中佐と結婚した。したのだ。夏の初めに2人で有給を取得し、役所に書類を提出した。たった紙切れ一枚。されど紙切れ一枚。
ムンゾの役所に行けば自分たちの婚姻関係を示す書類も引き出せる。というかエグザベ自身も未だに現実とは思えず、週に一度ほどの頻度で自分のIDの写しを発行しては配偶者の欄にシャリアの名前が刻まれているのを確認している。
そう、厳然たる事実として、自分エグザベ・オリベとシャリア・ブルは婚姻関係にあるのだ。
「エグザベ君」
シャリアの左手の薬指にきらりと指輪が光る。エグザベの左手にはめているそれと揃いの指輪はいわゆるマリッジリングというやつだ。シンプルなプラチナ製の円環には宝石どころか飾り一つ付いてない。それでも資源の限られた宇宙ではこの指輪はかなりの高級品である。シャリアは華美な装飾は好まない。それならばシンプルでも質の良いものをと考えるのは自然なことだろう。愛する人に贈るのだから、妥協はしたくなかった。
エグザベはよく言えば無欲。悪く言えば執着心が無い。軍からの俸給もほとんど手付かずで貯金していたお陰でこの指輪を買うことができた。
「コーヒー、飲みますよね?」
些細な言動がエグザベの心を揺さぶる。こんなに幸せで良いんだろうか。
「ありがとうございます」
ちょっと場面飛んで新婚旅行先の旅館へ向かうタクシーでの会話
「慰安旅行か何かですか?」
タクシーの運転手が口を開く。親子でもなければ友人でも無さそう、かといって親しさが無い訳ではない。ならば職場関係だろうとふんだのだろう。
実際間違ってはいないのだが、やはり側から見ても自分はこの人のパートナーとしては見られないのだなと少し凹む。
「ああいえ、彼は夫です」
シャリアの口から滑り出た言葉にエグザベが目を見開く。ただの事実と言ってしまえばそこまでなのだが、対外的に彼の口から夫であると紹介されるのは初めてだった。
「こちらには新婚旅行で来ました」
「あっああ、いやそうでしたか。これは失礼しました」
シャリアのあくまで穏やかな口調での訂正に、運転手が少し慌てた様子で取り繕う。
また少しとんでえっちなシーン
「エグザベ君……?」
並んだ布団の向こうから、シャリアが不安げにエグザベの名前を呼ぶ。
「ハネムーンの夜なのに、何もしないで寝てしまうんですか?」
エグザベがこちらへと伸びてきたシャリアの手首を掴んで止める。
誘いを止められたことに対して、少し傷ついたような顔をシャリアが見せる。
「……気分でないならそう言ってください」
「あっ、いえ違うんです。そうじゃなく……その、明日もまだ出かけますし……」
しどろもどろと言いよどむエグザベにシャリアがじろりと厳しい視線を向ける。この人の前で何かを取り繕うなんて、無駄なのに。自分はいったい何をしているんだ。
「すみません、今のは言い訳です。貴方の隣に立つ自信がまだ無いんです」
「君のその謙虚さは美徳ですが、今発揮されても正直邪魔でしかありませんね」
シャリアが起き上がり、エグザベの上にまたがり、腰を下ろす。窓から差し込む月明りで部屋の中は妙に明るい。
見下ろすシャリアの視線が冷たい。怒っている。そりゃそうだよな。いたたまれない気持ちになる。
「自信ってなんですか」
「その、」
「私をあなたの妻にしてください」