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    みゃこおじ

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    【たいみつ】午前5時、アトリエにて

    午前5時、アトリエにて校正しようと思ったのですが、手が回らなくて何も見返すことができませんでした…変だなって思っても、そんなこともあるよな!と流してください



    どうしてこんなにも忙しいのだろう。忙しいことはいいことなのだが、アトリエに缶詰めになって早二週間。好き勝手いいやがってと悪態をつきたくなるのを我慢し、大丈夫です、任せてくださいなんて言ってしまった過去の自分を呪いたい。
    クライアントは勝手が過ぎる。割に合わない仕事だと思っても、次の仕事につながるかもしれないと思って引き受けることが多いが、今回ばかりは無茶ぶりの応酬に辟易していた。元凶の彼は三ツ谷が会社勤めをしていた頃からの知り合いで、色々と仕事を流してくれているが、度重なるスケジュールや仕様変更に爆発寸前だった。彼も発注元と板挟みになって大変なのだろうが、振り回される下請けの三ツ谷のことも少しは考えてほしい。
    理不尽だ、と思いつつも、壁にかけたカレンダーを眺めながらどうにか終わりそうだと安堵のため息をもらして資料をまとめてメールを送信する。7月24日は三ツ谷の恋人である大寿の誕生日で、その前日までには何があってもどうにか仕事を終わらせてやると馬車馬のごとく働いていた。ここ二週間は極道納期に殺意を覚えながらアトリエで寝泊まりをし、外に出るのは近所のコンビニに食料を調達するときだけ。大寿との愛の巣にも当然帰れていない。
    どうにか日付が変わって大寿の誕生日になる瞬間は一緒に過ごせそうだ。けれど、プレゼントはまだ買えていなくて、何がいいだろうと頭を抱えているところだ。欲しいものは事前にリサーチしてみたものの、特にないと言われてしまっていて、何も考えられていない。余裕があれば百貨店を巡って探せたものの、そんな時間は当然とれるはずもなく、ずるずると誕生日の前日になってしまった。
    うんと伸びをすると、気が抜けたのかぐうと盛大に腹の虫が鳴った。そういえば、今日一日ほとんど何も食べていないことを思い出す。大寿に連絡をいれて家に帰ろうとしていると、ポケットにいれかけたスマホが盛大にブルブルと震える。夜の8時を目の前にしての着信に嫌な予感しかない。電話をとりたくないが、とらないという選択肢は存在しない。画面を確認すると案の定取引先で、三ツ谷は覚悟を決めて通話ボタンを押した。
    「はい、三ツ谷です」
    『三ツ谷くん…! 君にしかお願いできないんだ!』
    切羽詰まった男の声にいよいよ頭が痛くなってきた。フリーランスには決まった出勤時間も労働時間もない。それだからこそ小回りがきくと喜ばれて色々と仕事をさせてもらえるというメリットがある。しかし、それは裏を返せば、いつ何時でもどんな依頼をしても許される、と思われていることでもあった。急な依頼は今までに何度でもあった。どんな納期でも死にそうになりながらこなしてきた。しかし、今回ばかりは心を鬼にして…
    『…ってな感じなんだけど、やっぱり難しいかな?』
    「…わかりました。詳細はメールを送ってもらえますか?」
    『本当にありがとう! 助かるよ』
    断ろうと思ったものの、やはり、頼まれたら断れない性分だった。がっくりと肩を落としながら三ツ谷は通話をきる。これで大寿の誕生日の計画はパァだ。三ツ谷も大寿もお互いに雇われの会社員ではないので休みも中々あわない。同じ家で生活していても、顔をあわさないことなんてザラだ。だからなるべく、誕生日は一緒に過ごそうとしているのだけれど、それも中々ままならない。仕事は大事だが、それ以上に大寿のことを大事にしたい。いくら仕事優先と言っていても、受け入れられることと受け入れられないことがある。今回ばかりは、どうしても、受け入れられなかった。
    大寿はまだ仕事中だろうか。コンビニに夕飯でも買いにいくかとスマホと財布だけもち、スニーカーをはきながら電話をかける。外はむっとする程蒸し暑く、じんわりと額に汗がにじんだ。
    『どうした?』
