眠りに付くまでの道程4「なぁ、ブライト。お前さ、なんでいつの間にそんなに苦しそうな顔ばかりするようになったんだ?」
リュウ・ホセイは、俺の橫に寄り添うように、並んだ。
相変わらず、デカイな…
橫に居るだけで、温かな体温を感じる。
滲み出る、包容力。情の厚い、男。他人のちょっとした変化を見逃さず、気を回してくる。
感情に流されてこの仕事が務まるか、と、怒鳴りあげたい気持ちすら、掬い上げる様に、俺ににこりと笑い掛ける。
「お前、何処かに忘れて来たんだろう。」
何を?聞く側がどうとでも取れる含みを持たす言葉。
「リュウ、お前、俺に何が言いたいんだ?」
まどろっこしい。
俺は忙しいんだ。
さっさと結論を言えよ。
橫に並んだデカイ体格を少し見上げて、ハッと息を飲む。
…なんでリュウが、ここに…いるんだ?
あの時のブルーの制服。
あのままの、18歳の青年。
俺は、あれから随分歳を取ったんだ。
俺の中に浮かぶ疑問を物ともせず、何故か二人腰掛け、リュウが、俺の頭に手をやって、子供をあやすようにゆったりと撫でていく。
「あのさ、たまにはさ、ミライさんにこうやって、甘えたらどうだ?」
「!いきなり、それはなんだ!」
抗議する俺の言葉を、聞いてか聞かずか。
「そんな大したこと言って無いさ。このままだと、前みたいにぶっ倒れる、そう見えたんだ。」
奴の掌の重さが妙に心地よい。
「膝を貸してやるから、少し眠れ。」
リュウは俺の頭を抱き込んで、あいつの膝に押さえられた。リュウの肉付きの良い太股。低い位置からあいつを見上げると、表情がぼんやりと霞んだ。
「寝るなんて出来ない。眠ったら、お前、居なくなるんだろ?」
それは嫌だな。嫌だ。行くな。
「良い歳した男の言うことか?」
頭の上から聞こえるあいつの声が、笑っていた。
「…なぁ…リュウ…俺も、一緒に連れていけよ。」
リュウの膝の上で本心を溢す。
「嫌だね。ミライさんに恨まれたくない。」
「…もう、昔、どうやって笑っていたのかも、何だか、今、思い出せないんだ。」
「そうだろうな。そう見えたよ。だから、ブライトに会いに来たんだ。」
「だから、連れていけよ。」
「いいから、眠れ。」
「嫌だ、寝ると、きっとお前は、居なくなる。」
俺は自然に泣いていた。子供の様にぽろぽろ、涙をながす様は、傍目に無様だろうが、リュウの前なら構わなかった。
「お前自身が、限界なのにミライや皆を支えようとして、無理が重なり過ぎているだろう。」
嗚呼、 気が変になる。
ある種、何も考えたくも無いのだ。死すら叶わない現実は、感情の総てに傷みだけ刻み、そこから抜け出る事も無い。それはそれで良い。そうあるべきだ。
穏やかな安らぎ‥等は、有ってはならない。
だから、リュウ、お前が、ここに…居る事だけで、俺には、罪悪だ。
なのに。
お前の太股は、柔らかいんだ。
頭を撫でる掌は、総てを包む様に暖かいんだ。
もう一度リュウの顔を見上げた。
空から太陽の陽射しが差し、逆光で表情がぼんやりとしか、判らない。だが彼の口元は笑っていた。
「俺しかいないだろ。ブライトが、こうやって、ぐだぐだ言えるのは。ガキみたいに甘えられるのは。あんたは大人になったんだからさ。」
言葉を返せなかった。
頬に当たる奴の体温と、頭に感じる柔らかな擽る動きと。
「付き合いが長いアムロにだって、嫁さんのミライにだって、見せたくない部分、有る訳だよ。でもさ、俺になら、出せるだろう…」
今はもう居ない俺になら。
リュウの口元が、最後にそう動いた様に、感じた。
頬から伝わるリュウの体温が、冷たく冷えている身体の奥底までに、じわり、じわり、暖まる。リュウが腕を動かし、眠れとばかりに、俺の瞼を塞ぐ。
「やめろ、お前の顔が見えない。」
あいつの掌を振り払い、しっかり掴んでみる。
ガッチリとした手首。こんなにリアルに感じるのだ、夢なんかじゃ、無い!ならば、これは…
「…俺は、生きて、ないのか…」
死んでいるのだ。はっとしている自分がいる。
あの世でリュウに再会した…。
「…俺、寝るわ。」
思わず、そう口走った。
身体の中の張り詰めた緊張の意識が、さらさらと、流れていく。足掻いても無駄なのだ。もう、終わったんだ。ならば。
リュウが、もう一度、俺に笑顔を向ける。
「そうしろ。目が覚めるまでこうしていてやるよ。」
「甘えさせてもらう。」
瞼を閉じれば、又もリュウが、俺の頭を撫でる。
「もう、止めろって、言わないんだな。」
「うん、もう、肩肘はって生きなくて良いんだ。素直に、甘えたい。素直にありがとうって、言う。」
お前になら、簡単に、言ってしまえる。
「お休み。」
魔法に掛かるように、あっという間に、眠りに落ちた。