撻長目の前の大皿が空になるまでそうはかからなかった。
「適当に」のオーダーでで出て来たありきたりな定番メニューの群れにも文句を言わず、ただもくもくと口に運んでいる。
「お前、卵以外も食うよなあ」
「…私を何だと思っているんだ」
もぐ、と膨らむ頬には今しがた一口で放り込まれた肉団子が詰まっている。
テーブルの3分の2は匠が食べた。俺はそれを見ながら酒を楽しんでいる。
俺の方はさほど腹は減って居なかったが運転手が盛大に腹を鳴らしたので進路を変更して適当に入った中華屋の個室で思わぬ肴を得て大変気分がいい。
「そんなに腹が減っていたのか?この後何もないならもっとゆっくり食えよ」
「…」
匠はもぐ、もぐ、と動く口にスープを流し込む。行儀が悪いわけではないがどこか幼さが残る食事の様に勝手に口元が緩んだ。
燃費が悪いんだ、というのはもう聞いていた。
以前からよく食う奴だとは思っていたが、ある日床を共にした後、まだ眠って少しも経たないうちに俺の腕の中で盛大に腹の音を立てた。
その時はまあ激しい運動もしたからな、と笑いながら夜食を出したが、その腹の音はその後もたびたび耳にすることになった。
立ち合いの後、取り立ての後、セックスの後、なんでもないただ過ごしている時、事務仕事を受け取りに来たタイミングで、何度も聞いた。
そのたびに何か食うかと聞き、時には用意させ、用意し、匠がそれを平らげるまでを見守った。様子を見るように匠の食べる量は回を追うごとに増えた。
かつて密葬課にいた男が肉体の維持のために高カロリーな食品を継続して摂取することを強いられていたが、あれほどではないにしても匠もどうやらそれに近いらしい。
元より決して貧弱だなどとは思っていなかったが初めて脱がせた日にはつい「おっ」と声を出したものだ。
甘い顔をしていながらこの身体はずるいぞ、と茶化すと露骨にむっとされた時の事を思い出し、手酌で酒を足した。
エビチリの皿が空になった。最後の一匹を口に放り込み一息ついた匠にメニューを差し出す。
「まだ食うか?何でも頼め」
「…胡麻団子」
最早メニューもめくらない。こいつ、エビチリ食いながら頭は胡麻団子でいっぱいだったんじゃないか?
「いいぞ。そっちはいくらか包ませるから持って帰れ。俺は豆腐花を食うから付き合え。」
「…わかった」
口元に赤いソースが飛んでいる。俺が自分の口元を指でトンとして「ついてる」とやったのに、匠は逆の口の端を舐めた。