誰が駒鳥をXXしたか(05) 雨はまだ降り続いている。
時計もなければ太陽もなく、打たれ続ける地面を見るだけではどれだけの時間が経過したかはわからない。
突然の雨に打たれ、荷物は死守したが服は悲惨。靴の中まですっかり水浸しになり、暖かい気候とはいえ少々身体には堪える。
良かったことは、それからすぐケシーのところに辿り着いたところ。悪かったことは、ここまで探しにこなければ彼に会えなかったということ。
雨が入らぬ位置で張られたテントの中で二人きり。正確には二人と一匹だが、訂正したところでなんの意味があるのやら。
本当ならもう帰路についているところだ。
これだけ濡れてしまえば雨宿りの意味もないと、中に入ることもなく荷物を渡した手を掴まれたのは何十分前のことだろうか。
通り雨だからと中に引きこまれ、着たままでは風邪をひくと指摘されるまま脱いだ服は広げて放置されたまま。上半身裸で過ごすよりかはマシだが、そんなエイトを温めるのも乾いた布が一枚だけ。
自分を引き留めた男がなにをしているのか。うつ伏せになり、テントの入り口から外を眺めるエイトにはわからず、振り向こうともしないので知る術もない。
実は眠っているか、それともぼんやりとしているか。トパの声が聞こえるので恐らくは起きているだろうが、雨が強くて他の音が聞こえない。
僅かに頭が痛むのは、早速風邪をひいたのではなく気圧の関係か。そういえば朝から少し痛い気はしていたが、気にするほどではなかったはず。
なにもすることがないと、余計なことしか考えない。元の世界でも時折なっていたが、薬を飲むほどではなく。ましてや、しんどいと訴えるほどでもない。
辛い人間は相当辛いらしいが、エイトはただなんとなくそう思うだけ。そう、これぐらい伝えるほどではない。
伝えたところで意味もなかったしと、無理矢理切り上げたところで次の話題は浮かばず。ほんの少し、不快感が奥に残る。
雨宿りのため、とはいえこうしてゆっくりするのも久しぶり。最近は新・大魔法使いとしての仕事も多く、疲れが溜まっているのも事実。
会社で働いていた頃に比べれば、慣れないとはいえそう忙しくはない。いっそなにも考えられないぐらい忙しくて、気絶するように眠れたなら、こんな気持ちにもならなかったのだろうか。
……なんて、考えている時点で相当疲れているとも言える。
「……あとどれぐらいでやむんだ?」
「まだかかる」
パタ、と足先で布を持ち上げながら問いかけ。そう間を置かずに返されたことで、ケシーが起きていたことを知る。
ひたすら外を見つめ続けるエイトを見ているのか、それとも手元にいるトパを見ているのか。やはり確かめるのは億劫で、面倒くさがるところは彼から移ってしまったのか。
これが犬なら飼い主に似てきたと言えるが、エイトは人で、そもそも飼われてもいない。それこそ、この男なら真っ先に面倒だと切り捨てるだろう。
トパがいるのは、飼っているのではなく一緒にいるからだ。やっていることはほとんど変わりないが、認識が違うなら関係だって違う。トパはケシーの所有物ではないし、この先もそうはならない。ただ、共にあるだけ。
トパはどう思っているかはわからないが、そばにいたい気持ちは分かる。そう、ケシーのそばは……少し、落ち着くのだ。
頼りがいがある、というのもある。テントも張れて、料理もできて、そのうえ絶倫。欠点といえば面倒くさがりすぐ眠りたがるところぐらい。
大抵のことはできてしまうし、必要以上に寡黙というわけでもない。エイトがしゃべり通りている場合はともかく、ケシーが拒絶することは基本ないのだ。
面倒だから受け入れている。面倒でも受け入れている。
同じようで、違うそれ。どちらが本質に近いかはともかく、なにかとつけてエイトが彼に会いに来てしまうのに、眷属だからという理由では少々足りない。
落ち着くし、安心する。それは本質的なところだ。ある程度許されている、という自覚もある。
時折見誤り怒られることもあるが、改めれば必要以上に咎められることもない。
感じる魔力は温かく、優しく、心地良い。トパがそこまで感じているかはわからないが、気持ちは同じだ。
そして何より……ケシーが『それ』をエイトに伝えることはない。
そう確信しているからこそ、理解しても遠ざかることなくエイトはここにいる。ここにいられる。
