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    ヒロ・ポン

    支部ないです。ここに全部ある。

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    ヒロ・ポン

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    門梶

    よくわかんない仕込みで男の子を金で買おう!の回「世も末だねえ」
    貘はマウスのホイールをクリクリと上下に動かしノートパソコンの前でため息を吐いた。
    その後ろに立つ梶も「やだな~」と嫌悪をあらわにし、さらのその後ろに立つ立会人数名も渋い顔をしていた。
    見ていたのはWEB上にある掲示板。一見して流行りの雑談目的の掲示板と変わらないように見えるが、貘がブラウザの検索機能に特定のワードを入力すると該当箇所の件数とラインの引かれた画面が表示された。
    「これ全部男が男を買ったり買い手を募集してるって事ですか?」
    「そ、でも結構常連で固まってるみたい」
    「公衆の目に触れる場所での立ちんぼ…ポン引きや会員を募ってのメーリングリストの組織的な物ならわかりやすく検挙もできるんですが、警察としてもういうのは取り締まりづらいですね」
    「まあ金銭の授受が発生している証拠がなければあくまでも自由恋愛の領域ですから、引っ張りようもないのでしょう」
    「随分と旺盛な連中だ」
    「フン。相手を探すのにも苦労するね。同情するよ」
    「こういう出会いもスリリングでいいかもしれないけど、時間の無駄になる可能性の方が大きいですわね」
    「してお屋形様、今回は如何様なご計画で?」

    ね、と貘に目線を飛ばされた梶が机によりかかっていた姿勢からしゃんと立ち直り、「僕の出番です」と胸を張った。
    「梶ちゃんにはここに人肌寂しい男の子として参加してもらって、今回のターゲットを釣ります」
    「お屋形様、それは美人局という…」
    「だーっとれおどれは。警察手帳燃やせ」
    ぐう、と唸る南方に困ったように笑いながら貘は計画を話す。
    「どっかの固定の店舗に出入りがあるのならいいんだけど、どうやらこの掲示板で相手を捕まえてるらしいんだよね。グループで公衆便所とか公園に集まってのスタイルじゃなくて個人と一対一で会ってるみたい。
    「そう、そしてターゲットの好みドンピシャが僕、梶隆臣というわけです」
    役に立てる場面が来たということで梶は胸を張ったが、当人以外の目には哀れみが浮かんで余りあった。
    「それは…ターゲットの趣味が若くて細くて身長も顔もそこそこで笑顔が可愛くていつも金が無さそうな男だという事でしょうか」
    「売春市場に売り出すとしてはトウが立っている気がしますが」
    「可もなく不可もなくを感じますわ」
    「…みなさん、ご自分のスペックが高いからと言って世間に厳しすぎませんか?」
    まあまあとなだめる貘の方に身を寄せ説明の続きを促す。
    「もちろんいくら仕込みだからといって梶ちゃんに身体を売らせるわけにはいかないから、まあアポイントメントの実績づくりとして皆に働いてもらいます。」
    「あの、私は一応まだ現役の警察官ですので売春や援助交際は…」
    「大丈夫大丈夫、南方さんくらいの警察官ならみんなやってるって」
    門倉が思わず吹き出し、南方の背が丸くなる。
    「僕は確かにお金は無かったけどこういうのはやったことがないので、文章とかそういうのは作ってもらって、皆さんに書き込んで頂いてそれと交渉成立と実際に会うところまで行きます」
    「役者ですねえ」
    「ターゲットが釣れたら一旦スルーしてその次で実行だね。ちょっと面倒だけど、頑張って梶ちゃん」
    「はい!」

