バーテンパロプラサタ カラコロンと、ドアのベルが響く。
この時間に珍しいなと思い声を掛ける、
「いらっしゃいませ」
「まだやっているでしょうか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。カウンター席しかありませんが……それでもよろしいなら」
「構いません」
渋い雰囲気で案内した席に座るサラリーマン。
……顔立ちからして外国人だろうか?
メニューをカウンター下から取り出し、渡す。
開きゆっくりと品定めをするお客様を横目に裏へ回る。
「もしよろしければこちらもどうぞ」
お通しでミックスナッツを出す。
どうやら決まったようでメニューを返される。
「ホーセズネックをお願いします」
「かしこまりました」
うちのバーは作る過程も見せるのでレモンを剥くところから始まる。
ホーセズネックはレモンの皮を螺旋状に切らねばならず丸々一個綺麗に繋げて切るのはなかなか難しい。
力量を見るために頼まれたのだろうか? ってんなわけあるか。
ブランデーで作るこれはブランデーの爽やかな香りとほんのりと甘さがあるロングカクテルだ。
タンブラーの蓋に途切れないように切った皮を入れていき、その中へ氷とブランデーを注ぎジンジャーエールで満たし軽くステアをしてコースターの上に置く。
「器用ですね……」
「いえ、慣れてるだけですよ。たまにレモンの皮切れちゃったりする事もあります」
「確かに難しそうですね、螺旋状に飾るのは」
そうしてくっと一口呑む。
片付けをしながら、チラリと様子を見る。
うおおお、好み! めっちゃ好みだ!! かっこいい!
キ◯アに似てないか? いやキヌ◯よりかっこいいかもしれん。
口髭で口が隠れてるのがちょっと可愛いかもしれない……。うわぁ〜!! めっちゃタイプ。
よかったー!!! レモンの皮初めてうまく繋げたまま切れて! いつもイサミに丸投げしてたからな、終わったと思ったがなんだやればできるんじゃないか俺。
あとでイサミに自慢しよ。
「もしよければナッツ、お代わりされますか?」
「えっ……と」
「お通しお代わり無料なんです、うち」
「それならお言葉に甘えて」
うっそー、そんなわけあるか。
でもいいんだよ、俺が店長なので俺がルールだ。
皿を預かりガサガサと少し多めにナッツを盛る。
声が渋い……、いい声だ。落ち着く。
今日一人でよかったー!
……一般的には知られてないが酒にも花言葉みたいにそれぞれに意味ある言葉が割り振られている。
ホーセズネックもそうだ、運命というものが割り振られている。
まぁ花言葉より一般的じゃないし、ニッチな知識寄りにはなるだろうが……こういう仕事柄だから知っていて損はないしむしろカクテルを通して告白するなんてのもある。
どうなんだろうなぁー知ってる人なのかなー。
俺が運命ですってことだったらどうしようかなー。
……それを信じて一体何人の奴らに振られてきたか。
はぁ、今や同性愛だのなんだのはマジョリティになって早数年。
俺も女男問わず付き合っているバイセクシャルなのだが
全然長続きしない。
理由は一貫して重い。なんでだよ、知りたいだろ普通好きなやつのことは。
ため息をひとつ付き戻る。
もう店で相手を探そうとするのやめたほうがいいのは分かってる、俺もいい歳だしアラフォーだし。
でもちょっとは期待していいだろうがよ。
お客様へお渡しして何かあれば呼んで欲しいと言い残し裏へ回る。
確かに、店外でも関係を迫るのはよろしくないのは分かっているが仕事柄夜が多いため時間が合わないことが多い。
カフェでもやっている店だがほとんどはバイトのヒビキとミユ、ホノカ達に任せている。
俺は裏で仮眠取ったり仕込みをしたりして過ごしている。カウンターしかない狭い店なのにも関わらずカフェは大人気でバーはそれなりだ。
昼間は回すので手一杯なため時間がない。
定休日だろうが、やる事はあるのでやはり出会に時間を向けるのは難しい。
……あのイケオジ、ワンチャン名前教えてくれねーかな。