いや、そうでなくても突き放すことはないし、これからも接していくだろう。セックスだって、間違いなくする。
だが、ここまで穏やかな気持ちでいられないのも、また同じく。
そんな思考を遮るのはケシーの声ではなく、一つの鳴き声。だが、聞き慣れた可愛らしいものではなく、喉が潰されたようなそれ。
ゲコ、と。再び鳴いたのは視界に入り込んだ一つの緑。顎下を膨らまし、もう一鳴きする姿は、肉眼では少し見つけにくいぐらいには小さい。
「蛙の肉って、確か鶏肉に似てるんだっけ」
「……そんなにお腹すいたの?」
少し眉を寄せた表情が目に浮かぶ。カエルなんか食べるのか、というよりは、そこまで腹が減っているのかというニュアンスだ。
「ケシーは食ったことあるのか?」
「……捕まえるのが面倒」
それはつまり、捕まえたら食べていたのか。いや、その場合も捌くのを面倒くさがる可能性もある。
そもそもあんな小さなカエルでは、食べられるところなんてほとんどない。食いしん坊のトパでも拒むだろう。
「カエルを水に入れてから火にかけてると、熱湯になってんのに気付かずに茹だってるってのが俺がいた世界で聞いた調理法なんだけど……」
「それ、実際は熱湯になる前に暴れて逃げるでしょ」
そうなのか? と聞き返そうとして、そりゃあそうかと納得する。いくらカエルでも熱ければ気付くし逃げる。
単なるたとえ話。酸っぱいブドウや巨大に見えた影と同じ類か。
では、この場合の教訓とはなんだろう。気付いた時には手遅れ……というやつか。
そもそも気付かぬまま茹でられているので後悔もなにもないだろうが。
「――うひゃっ!」
前置きもなく背中がくすぐられ、大きく跳ねる。いや、実際はトパが背中に乗ってきただけだ。
湿気を含んでより膨らんだ毛が素肌に触れる破壊力。本人、もとい本獣にその意図がないとは分かっていても擽ったものは擽ったい。
「トパ、くすぐったいって!」
体勢のせいで捕まえることはできず、ふわふわの尻尾はあちらこちらを撫で続ける。やっと顔元まで下りてきたところを捕まえ、仕返しとばかりに仰向けにして腹をまさぐる。
チィイ~! と、情けない声はエイトの手の中から。
……もう来ないと思っていた背中への感触に漏れた吐息は、その彼の口から。
「っん! ……ぇあ、あっ……?」
喘ぎ、驚き。その間も、肌を撫でる感触は止まらない。
腰の窪みから、中央へ。そこから肩甲骨を通って、首元に。触れるか触れないかの接触はそこで数が増え、四つとなって頬を掠めていく。
それと共に視界に入るのは、黄色の煌めきと巨大な影。すぐ隣に並んだ巨木に、一つ瞬く間に開放されたトパが鳴いても反応できず。
「冷えてる」
湿ったままの髪から、耳へ。触れたままの手はじわりと温かく、それは本当にエイトが冷えているからなのか、彼の体温が高いからなのか。
考えている間に入り口は閉められ、雨音が一気に遠ざかる。耳を澄ませなければ聞こえない天の恵みは、もう布の擦れる音に負けるほど。
「……これも、」
上から被っていたはずの布は取り払われ、うなじから背骨を辿って戻る手。終着点は、濡れたままでも身に纏っていたズボンの元。
「脱がないと冷えるよ」
するり、するり。ためらうことなく、止まることのない指がなだらかな膨らみに触れる。割れ目にさしかかり、尻たぶごと掴まれれば疼くのは更に奥。
これよりもずっと強く掴まれながら、深々と打ち付けられる質量。実際にそこに埋まっていなくとも、思い出すのにはそれで十分過ぎた。
あからさま過ぎる誘いに戸惑ったのもつかの間。吹っ切れてしまえば、それ以外の選択肢など浮かびもしない。
それでも、少しためらうのは向けられる瞳の熱さのせいなのか。落ち着かぬ心臓のせいなのか。
「……これだけだと、寒いんだけど」
火がともる錯覚。じきにこの身体が煮えると分かっていても抗えず、笑いかければ同じく歪む唇に誘われる。
温めてあげようかと、語る視線から目を反らせず。まるで追い打ちのようにトパに首元を擽られ、柔らかな毛を撫でた後は、エイトが撫でられる番。
閉ざされた入り口から、奥側に。頭の向きを変えるだけで、心臓は期待で鼓動を刻む。
「――いい子」
そわり、そわり。
覆い被さり、頬を撫でる手のひらに唇を寄せ。軽く吸い付けば、求めていたそれはすぐにエイトの呼吸を奪った。