きゃば(本編後)いつだってここは絶妙に過ごしやすくて、微妙に天気が悪い。
雨が降るほどの曇天でもなく、しかし咳こむほどの感想でもない。酔わない訳ではないが、船の発着に不都合が出るほどは荒れない。
「よーいしょっと」
「じゃあ、三日後にまた来ますね。」
「うん。今年は三日かあ」
「しょうがないですよ、忙しいんですから」
「そだね~じゃあ梶ちゃん、あとよろしく」
「は~い、何かあったら衛星電話してください」
船に乗ったマルコと梶は岸から離れ、泡立つ帯を見送りのテープのように引きながら遠ざかっていく。
手配して使えるようにした上下水道と電源を確認し、先に島に入って諸々の用意をしていた立会人らの用意した物品も確認する。
卍戦の際にプレイヤーが破壊した家屋はそのままだが、外れを好んだプレイヤーが使っていた建物は無事だった。
貘はその一軒を拝借し、手荷物を無造作にデスクに投げベッドの上に身を投げる。
どちらかといえば町の方に近いこの家屋には最低限の物しかなくて、それでいて何故だか心地いい。
仰向けの背中が暖まり眠気が来る前にと立ち上がり、靴ひもを結び直し、荷物から持ち込んだワインボトルを出して携える。
そのまま森の中を海の方へと歩いて行って、ぜえぜえと切れる息に「これは歳かも」と笑いが出た。
ジャケットを脱いでくればよかったと後悔するまではそうかからなかった。森の中でも気温は高く、疲労に伴う発汗が生じる。
(毎年こうなのに、ほんっと俺って学習してないよね…)
拭うハンカチもない。ただ、今日の供とするためのボトルだけを抱えて歩く。
誰もいなくなって久しい島は、連鎖して生じる生態系のようなものがほとんどない。虫や植物はあるが、たまに立ち寄る海鳥以外の動物は見かけない。
音のない森の中をただ歩き、顎から汗が滴る程になった頃ようやく目的の場所が見える。
ここは墓標だった。盆と正月に帰ってくるのを渋るかもしれないから、先に会いに行ってやろう、と思った。
大きな島の土の下にごろりと寝転がるかの人を迎えに、いや、迎えられに貘はこの島を訪れる。
世界平和を謳う男が、手にした強大な権力を用いて求めたただひとつのわがままだった。
「来たよ伽羅さん」
木の幹にコンとぶつけたワインボトルの振動が、てのひらに波のように広がった。