    久しぶりにきいた声に声が詰まる。応答しない三ツ谷を不審がったのか、三ツ谷? と声色が曇る。顔を見なくても眉間に皺が寄ったんだろうなという声音で思わず苦笑がもれる。
    「ごめん、大寿の誕生日、仕事はいっちゃった」
    『そんなことか…気にすんな』
    「そんなことじゃないよ! オレは楽しみにしてたんだ。大寿くんに会うのも久しぶりだし、先月はオレの誕生日祝ってくれただろ?レストランだって予約したのにさ」
    大寿の市場調査を兼ね、時折、SNSで話題になっていたり、老舗と言われるようなレストランに食事にいくことがある。今回三ツ谷が予約したのは、ミシュランで何度も星を獲得するような有名店だ。オープン当初から大変な人気で中々予約をとることができず、大寿も幼い頃に家族との食事で訪れたことがあったくらいなのだという。
    去年のうちから予約をしていたのにと、三ツ谷はスッキリと晴れ渡った空を見上げてため息をつく。
    『…また日を改めていけばいいだろう? 誕生日なんて毎年くんだから』
    「でもさ、今年の誕生日は今年しか祝えないじゃないか…オレは、そういうの大事にしたいのに」
    大寿のいうとおり、誕生日は生涯を終えるまで毎年迎えるものだ。もちろん、三ツ谷としてはこれからもずっと大寿と共に人生を歩んでいきたいと考えているが、今でしかできないことだってたくさんある。縁起でもないが、不慮の事故でどちらかが死んでしまうかもしれないし、およそあり得ない話だが、来年の誕生日を待たずに別れてしまうかもしれない。だから、日々の小さな積み重ねでも大事にしたいと思うのだ。
    楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、できることなら全てのできごとを大寿と共有したいという気持ちは、贅沢なのだろうか。大寿と付き合い始めて随分経ったが、大寿は経営者としての、三ツ谷はデザイナーとしての地位や名誉という重荷が増えてきて、年々すれ違う日が多くなっているような気がする。同じ家で暮らしているとはいえ、顔をあわさない日もままあるのが現状だ。だからこそ、節目を大切にしたいと思っているのに。
    大寿は昔から、記念日や節目にあまり執着しない質だった。大寿と友達になってからは大寿の誕生日は三ツ谷が一方的に祝ってきたし(そんなことをしているうちに大寿も三ツ谷の誕生日を祝ってくれるようになった)、ルナやマナが小さいうちはクリスマス礼拝を終えた大寿を自宅に招き、ささやかながらクリスマスのごちそうを食べたのだ。多忙な毎日を送っていると、侘しかったけれど、時間にもとらわれず自由に過ごせていた過去のことを懐かしく思ってしまう。
    大寿の喜ぶ顔が見たかった。滅多に笑わない大寿が愛し気に目を細める姿が見たかった。年を取って若い頃よりも人相も態度も柔らかくなったけれど、「特別」を形にしたものを目の前にしたときのあの幸せそうな表情は、何にも代えがたい宝物なのに。
    「…わかったよ。また予定すり合わせよう。忙しいのにごめんね」
    『おい、三ツ谷』
    待て、と電話越しに大寿が怒鳴ったような気がしたが、三ツ谷は一方的に通話を切り、ついでレストランに予約のキャンセルの連絡をいれた。やるせない気持ちを抱えながらにスマホの電源も切ってしまう。大人気なかったかなと思いつつも、疲れているからか、視界が涙で揺れた。今までにもすれ違うことは何度もあった。その時は三ツ谷だってしょうがないね、で済ますことができた。でも、今年は付きあい始めてから20年、一緒に暮らし始めてから15年という節目の年で、どうしても、大寿に感謝の気持ちを伝えたかった。
    生まれてきてくれたこと、出会えたこと、こうして自分と一緒に人生を歩んでくれていること。今までたくさん喧嘩もしたし、些細な事で別れ話に発展したことだってあったけれど、その度に絆が深まって、ますます愛しくなるばかりだった。
    トボトボとコンビニに向かいながら左手の薬指の根本を撫でる。このペアリングは同棲をしないかと話になったときに大寿からプレゼントされたものだ。誕生日プレゼントはまだ買えていないが、この節目の年に三ツ谷からペアリングをプレゼントしようとしていて、それは大寿に見つからないようにアトリエの机の引き出しに大事に大事にしまってある。三ツ谷のサプライズなんて大寿は知らないはずなのに、なんだか自分の気持ちを蔑ろにされた気分だ。ただの醜い八つ当たりだということはわかっているのに、どんどん悪い方に思考が落ちていく。