いやでも既婚者か? あんないい男ほっとかないだろ女性は。しばらくして声がかかり急いで戻る。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、忙しいところすみません。お会計をお願いしたく」
「はいわかりました、お会計は650円になります」
「え」
「ん? あぁ、チャージ料頂いてないんですようち。ドリンク代だけで、お通しもサービスですし。趣味でやってるような店なので」
愛想笑いに見えるように笑いかけ、お代をいただく。
まぁ普通は取るよなーチャージ。
カフェが繁盛してるのでバーで稼ぐ気にならんし、別に飲みすぎてゲロとか吐かれなければそれでいいというスタンスだ。
釣り銭を返そうとしたらどうやらお客様は酔っ払ってたようで落としてしまった。
小銭が床に落ちる音が響き、少し赤くなったお客様は慌てて拾う。
あまり顔に出にくい人なのか、いやまぁ今回の通しも強めの酒の酔いを回りにくくするものじゃなかったからな。一緒になって拾いお渡しする。
「いやはや、お恥ずかしい……」
「いえいえ、お気になさらず。またいらしてください……お待ちしてますから」
「えぇ、ありがとうございます……宜しければ……その、お名前をお聞きしても?」
「へ? ぁ、私佐竹と申します。佐竹隆二です」
お客様は反芻するように名前を呼びにこやかになって頷いて帰られてしまった。
何だったんだろうか、可愛かったけど。
時計をチラリと見る、この分だともう他の客はこなさそうだ。
入り口の看板をクローズにして鍵をして電気を消す。
また来たらいいけどどうかな、この時代でドリンク代しか貰わんバーを怪しがってもう来ないかな……。
名前聞かれたしまた来るよな? そんな期待を胸に制服を着替えて2階の自室へ帰るのだった。
──……
翌日、カフェも珍しく落ち着いておりゆっくり出来たので仕入れと仕込みを早めに終わらせることができた。
掃除中ミユがバー時間帯での落とし物を見つけたようで渡してきてくれた。
「サタケ店長ー、これバーの時間に来たお客様のやつですかね?」
「あれ? 気がつかなかったな、悪いな」
「いえいえ! カウンターの隙間から出てきましたからわかりませんよ〜。バー時間帯は照明ちょっと暗めですし」
恐らく昨日の渋いリーマンの物だろう、名刺入れのようだ。
トーマス•J•プラムマンと書いてある。
しかも会社が超がつくほど有名な外資系企業だ。
アライドタスクフォース社とか……うわギャップえぐ……。
好き……。
「預かっておくよ、また来るかもだし」
「もしかしてなにかロマ」
「ミユー手伝って」
「え! そんなヒビキさんそんなっ!! 良いところなのに!」
「うるちゃいねー、邪魔しないのー」
「ぶー……はーい……ぷー」
「はいはい拗ねないの。サタケ店長ー、シフト出来上がってたんで確認よろデスー」
それからと神妙な面持ちでこちらに来るヒビキ。
「やっときた春に馳せるのいいですけど、また調子乗ってフラれてしばらくしょんぼりやめてくださいねー……? イサミがまーた拗ね拗ねになるんで」
「ぐっ……!! 気をつけるよ……うん、大丈夫大丈夫そんなんじゃないから」
「へー……」
「なんだその顔!!」
「へー……」
ジトーっと本当かこいつと目線でも言わんばかりに見てくるヒビキにチョップして看板をクローズにする。
■□■
「どうだったプラムマン」
「……やらかしましたね……」
「聞いてやろう」
キング社長は楽しそうに対面に座る。
暇ではないはずだが、こういう時にウキウキとするのはどうかと思う。人の一世一代の春をなんだと思ってるのか。
「酒が弱いくせに通りがかったバーの店主が好みだからの理由でようやく昨日初来店したんだろう? 酔っ払って暴れ散らかしでもしたか?」
「いえそこまででは……酔っ払ってふらついたせいでお釣りを落としてしまいまして……しかも名前聞くタイミングもよう分からんところで聞いてしまい」
「面白いドジな客止まり決定したな。それで?」
「ッスー……拍子に名刺入れを落としました」
「馬鹿だなー」
高らかに笑う社長の頭を引っ叩きたい気持ちでいっぱいだが、なんとか耐える。