    *
    やれと言われたらやるのだ。それが新・お屋形様の強権なので…

    南方恭次はハイネックにジャケットを合わせ、チノパンに脚を通した。
    酒を強奪しに南方の自宅に来ていた門倉に「目立たないって、こんな格好で良いのか?」と見せた際には「日曜のおやじ」とソファーから落ちるほど爆笑されたが、それならまあ主旨には合っているのかもしれない。
    面白半分で持たされた自分なら絶対に選ばないと言い切れるデザインのセカンドバッグを携え、ピアスを外し、前髪すら上げずに待ち合わせの場所に向かう。
    もうとっくに把握している目的地だったが、探しているふりをするために携帯の画面を辺りを交互に見渡す。
    掲示板に現れたニューフェイスのおみおみ君はちょっと頭が足りないので、直メではなく待ち合わせ場所をダイレクトに書き込むのだ。
    先に声を掛けて来たのは梶のほうだった。先日見た時にはついていなかったダサいマスコット人形を携帯からぶら下げ、南方に向かって手を振っている。
    「ミナミさんですか?」
    「はい。おみおみさんですか?」
    はあい、とバカっぽく返事をする様はいつものいい意味で間抜けている梶とは違う種類の軽さがあった。
    これが擬態か、と早くも感心しかけているところで梶が南方の耳元に顔を寄せる。
    「なんか、初回なのにもう来てるみたいです」
    「え?」
    振り向かないで、と止められ、二人で携帯を開いたまま続ける。会話が聞かれるような位置ではないらしい。
    「事前に確認した特徴と近い人が僕の周りをうろついてました。僕今待ってる間にこの次の約束を掲示板に募集で書き込んでるんで、案外早いかもしれないですね今回」
    「…なんか慣れてますね。やってませんよね本当に」
    「いやいやそんなまさ…」
    梶がピタっと停止する。視線が宙を彷徨った後、「初めてです」と言い直した。
    「お話はあとで聞きましょう。まずは飯です。立会から直で来たので何も食べてないんですよ」
    「本当ですか?僕お肉が食べたいなあ」
    「…ほんとにやってませんよね?」
    「やってないですって!」
    美人局に加担する現役警察官とギャンブラーの二人は、欺かれているとはまだ気づいていない追跡者が付いてこれる速度で飲食店街に消えた。

    *
    「おどれ、手ェ出しとらんだろうな」
    「するかい!おどれと穴兄弟なんぞ怖気が立つわ」
    振り降ろされた門倉の拳を空の一升で受ける。理不尽な物言いをされているが、今回は南方も門倉に少し同情した。
    梶は南方との美人局デートでしっかりと肉を食べ、二人でホテルに入り、ご休憩の時間枠でぐっすりと寝て帰宅した。
    ソファのないベッドだけの部屋に当たったので南方もその隣に「どうぞ~」と言われるままに横になり実質添い寝の図で休憩をとったのは口が裂けても言えないが、もとより梶をそういった対象として見てはいないのでやましい所はない。

    「おどれらがしけこんだ後、おったぞ近くに」
    「そんなに一発で釣れるもんかね、たかだか匿名の掲示板に」
    「条件のいい新顔の若い男が定着したらそらええじゃろ。他人に一番駆けをやったとしても手前の目で見てりゃ物件的に間違いはない訳じゃろうし」
    「まあ、でも梶様が適任と言うのもなんとなく分かったよ。そもそもお屋形様にこういうのをさせるわけにはいかんが、綺麗すぎてもダメなんじゃろうなあ」
    「そういう男は店に入って儲けた方が実入りがええだろうよ。そんなんが匿名の掲示板で身ィ売っとるんは怪しすぎるて」
    「ん?そういえば今日は誰の番じゃったけ」
    「今日は判事よ」
    「判事!?」
    「おう。お小遣いいっぱいくれそうじゃろ?お屋形様がいーっぱいレスつけてげらげら笑いながら盛り上がっとったぞ」
    「梶様、その、判事とホテル行ったんか?お前はそれでええんか?」
    「ええわけないからお前んち上がり込んで酒浴びとるんじゃろが。面白がってええホテル取っとったわ」
    「泣いてもええぞ」
    「ワシが泣くのは親の葬式とダチの結婚式と赤玉出した時だけ」
    「ほーかよ…」
    梶と門倉の関係は棟耶も当然把握している。門倉はもう渋い顔はし尽くしたのだろう。南方の同情も手で払いのけてロックグラスとぐっと呷った。


