坊主の門倉目が覚めると、頭が寒かった。
何かに覆われてはいるのだが、とにかく寒い。
身体を動かそうとしてもうまく行かず、力を籠めようとして手の中に入っている何かを力いっぱいに握った。
*
皮膚呼吸なんてもんはないと思っていたが、実際覆われてみると息苦しい気がしてならない。
顔がかゆくてかきむしりたくても手足と腰がベルトで固定されているし、頭が霞がかったようではっきりしないし、
色んなものに繋がれているし、何よりそもそも体が動かない。
自分の周りで走り回るのが医者や看護師だというのは理解できる。自分の記憶にある最後の光景もわかる。
ただ、体が動かない。ストレスは溜まる一方だった。
「雄大クン、立派に勝利判定言ってたよ…!」
まさかずっと詰めていたのか、部下たちが医者と看護師をかき分けて視界の端からなだれこんできた。
こんな格好見せたくねえな~とも思うが、見た方が部下たちが安心するならまあいいかと好きにさせた。
電動のベッドが少し起こされ、まだ自由にならない首を少し動かしてあたりを見回した。
「生きててよかった」みたいにこっちが泣くんやないんかい。おどれらが大号泣すんのかい。
「ゆうだいぐ~ん!!!!」
「立派だったよ雄大ぐ!!!!!」
タッパがある男たちが患者を取り囲んでたらお医者さんがなんもできんやろがい。
ドサッと音がして、反射的に目がそちらを向く。
病室にあるテーブルの上に、いつも吸っている銘柄の箱が山積みになって、一部が雪崩れているのが見えた。
(アホ…)
笑ったつもりだったが、唇の隙間からヒュっと空気が出ただけだった。
目が覚めてからは早かった。医者も黙ってカルテとワシを交互に見て黙って出てくくらい。
頭を開いて直してがあったらしく、寒々しくなった頭にも合点がいった。
寝ている間に多少はイガグリになっていたが、それにしても見事に剃り上げられたもんだと感心する。
中身の場所を元に戻して、外側の骨をもとに戻して、なんて芸当が一度や二度で終わるはずもなく、それから先も二度三度と坊主になった。
満足に湯も浴びれない格好だったからその方が楽と言えば楽だったが、男の勲章たるトサカがないのは人生でも久々の事だったからどうにも首の据わりが悪い。
一番外側の皮膚もケツから皮むしってどうにかなって、骨やらなにやらもくっつき、ワシにしては長かった入院生活も終わった。
度々丸められていた頭はまだまだえなりかずきなのが気に入らないが(えなりに非はない)、久々に自宅のあっつい風呂に入り、
気が済むまでヤニを吸い、賭郎の背広に袖を通し、本部に向かう。
朝イチで退院してきたのにもう正午を過ぎていた。
来れる時でいいと言われていたのに甘え、ゆったりと時間をとって移動した。
廊下を歩くと視線を感じる。知った顔の立会人は見舞う声を掛けてきたが、視線がやはり頭に向かっている。
バレとるぞ、おい。
”判事”の部屋に入る。今後についての説明と、現在の処遇、あと不在中の事についての申し送りを受けた。
受け取った書類を改めている最中も視線を感じる。
多少は整えてきたが、整えようにもこの頭からはまた丸刈りにする以上の事はできない。
「…お見苦しい頭で申し訳ありません」
「…いや、お勤めご苦労…」
「は…、ありがとうございます」
労いを受け、部屋を退出する。
慣れた空調が頭皮を直に撫でる感触に違和感がある。
どうにもバシっと締まらんので煙草を一本、と休憩所に立ち寄ると、巳虎やら銅寺やらがテレビを観ていた。
「あ…?」
「は…?」
同じような反応しくさって、仲良しクラブかおどれら。
「…もう臭い飯食わなくて済むな」
「あ?」
「シャバの空気どうですか?美味しいです?」
「?」
”お勤めご苦労”の意味を理解した。まだ頭に霞がかかっていたらしい。
その後退院ありがとうキャンペーンとして巳虎の奥歯が一本飛ぶまで殴っていたところを夜行立会人に
「先ほど掃除したばかりなので血の汚れは控えて」と止められ、坊主頭を見に来た見物人が集まり、
煙草をカートンで抱えて駆け付けた部下たちも集まり、
そこで「ああ、ワシって生きて帰って来たんじゃなあ」と実感が湧いたのだった。