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    sesekomasi

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    sesekomasi

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    冒頭ちょっとだけモブ女が出てくる

    新米呪術師🟪と文豪幽霊🟦時刻は四時四十四分、夕方に差し掛かったころ。電車の中には茜色の光が差し込んでいる。時折思い出したように揺れる車内で、一人の青年が佇んでいた。
    「…………」
    青年は無言のまま、窓の外を眺めている。彼の視線の先には夕日に染まった街並みが広がっていた。しかし彼はそれを見ているわけではない。ただそこにある景色を見てはいないのだ。その瞳には何も映ってはいなかった。
    ふいに車内アナウンスが流れる。
    『次は~……』
    電車は次の駅へと到着する。静かな車内に、一人の少女が乗り込んできた。制服を着た、まだ幼さが残る女の子だ。彼女は車内をきょろきょろと見渡して、それからある一点を見て動きを止める。そこには青年がいた。青年も彼女の姿を認めて目を合わせる。
    そして二人はしばらく見つめ合ったまま固まっていた。やがて彼女は意を決したように足を踏み出すと、そのまま青年の方へ向かって歩いてくる。そして彼と向かい合う形で席に着いた。
    「……」
    「……」
    無言の時間が続く。どこか不安そうな表情を浮かべた少女を見かねた青年が口を開く。
    「何か、悩みでもあるの?僕でよければ相談に乗るけど」
    突然話しかけられたことに驚いたのか、少女はびくりとして顔を上げる。そして少し困ったような顔をすると、おずおずと話し始めた。
    「えっと……私にはちょっと仲の良い友達がいるんですけど、その子のことが好きになってしまって……でも告白しようにもなかなか勇気が出なくて……」
    ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ少女を見ながら、青年は優しく微笑む。そして言った。
    「なるほど、そういうことか。君はとても優しい子なんだね。でもそんなに悩むことはないんじゃないかな?」
    「どうしてですか?」
    「だって君はもう答えを出しているじゃないか。好きなんだろう?その人のことが」
    そう言って彼は再び笑う。
    「……はい。好きです」
    「なら迷うことなんてないよ。自分の気持ちを伝えればいいんだよ。君の思いをぶつければきっと相手に伝わるはずだから」
    青年の言葉を聞いて、少女の顔がぱぁっと明るくなった。そして嬉しそうに言う。
    「ありがとうございます!頑張ってみますね!」
    「うん、頑張れ」
    青年は少女の笑顔を見て、目を細めた。
    「ねぇ、少しだけ僕の話も聞いてくれないかな」
    「はい、いいですよ」
    少女が答えると、青年はまた笑みを浮かべた。
    しかし、その目は先程よりも冷たい。まるで氷のような視線に、少女は背筋を震わせた。
    「僕はさっきまで君と同じように悩んでいたんだ。だけど今はその必要がなくなった。なぜかわかるかい?」
    首を横に振る少女に向かって青年は続ける。
    「それはね、君がもうすぐこの世界とお別れをするからだ」
    「どういう意味ですか?」
    「言葉通りの意味だよ。君は死ぬんだ」
    青年の言葉を聞きながら、少女は次第に青ざめていく。震える声で聞いた。
    「なんで……私が死なないといけないんですか?」
    「君が不運だから。たまたまこの電車に乗って、僕と出会ってしまったから」
    淡々と話す青年と目が合った瞬間、少女の中で恐怖心が膨れ上がっていく。逃げ出そうとするも、身体が動かない。声も出せなかった。金縛りにあったかのように指一本動かせなかったのだ。
    (誰か助けて!!)
    必死で願うも虚しく、青年は少女の首に手を伸ばす。そしてそのまま、



    「ねぇシュウ!?聞いてる〜?」
    「ん?聞いてるよ」
    ミスタの出した声で、シュウは窓の外から視線を戻した。放課後の教室は部活やら遊びに行く生徒達で賑わっている。
    「電車に幽霊が出るって話でしょ?でもそれってただの噂なんじゃない?」
    「それはそうなんだけど、俺は裏があると思うんだよね!例えば……そうだな……」
    「例えば何さ」
    「……何か大きい事件が関わりがあるとか!最近あったじゃん、女子高生が行方不明になったってニュース。あれって実はその人が電車に乗った後に消えちゃったとか……」
    得意げに語るミスタを見ながら、シュウは何とも言えない表情になる。突拍子もないと思いはしたが、純粋そうに目を輝かせているミスタに水を差すのは哀れだろう。
    「……まあ確かにそういう可能性もあるかもね」
    ミスタは持たれかかった椅子をギシギシ鳴らしながら興奮気味に語る。
    「でしょ!こんな大きな謎、名探偵としては放っておくわけにいかないって!」
    「でも、どうやって調べるの?」
    「それは……」
    ミスタは口籠った。考えてなかったらしい。
    シュウは苦笑いして、ふと視線を教室の時計に向けた。
    「あ、もう帰らないと」
    「そうなの?じゃあ俺も帰る〜」
    「いや、寄るところがあるから今日は一人で帰るよ」
    そう言い残し、シュウは鞄を持って席を立つ。
    ミスタは不思議そうな顔をしている。確かに、こんなことをシュウが言うのは珍しいかもしれない。
    「そっか、気をつけて帰れよ〜」
    「それは勿論。君もね、ミスタ」
    手を振るミスタに見送られて、シュウは教室を出た。

