせぇ!順を追って説明してやってんだからちょっとまて!」

     水木に『ごろう』と名付けられてしまった同僚の住まいは、『終電 早い』で検索すれば上位に名の出る路線を最寄りとする駅の近くで、会社の飲み会で遅くなる日は水木のアパートに泊まっていくのが当たり前になっていた。おかげで水木のアパートには、ごろうの寝巻きや替えのシャツまで一通り揃えられており、クリーニングの仕上がりが間に合わない時など水木は有り難くごろうのシャツを拝借させてもらっている。洒落者な彼は、これで中々いいブランドのシャツを愛用しているのだ。

     その日は職場で忘年会があり、どちらもしたたかに酔いがまわり危なっかしく足を絡れさせながらも互いにもたれかかりあってバランスをとりつつ、カンッ、カンッ、とアパートの外階段を使って水木の部屋にたどり着いた時には、とうに日付などこえてしまっていたと思う。だと言うのに、何故かその日は部屋の前で煙草一本分だけ軽く嗜みつつ宴席が被ったライバル社の愚痴をこぼし合い、少し酔いがさめたところで、ようやく水木の部屋へと上がりこんだのであった。
    「流石に今日はもう飲めねぇーっ!」
    「あっこら、スーツは脱げ!皺になっちまっても知らねぇぞ俺は」
     ほら、布団の準備はしてやるからさっさと着替えろよと、部屋に入るなりスーツのまま水木のベッドにダイブしたごろうに向かい放り投げられた部屋着を顔面で受け止めれば、清潔な匂いのするそれとは違う何ともシャツにべったりと染み付いた酒の、すえた臭いが急に鼻について、ついつい顰めっ面を浮かべてしまう。
     自分で言うのも何だが、実に臭い。
     せっせと寝床を整える水木の背に、お前風呂はどうすんの?と問いかければ、酒精で潤んだ眼がじとり睨んできた。
    「んなもん明日だ明日。俺は今、さっさと寝たくて仕方がねぇ」
    「んじゃ俺も」
     神経質な家主じゃなくて助かった。だからこいつとは気が合うのだと、ごろうはスマホ片手に機嫌良くふかふかとした肌触りのいいラグの上に転がった。
    「布団敷いてやったんだからそっちで寝ろよ、邪魔臭いなもう」
    「…なんか〆にラーメン食いたくね?」
    「はぁっ?自由か」
    「あー駄目だ、もう口がラーメン。このラーメン欲を解消しない限り、俺は今日一睡も出来ねぇ」
     駅前のラーメン屋、確か夜中の二時まで営業してたよな?ちょっと行こうぜと、徐に起き上がり財布を手にしたごろうに、寝巻きに着替えたばかりの水木は腕を取られる。
    「カップ麺で我慢しろよ、もう寝巻きに着替えてんだぞ」
    「ちょっと行ってズルズルって啜って帰ってくるだけだからさ、誰もお前の部屋着だなんだなんて気にしねぇって」
    「俺が気になるんだよっ、」
     いいからいいから、何なら奢ってやるからさ、行こうぜ?な?と強引に腕を引かれ、部屋着のまま再び水木は寒空の下へと引き摺り出されてしまった。
    「さっむ…っ!?」
    「うぉーっ」
     今年はいくら暖冬傾向にあるとはいえ、流石にこの時間帯にコートも羽織らず薄い寝巻き一枚で外を出歩くには無謀すぎる。
     ラーメンを食べに行くのはいいが、せめてコートは欲しいと部屋に取りに戻ろうとする水木を、しかしごろうはそのまま連れ出した。
    「ちょ、まてまてまて!せめてコートぐらいっ、」
    「馬鹿っ!んなもん取りに戻ったらやられるぞっ!?」
    「はっ…?」
     腕を引かれアパートの外階段を駆け下りるその背後で、何処かの部屋の戸がガチャリと開く音を聞く。
     ふと、何気無く振り返った先。階段上に、こちらをじっと見つめて立ち尽くすジャージ姿の男が居た様に、水木には見えた。

     そうしてごろうに腕を引かれるがまま駆け込んだ先は駅前のラーメン屋等ではなく、近くの交番だった。

     いまだわけが分かってないといった表情を浮かべている同僚の水木をひとまず交番のパイプ椅子に座らせ、俺は、この師走の寒空の下、部屋着一枚で交番に駆け込んできた男二人の様子を尋常じゃないと判断したらしい警官が、どうしましたと声をかけてくるのに経緯を説明した。
     機嫌良く肉厚で柔らかなラグに寝転がった俺の視界に映り込んだもの。それは、水木のベッドの下に仰向けで潜り込んでいるジャージ姿の人間だった。
     流石に見たものがあり得なさ過ぎて、一瞬自分の目を疑ったが、呼吸をしているらしいソレの腹部が僅かに上下しているのを理解した瞬間、ソレが、胸元に抱え込むように水木の服と包丁を握りしめているのが見えて、がばりと起き上がっていた。
     これは、まずい。間違いなく、まずい。
     何とかソレに気付かれない様、まだベッド下の不審人物に気付いていないこいつをこの部屋から連れ出さねばと、心地良い酔いが一気に冷めた頭をフル回転させ、気付いた時にはラーメンが食いたいと叫んでいたのだ。
     唐突な提案に当然渋る水木の腕を引き、外へと連れ出す事には成功したが、部屋のドアが閉まり切る直前、のそりと、ソレがベッド下から這い出てくるのが見えた俺は、コートぐらい羽織らせてくれと無謀にも部屋に戻ろうとする水木の腕を必死に掴んで離さず、アパートの外階段を駆け下りていった。