    当の梶はというと気楽なものであった。
    知った顔の立会人とプライベートのような恰好で会うのは新鮮だったし、食事にもついていくだけだったし、ホテルに行ってしばらく過ごすのは緊張したがそれも慣れればどうという事は無かった。
    南方と行動した際には南方に連れられて美味い肉を食べ、その後入ったホテルでは上から降り注ぐ無茶な要求の話に花を咲かせ兄と弟のような感覚で大きなベッドでごろ寝した。
    棟耶と動いた際には服装の指定をされ、ちょっと引く値段の店にポンと連れていかれ、夜景のよく見える部屋で本当に抱かれるんじゃないかと終始緊張していた。(部屋に入ったらおもむろにPCを広げられたので梶は大人しくテレビを見ていた)
    セレブリティを体現したような恰好で現れた最上には若い男で遊ぶ有閑マダムの図を展開され、着飾った真鍋をお供に引き連れた三鷹には「この歳の女が若い男と派手なホテルなんか行くもんか」と用意された一軒家に呼び出され、真鍋も交えて警察あるあるなど少し思い出話を聞いたりした。

    貘さん、僕何してるんでしたっけ、と思い始めた所でようやく次の指示が飛んだ。
    というか、そのころにはおみおみ君は普通に掲示板で多数のレスが付く人物になっていた。そろそろ始末をつけてほしいと思っていたところだった。
    「釣れたよ~」の一言でこれまでの行動が結実したことを知り安堵した。
    やっている事は仕事上の動きとして立会人たちと食事をしていいホテルでのんびりしているだけなのだが、これがなかなかに疲れるのだ。
    ターゲットの捕獲のための実動にあたっていた門倉と真鍋から仕事の完遂の報せが入り、やけに手間のかかった作戦は梶の活躍するフェーズをようやく終えた。
    ターゲットも、掲示板で売れて来た男子を抱こうと思っていたら都会のビル群に負けない圧迫感の男が現れてさぞ血の気が引いたことだろう。同情した。


    久しぶりの休日、梶は門倉と会う約束をした。
    期間にして1か月程度の行動だったがその間門倉とはプライベートで顔を合わせていない。
    中堅のブロンズ像がスンと立つ広場に足早に向かう。いつも静かな喫茶店だとか、門倉の家への待ち合わせや訪問だったためこの場所に集合するというのは新鮮だった。
    (あ、もう来てる…)
    まだ待ち合わせ15分前ではあるが、銅像の横に髪をポニーテールにした門倉が立っているのが見えた。
    梶は手近なガラスを鏡にして髪を直し、つい先日まで擬態していた小遣い稼ぎ目的の尻軽な若者に身を溶かす。
    「こんにちは~おみおみです!」
    なんつって、という前に門倉の鋭い目線に射貫かれた。ぐ、と息を詰まらせたのはこれ以上はなにもいうべきではないという防衛本能だろうか。
    「…先にお聞きしたいのですが」
    「はい?」
    「実母やその交際相手から金銭や物品と交換の売春や性的行為を強要された事はありますか?」
    「いや~それはないですね。保険金の為に育てられてた感じなので、基本的には怪我と放置でした。鼻垂れでイガグリ頭の歯抜けだったので」
    「そうですか。では失礼します。」
    え?何が失礼?と聞くよりも早く門倉さんがジャケットの懐に手を入れ、小さな封筒を取り出す。
    「ホ別のイチゴでしたね」
    「へェ?」
    思わず間抜けた声が出た。
    差し出されたのはポチ袋だった。どうぞご確認ください、と言われて中を見ると諭吉と最近見るようになった一葉と畳まれた状態でそれぞれと目が合った。
    梶の背中に冷たい汗が流れる。何かが違う。自分から振ったようなノリのごっこではない。掌に載せられたポチ袋はかわいい招き猫の絵が描いてあるのに、穏やかではない。
    ホ別のイチゴ。この数週間自分の鼻から下の自撮りと共に繰り返し書き込まれてきた文言だ。もちろん会ったのは全員仕込みの立会人たちだから、実際にこのようにして渡された事はない。
    「それではまず買い物に行きましょう。好きな物を買ってあげますよ。」
    ごく自然に腰に腕を回される。エスコートというより、捕獲だった。
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