     駅に着いたのはちょうど四時半頃だった。これ幸いとシュウは改札を通って、44分の電車を待った。
    『まもなく、3番線に電車が参ります。停車駅は☓☓、☓、…』
    アナウンスの声がノイズにかき消されていく。音を立てながらやってきた電車も、見た目はなんの変哲もないものだった。
    扉が開くと同時に乗り込む。電車の中に入った途端、急に空気が変わったような気がした。
    静寂。無言。何も聞こえない。まるで世界から切り離されたかのような感覚。
    シュウの視線は自然と、一人しかいない乗客に向いた。
    黒いシャツに白いコートを着た、年若い青年だった。その視線は手元の文庫本に向けられており、表情を伺うことはできない。
    シュウは青年の前に立つ。すると、青年が顔を上げた。青年はシュウの顔を見ると、目を細めて微笑む。
    青年はシュウと目を合わせたまま、言った。
    「こんにちは。僕に何か用かな」
    その声はとても穏やかだ。しかし、その瞳には冷徹さが宿っていた。
    シュウはその目を真っ直ぐ見つめ返す。そして、静かに答えた。
    「君に聞きたいことがあるんだ」
    青年の目が僅かに揺らいだ。しかしそれも一瞬のこと。青年はすぐに元の調子に戻る。
    「へぇ、どんなこと?」
    シュウは一度息をつくと、言葉を続けた。
    「まず一つ。君はこの世界の人間ではないよね?」
    青年は黙ってシュウを見据える。その表情からは感情を読み取ることができなかった。シュウが続ける。
    「次に、なぜここにいるのか。何をするつもりなのか」
    青年は小さく笑うと、本を閉じた。パタンという音が車内に大きく響く。
    「なかなか面白い質問をするんだね」
    青年は楽しげな笑みを浮かべていた。それはまるで獲物を見つけた肉食獣のような…… 。青年は少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
    「うん、そうだよ。僕はこの世界の人間じゃない。君が探してた亡霊はきっと僕のことだろうね」
    「じゃあ僕が何をしに来たのかも、分かってる?」
    「勿論」
    青年は口角を上げる。
    「でもそう簡単に祓われるつもりはないかな」
    「……」
    「あ、君を殺すつもりはないから安心していいよ。少し痛い目を見てもらうことにはなるけれど」
    そう言うと、青年の足元の影が不自然に揺れる。ただの暗闇が液体のように粘性を持ち、どぷり、と音を立てて泡立つ。
    黒く染まった腕のようなものが闇の中で蠢き、薄暗い車内で鈍く光った。
    その光景を見たシュウの身体が震え出す。本能が警鐘を鳴らしている。
    (大丈夫、教えてもらった通りに……)
    シュウはゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。自分に呪術を教えた男の言葉を思い出した。
    『シュウも自分の呪力をコントロールできるようになってきたから、実戦といこう。近所の電車に幽霊が出るらしいから、それを祓ってみろ』
    『大丈夫、あの程度の噂になっている霊なんて大した力は無いさ。シュウなら余裕だよ』
    シュウはポケットの中に手を突っ込んだ。取り出したのは人型の護符。シュウは意を決してその札を投げ放つ。
    シュウの呪力が込められた護符は宙を飛び、青年に向かっていく。
    青年は微動だにせず、その様子を見ていた。
    護符が青年に触れようとした瞬間、青年の足元の闇が護符を飲み込む。青年が動揺した様子はなく、何もなかったかのように口を開く。
    「驚いた、呪術師なんだね。それにしても、こんな弱い術しか使えないって……。もしかして、まだ未熟なのかな?」
    青年の意に介さない態度に、シュウの額に冷や汗が浮かぶ。シュウは再び護符を取り出し、今度は両手を使って投げつけた。
    先程と同じように青年の影が護符を喰らう。しかし、二枚目の護符は飲み込まれる前に弾け飛んだ。散った紙片が青年の頬を掠める。青年は眉をひそめた。
    「へぇ……意外とやるね」
    青年は愉快げに呟いた。
    「じゃあこれはどうかな?」
    青年は足を踏み出し、シュウとの距離を詰める。シュウの目の前まで来たところで立ち止まり、シュウに視線を向けたまま後ろ手に何かを取り出す。
    シュウの視界が青に染まる。
    シュウの目に映るのは、青年の背中越しに見える窓の風景だった。電車の窓ガラスに反射する青年の姿と、その背後に立つ無数の黒い手。シュウの背筋が凍りつく。
    「これ、なーんだ?」
    青年の声が耳元で聞こえる。同時に何か柔らかいものが首に触れた。それが青年の手だと気付くまでに数秒の時間を要した。
    シュウの首に青年の腕が絡みつき、青年の顔がシュウの顔に近付いてくる。青年はシュウに囁いた。
    「君の魂を見せて」
    「ッ、」
    ぞわ、と体中の毛が逆立つような感覚に、シュウは反射的に自分のポケットに手を突っ込んだ。つるりとした石の感触。
    自分の最後の命綱。もしもの時、寿命を縮める覚悟で使うように言われた最終手段。シュウは逸る手でそれを掴み、呪文を唱えると、石に小さく亀裂が入る。
    その瞬間全ての臓器がひっくり返るような吐き気が込み上げてくる。全身の血が沸騰するような熱さと、氷水に浸かったかのような冷たさが混ざり合う。
    「うっ……」
    靄がかかったような思考で何とか次の呪文を唱えなければ、と理性が駆り立てる。歪んだ視界の中、シュウは青年が目を見開いていたことに気づかなかった。