    はぁ、と辛気臭いため息をついてダメだと頭をふる。今三ツ谷にできることは、仕事を早急に終わらせて家に帰ること。ずっしりと重く感じるコンビニ袋を持ち直し、足早にアトリエに戻る。食べ飽きた味気ないパスタをかっこみ、件のメールを確認する。全くやる気はしないがやるしかない。いくつかの確認事項と見積書を添付してメールを送り返し、三ツ谷は徐に引き出しを開けた。
    綺麗にたたまれた有名な宝飾店のロゴのはいったショッパーのそばで今か今かと出番を待ちわびている小さなベロア地のジュエリーボックス。この中身はもちろんペアリングだ。ボックスを優しく手にとって、中身をぼーっと見つめる。大寿も常にペアリングを身に着けてくれているので、恐らく、15年前とサイズは変わっていないはず。
    大寿からプレゼントされたものよりも値段は少々手ごろかもしれないが、色々な店を回って大寿の太い指に似合うものを見繕っていた。三ツ谷のリングよりも一回り大きいそれには、大寿の体に刻まれた刺青のような意匠が凝らされている。三ツ谷のものもサイズ違いのお揃いで、煌びやかなショーケースの中で三ツ谷の視線を釘付けにして離さず、その場で購入を決めたのだ。
    再び辛気臭いため息をつきながら、三ツ谷は元の取りにジュエリーボックスをしまう。今度ふたりの予定があうのはいつになるのやら。明日を逃せばいつ渡しても一緒だとはわかっているのに、やるせない気持ちでいっぱいだ。
    気を取り直し、三ツ谷は画用紙を広げ、さらさらと鉛筆を走らせる。しかし、どれもなんだかパッとせず、床には書き損じた紙が積みあがっていくだけだ。布見本を眺めても、自分の描きつけたメモをめくっても、イメージの泉がわいてこない。煮詰まりすぎているといい案も浮かばないとわかっているものの、筆を走らせていないとやっていられなかった。
    ぐでっと机に突っ伏して、わしゃわしゃと髪をかき回す。時計を見ると、もうとっくに日付が変わっていた。7月24日。大寿が生まれた日。本当ならばもうとっくに家に帰っていて、プレゼントは渡せなくても、誕生日おめでとうと直接伝えられていたはずなのに。電話でもメールでも気持ちは伝えられるが、先ほどの電話のやりとりがなんだか釈然としなくて連絡をいれる気がおきない。
    椅子の背もたれにぐっともたれかかりながら無機質な天井を見上げる。もう少しいい物件があるぞと大寿からいくつか紹介されたが、このアトリエには三ツ谷にとってとても大切な思い出が詰まっていて離れ難い。独立した頃からずっとここでたくさんの子供たちを生み出してきた。東卍の仲間たちが結婚する度にタキシードやウエディングドレスを夜なべして作ったり、ある時はそんな仲間たちと夜が明けるまで飲み明かしたり、大寿と喧嘩をして棚を壊したり。
    四〇を前にして感慨深くなってしまったのか。目の奥がじわじわと熱くなり、慌てて手のひらで目元を覆う。ツンと鼻の奥が痛くなり、ギュっと瞼を閉じた。
    もう今日は寝てしまおうかとゴシゴシと目を擦り、スマホに手を伸ばす。画面をタップしても真っ黒なままで、そういえば、電源を切っていたことを思い出す。暫くは誰の気配も感じたくないと目覚まし時計のアラームをセットし、冷蔵庫で冷やしていたレモン酎ハイを煽る。水のようにゴクゴクと喉を鳴らして胃の中に押し込み、部屋の隅におかれたソファーベッドにごろ
    りと横になった。
    あっという間に飲み干して、グシャリと缶を握りつぶす。連日の疲労と一気にアルコールを摂取したせいか、グラグラと視界がぐらついている気がした。足元でくしゃくしゃに丸まっていたタオルケットにくるまり、膝を抱えて目を閉じると、お世辞にも心地よいとはいえない眠気に襲われる。
    うとうとと夢とうつつの狭間を彷徨っていると、すぐ側で誰かの気配がした気がした。大きな手が頭を撫でる重みに薄目をあける。三ツ谷、と優しく語りかける低い声が鼓膜を揺らし、ゆっくりと気配がする方に顔を向けた。
    「たい、じゅ…?」
    「…悪い、起こしたか?」
    「…いまなんじ?」
    「2時前だ」