     俺の様子に何か感じるものがあったのか、文句も言わず腕を引かれるがまま走る水木の息遣いを聞きながら、たまたま頭の中に記憶していた交番まで最短ルートで駆け込むと、え?ラーメン屋は?と訝しげな声を溢した水木に脱力しかけた俺を誰か労わって欲しい。
     自室に、しかも自分が普段寝ているベッドの下に不審人物が居たという事実を俺の口から説明された水木は、可哀想になる程顔を真っ青にさせ、まじか…とだけ呟いた。
     警官もこのご時世、男が男をストーカーなどとありえないとは言わず、まぁ被害者となる対象が顔のいい水木だったという事もあるんだろうが、合間合間で補足のような質問を挟まれながらも真剣に話を聞いてくれた。
     怖いのは、アレがいつどうやって水木の部屋に侵入したのかという事だ。
     今夜は忘年会で帰宅の時間がだいぶ遅くはなったが、戸が確実に施錠されていたこと覚えているし、窓ガラスを割って侵入したのなら吹き込む冷気で気付いたはずである。
     部屋の前で、少しだけ酔い覚ましをしておいて良かった。あのまま部屋に上がっていたら、二人とも不審人物の存在に気付かずそのまま寝落ちていたに違いない。
     風呂に入るかと聞かれ明日と答えた水木に便乗したのは正解だった。もしも風呂に入り、あの部屋で彼が一人になる瞬間が少しでもあったら、アレが握りしめていた包丁が水木を痛め付けていたかもしれないと思うだけでゾッとする。
     偶然が幾つも綺麗に重なり逃れられた難に水木の悪運の強さを感じながらも、まぁこいつはあの村からも生還したぐらいだからなぁと、そんな事を考え、はたりと、調書にはしらせていたペン先が、止まる。


     ー 村って、なんだ…?

    『ーーー、朱肉と捺印マット貸してくれ』
    『だぁから誰だよそいつ』
    『は?…ぁ、すまん。また言ってたか俺』
    『別にいいけどよ、そんなに似てんの?逆にちょっと気になってきたわ』
    『まぁ世の中には似てる奴が三人はいるっていうしな。悪い、気をつけるよ』

    「君、大丈夫かね?」
    「ぁ、…す、すみません、ちょっと書き損じてしまって、」
    「あぁ、それなら二重線で打ち消してくれれば大丈夫ですので」
    「わかりました」
     呆けていたらしい俺は頭を下げ、途中まで記入してしまった氏名欄の、その、覚えのない名前を二重線で打ち消した。

     結局その日、警官に同行してもらいつつアパートに戻ってみれば案の定不審者は逃走した後であったが、プロがみれば不法侵入の痕跡は残っているものらしく、別段俺達の証言が疑われる事もなく、不審者を追跡してくれる事になったのはありがたかった。
     パトロールも増やしてくれるそうだが、不審者が捕まるか次の引っ越し先が見つかるまでは、水木は俺のアパートに身を寄せる事になった。鍵をこじ開けた形跡が無いなら、アレはこの部屋の合鍵を持っている可能性がある。入居時に鍵の付け替えをしなかったのかと警官に問われた水木は記憶を辿り、大家経由で付け替え済みのはずであると答えていたのだから、警官は鍵の入手経路も探るつもりなのだろう。
     俺のアパートに一時避難する為の荷物を取りに部屋へと入れば、悲しい事に俺が持ち込んだ鞄だけがズタボロに引き裂かれていたのには怒りよりも恐怖が増した。何せ俺は、アレが握りしめていた包丁を見ているのだ。このボロボロ具合は十中八九あの包丁を突き立てられたからに違いない。身分証や会社の名刺が入った財布とアパートの鍵をぶら下げたキーケースは持って飛び出して正解だったと思う。
     背後から覗き込んだ顔は青ざめ、ひでぇなと呟いた水木が、深々と俺に頭を下げてきた。
    「…すまん、ごろう。弁償させてくれ」
    「あー?お前が弁償するのは違うだろ、してもらうんならあの変態野郎からだろ。お前は気にすんな」
     安物では無いが、特段何か思い入れがあるものでもない。変態に狙われている水木の方が、余程被害が大きいと言えるだろう。お前は俺に謝罪一つする必要もない。許すまじはあの変態だけである。警察に捕まる前に何とか見つけ出して財布から有り金全部抜き取ってやろうぜと笑い合っていたら、それから数日、二週間も経たずに不審者を捕まえたという報が警察から知らされた。

     不審者は、水木が入居していたアパートを管理する大家の、息子であった。
     男には以前も同アパートの住人に対するストーカー行為での指導歴があり、それもあって今回の確保に繋がったらしい。
     だとしても、だ。それだけで特定出来るものなのだろうかと首を捻る俺達に、警官は、実は…とひどく言い辛らげに口を開いたのだが、その内容に俺と水木は揃って『げぇっ』と死にかけた蛙の様な悲鳴をあげてしまったのは仕方がないだろう。
    「実は…水木さんが使用されていたベッドの、その…ベッド底の裏側、被疑者が身を潜めていた箇所から言えば天板にあたる部分に、被疑者の精液がべったりと付着しておりまして…」
     なるほど、証拠になる犯人のDNAが取り放題だったというわけだ。
     ちらりと隣りをみれば真っ青を通り越して真っ白に燃え尽きてしまっている水木の肩をぽんっと叩き、お前もうベッドやめて布団にしろと忠告したのはもっともな事だと思う。

    「って事があって、うちにはベッドが無い」
     流石にそのアパートも引っ越して、ここは其処とは別だから安心してくれと笑う水木に、話を黙って聞いていた鬼太郎と目玉親父は、今は此処に居ない水木の同僚『ごろう』の労力を盛大に内心で褒め称え労いまくっていたのだった。

    おわり
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