    「ちょ、ちょっと!待って!」
    先ほどの余裕のある表情から一変した青年が、思わずというふうな声を上げる。首に当てていた手をシュウの口を塞ぐように動かした。
    「何してるの、君!?」
    焦ったように叫ぶ青年に、シュウの意識が戻り始める。先ほどまでの吐き気は収まり、身体中を支配していた寒気は消え失せている。
    シュウはぼんやりとした頭のまま、青年の方を見た。
    青年は困惑した様子でこちらを見つめている。その顔には驚愕と、ほんの少しの恐怖の色が滲んでいた。
    「えっと……、僕は何で止められたの?」
    「それは僕のセリフなんだけど!今にも死ぬところだったでしょ!?」
    それはそうかもしれないが、シュウにとっては青年の行動の方が理解できないものだった。
    (なんで止めたんだろう……)
    シュウは首を傾げる。
    シュウは呪術師である。呪術を使ううえで、自分の寿命を引き換えにすることは珍しくない。加えて、先ほどの呪いはそこまで強いものではなかったはずだ。
    「君は、僕を取り殺すつもりだったんじゃないの?」
    「何言ってるの!?殺すつもりはないって言ったよね!」
    信じられない、と声を荒げている青年の姿は先ほどからは想像もできないものだった。シュウはそのことに少し驚きつつも、青年の言葉に納得がいかなかった。
    「でも、最近の行方不明事件って君の仕業じゃないの?僕は君が悪霊か何かだと思ってたんだけど」
    青年は一瞬黙ると、白状するように語り始めた。
    「……何度か人が来たのは事実だよ。でも僕は別に誰も殺したりしてない。ただちょっと武力行使をされそうになったから正当防衛したら、正気を失ったみたいな人がいただけ。そう、君にもちょっと脅して帰ってもらおうと思ってただけなんだよ」
    なのにあんな呪い使うなんて、死ぬつもり、馬鹿なの、と青年が早口で言うのをBGMにしながら、シュウは何となく、おおよそを理解した。
    おそらく、この青年は本当にただの幽霊なのだろう。成仏もせずに現世にいるうちに少しずつ力をつけて、こんな悪霊みたいな佇まいになり、本人曰く“正当防衛”をしているうちに噂になってしまった。
    「つまり、行方不明になった人は君を見て気が狂っちゃっただけで、殺してないってこと?」
    「そう!別に僕は悪霊でも何でもないんだよ」
    シュウは思わずため息をついた。自分の勘違いに呆れ返ってしまったからだ。
    「なんだか、焦って損した気分……」
    「驚かせちゃったのかな。とにかく、僕を祓うつもりがないなら君を殺したりするつもりはないって」
    シュウは逡巡する。シュウは彼を祓うつもりで来たが、彼が特に誰かを殺したわけではないのなら祓うのは本意じゃない。電車にいる霊を祓うというのも教師代わりの彼に言われたからだ。
    「あー、僕も君が悪霊じゃないなら、祓う理由は無いかな」
    「本当?よかった、幽霊になってからも前科は犯したくないから」
    ほっとしたように息をつく青年の姿はただの人間のように見える。気づけば先ほどの蠢く影も消えており、肌が粟立つような気配も無くなっていた。