    意識ははっきりとしているような気がするのに、酷く頭が重い。頬を撫でる手はとても温かくて、夢でもこんなに熱を感じるんだなとすりすりとすり寄る。嗅ぎ慣れたタバコとトワレが入り混じったにおいが鼻腔をくすぐり、大寿に会いたかったという気持ちが強かったせいか、なんとも都合の良い夢に頬が緩む。
    「…悪かったな」
    ぼやける視界で大寿のつりあがったた眉がすまなさそうに下がる。何に対しての謝罪かはよくわからなくて、三ツ谷は欠伸を噛み殺しながら何がと首を傾げる。
    「…いや、なんでもねぇよ。まだ寝てろ」
    「う、ん」
    大寿と顔を合わせたら何かを伝えなければいけなかったような気がする。しかし、急激に訪れた眠気に抗うことができず、闇の深淵に吸い込まれるように意識が途切れた。
    「たいじゅ…ーーーーーー」


    遠く方で新聞配達のバイクのエンジン音が聞こえる。ゆっくりと目をあけると、大きな窓から夏の日差しが差し込んでいた。天気予報を見なくても、今日は一日晴れだとわかる空模様だ。澄み渡った雲ひとつない青空はどこかまだオレンジ色っぽい朝焼けの気配を残している。
    のそりと起き上がると、なんとなくアルコール臭いような気がした。ワクという自覚はあるが、流石に疲労困憊の体でのストゼロ一気飲みは堪えているらしい。
    若干の頭痛を覚えつつのそりと体を起こすと、起きたのか、と聞き覚えのある声がして、三ツ谷はソファーベッドの上で飛び上がった。
    「た、たいじゅ…!?なんで、ここにいるの…?」
    「なんでって……寝ぼけてて覚えてねぇのか?」
    夜中に一度起きてたろと言われても全く記憶にない。なんとなく、幸せな夢を見ていたような気がしているが、それもよく覚えていない。
    大寿はどうやら仕事をしていたらしい。作業机の上にはパソコンと書類が広げられている。折角の誕生日なのにと大寿の勤勉さに感心しながら、三ツ谷はハッとして唇を噛んだ。
    「…大寿、昨日はごめん」
    「何の話だ?」
    「オレ、八つ当たりしたじゃん?子供っぽかったよな…って反省しています」
    「…別に、そんなことは気にしてねぇよ。オレも、まぁ、なんだ…悪かった」
    バツが悪そうに立ち上がった大寿はコーヒー飲むだろと三ツ谷の返事も聞かず、電気ケトルで湯をわかす。のそのそと重い体をひきずってソファーの上で体育座りをしていると、すぐにコーヒーのいい香りがアトリエに広がった。
    お揃いのマグカップを手にした大寿はひとつを三ツ谷に私、少し距離をあけて三ツ谷の隣に座る。自分とは比べ物にならないくらいがっしりとした体躯がソファーに沈み、ギシリと軋んだ。
    「…誕生日おめでとう」
    「…ああ」
    「本当は、日付が変わった瞬間にお祝いしたかったし、プレゼントも渡したかった。レストランいくのも楽しみにしてたんだよ。今日という日はこの瞬間しかないから、大切な日は一緒に過ごしたかったんだ」
    熱いコーヒーを啜りながらギュっと膝を抱えると、大きな手がそっと頭を撫でる。わかってるとぶっきらぼうに頷く大寿に目の奥がツンと痛んだ。
    「…お前の言い分はわかるが、そうやってお前がオレのことを考えてる気持ちは十分伝わってる。来年も再来年も、ずっと一緒にいるんじゃねぇのか?」
    「うん、そう。わかってる。でもね、大寿くん、オレはその気持ちをちゃんとした形で渡したかったんだ」
    何を言いたいのかわからんと言いたげに大寿の眉間に皺が寄る。くすりと小さく笑みをこぼすと、三ツ谷はゆらりと立ち上がりデスクの引き出しをあける。小さなジュエリーボックスを手に取り、三ツ谷は視線だけを大寿に向けた。
    「…大寿は忘れてるとかもしれないけどさ、オレたち、付き合い初めてから二〇年たったんだよ。だからちゃんと、君にお礼をしたかったんだ」
    生まれてきてくれて、オレと一緒にいてくれてありがとう、って。朝焼けに照らされてキラキラと光るリングは、永遠の輝きを放つダイヤモンドよりも綺麗に見えた。


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    HAPPY BIRTHDAY TAIJU!
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