    「ところで、この電車ってちゃんと降りられるの?」
    「あぁ、よく分からないけど多分止めようと思えば、止められるんじゃないかな」
    なんとも言えないふわふわした説明にシュウの方が不安になる。
    「ここって君の霊域か何かじゃないの?」
    「いや、違うと思うよ。さっきも言った通り、僕もよく分かってないし」
    シュウは頭を抱えたくなった。こんな力を持った幽霊がこんな薄っぺらい知識で生きてることが(死んでいるのだが)、信じられなかった。
    「ちょっと試してみるよ。うーん……」
    青年は目を閉じて集中すると、小さく「止まって」と呟いた。
    『まもなく××、××に止まります、左側の扉が開きます……』
    車内に無機質なアナウンスの声が響く。次第にスピードを落としていく車内の中で、青年が得意げにする。
    「ほらね、止まったでしょ?」
    「まぁ……、そうだけど……」
    シュウの脳内にはもはや別の不安が生まれていた。
    (この幽霊、常識がなさすぎる)
    幸い今は悪霊ではないけど、このままいけば何かのはずみで人を殺しても全然不思議じゃない。今と変わらない声色で「あ、やっちゃった」と言っているところが明確に想像できる。
    (ちょっと何とかしておかないといけないかも……)
    「別れる前に聞いておきたいんだけど、君っていつからこうしているの?」
    シュウが尋ねると、青年は首を傾げた。そしてそしてはっとしたように笑顔になった。
    「あ、そういえばまだ自己紹介をしてなかったよね」
    「……ん?ちょっと待っ」
    シュウの制止も間に合わず、青年は言葉を続ける。
    「僕はアイク・イーヴランド。これでも生前は物書きをしてたんだ」
    「ちょっと待って!」
    「どうしたの?」
    きょとんとした様子のアイクはシュウの方を向く。その表情には邪気など微塵も感じられず、ますますシュウの焦りが加速する。
    「君、今!何したか分かってるの!?」
    「?自己紹介をしただけだけど……」
    それがどうかしたのかという顔に、シュウは目眩がしてくる。
    「呪術師に名前を教えるっていうのは魂を縛られることなんだよ!」
    「えぇ?そうなの?」
    知らなかった、と顔をしかめる青年、改めアイクの様子はどこか幼子のように純粋だ。
    「じゃあ、僕はもう君に呪われちゃったってことなのかな」
    「そうだよ!」
    「そっかぁ」
    あっさりと納得してしまうアイクを見て、シュウは頭を抱える。この幽霊は本当に大丈夫だろうか。二人の温度差をよそに、電車は駅に到着する。
    「じゃあ僕は君に使役される幽霊ってことになるのかな。よろしくね」
    「……はぁ」
    シュウは深くため息をつく。
    「なんでそんなに乗り気なの……?」
    「君のこと気に入ったからだよ」
    シュウはアイクの笑みに何も言えなくなる。
    「ねぇ、君の名前は?僕は君に魂を縛られたわけだし、名前を教えてもらってもいいんじゃない?」
    そう言われればシュウは答えざるを得ない。シュウは渋々答える。
    「闇ノシュウだよ」
    「シュウ、シュウね」
    何度も確かめるように繰り返すアイクを見て、シュウは思わず苦笑いを浮かべる。なんだか調子が狂うな。シュウにとっては初めての感覚だった。
    『××、××です。左側のドアが開きます』
    電車のアナウンスが響いた。どうやら駅に着いたらしい。
    いつの間にか日は落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。シュウは電車から降りて、アイクを振り返った。
    「じゃあ、帰ろうか」
    アイクは少しの間、虚をつかれたような表情をした。
    「あ、そっか。これからは君と一緒なんだね」
    アイクはゆっくりと、電車を降りる。そこに今までの居場所への未練のようのなものは微塵も見えなかった。
    (本当に本当に霊域でも何でもなかったのかな)
    そうシュウが思ったのも束の間、主を失った電車は今まで走っていたことが嘘のように朽ちていく。
    鉄屑のようになって空へと消えていく電車を尻目に、シュウはアイクとのこれからの生活を想像した。
    明日の学校、アイクもついて来るのかな。食事は多分要らない、はずだけど。それにあの人にも話さないと、なんて言われるだろう。
    いくつもの疑問が浮かんでは消えていく。
    突然増えた同居人に、新しい生活が始まる予感がした。
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