「また行く口実ができたじゃないか、案外悪い男だなプラムマン」
「ははっ、会社外なら引っ叩いてたところですな」
肩をバンバン叩かれて頑張れよと愉快そうに出ていく社長を横目に頭を抱える。
たとえ悩んでいようとも業務はせねばならないし、外回りとかがなくてよかったと思おう。
……あぁ、もう年甲斐なくはしゃいでいる自分に呆れてしまう。
サタケリュウジ、口の中でその名前を反芻する。
似合う名だ。リュウジは漢字だろうか、今時の若者に見えるし意外とカタカナ表記かもしれん。
どう書くか教えてもらうか考えながら、業務に戻る。
気がついたら定時が近づいていた。
一息つき、キリが良いところまで仕上げられたので切り上げることにする。
部下達に早く帰れと囃しながら先に上がる。
上司が仕事を残さずさっさと帰る姿を見せねば下にも効率の良い仕事の回し方をしなくなってしまう。
その時のそれぞれの進捗を把握して仕事を割り振るそれだけのことがなかなか難しいのかと首を傾げたこともあったが、どうやら俺が得意なだけだったようだ。
スマートフォンを見ながらそれらしいカクテルを調べる。カクテルなんて詳しく無いくせにカッコつけてあの店に行きたいが為に見ていたのだ。
種類が多すぎる。なんならカクテルにも花言葉のようなものが付いておりさらに困惑する。
仕事柄もしかしたら知っていそうな気もするが、客側も知っているとは思ってないと言う考えで成り立たせているのだ。
……今度は君のお勧めが飲みたいとか言うてみるか……?
いや流石に……いやでも逆に詳しくないからこそ……?
悶々としたままいつの間にか店の前に着いてしまっていた。
ここで考えても仕方ない、ノブに手をかけ店に入る事にした。
「いらっしゃいませ……」
「あぁ、大丈夫だったろうか」
「えぇ、問題ありません。カウンターだけですがよろしいですか?」
「構わない」
入店するとそこには大学生くらいの若者がいた。
無愛想だが丁寧な接客だ、だがまあこういう仕事で愛想を求めるのは違うなと思い雰囲気を楽しもうとと切り替えた。
そこで、そういえば名刺入れを落としていたのを思い出したので若い店員に聞く。
「すまない、先日名刺入れを落としてしまったかもしれなくて見てなかっただろうか?」
「あぁ、それなら預かってますよ。待っててください今呼んできますから」
さたけてんちょーとなんだか意外とのんびりした声で呼びに行った。そうか店長なのか彼、若いのになかなかすごいな。
するとバタバタと騒がしい音が聞こえてサタケ青年が顔を出す。
「良かった、取りに来ていただいたんですね。こちらから連絡するのもどうかと思っていたんですが……」
「いえいえ、すみません。ご迷惑をおかけして」
「そんな、迷惑だなんて! 大丈夫です。……ってイサミ! お通しはー?」
「いまだすとこっす」
「嘘こけ、今思い出し─」
彼から名刺入れを受け取り確認するとメモが入っていて
佐竹隆二と書かれた名前と連絡先が入っていた。
声が近付き慌てて名刺入れをスーツの内ポケットにしまう。
「ったくお前は……」
「叩かなくてもいいじゃ無いっすか……暴力店長め……」
「なんか言ったか? ん?」
「何も言ってないでーす」
ぐりぐりと少年の頭を撫でくりまわすとお通しを置かれる。どうやら強めの酒を好まれると思われたようでそれに合うつまみが乗せられていた。
牡蠣のオイル漬けだ。これは美味そうだ、手作りなのか気になるが衛生もあるだろうし缶詰が何かだろう。
牡蠣ならウイスキーだろうと思い、カリラのロックを頼む。
そういえばメニューに軽食もあったな。気になるものがあれば頼んでみよう。
コースターを置かれカリラが来る。
一口頂くとスモーキーだがスパイシーでだがどこかフルーティなものも感じるこの複雑さが素晴らしい。
だが棘を感じず、ガツンとしながらもなめらかな味わいがありあっさりとしているのもたまらない。
バーといっても取り扱ってる酒の種類なんて限りあるだろうが……見渡す限りほぼ有名どころは揃えていそうだ。
ジャパニーズウイスキーも気になるところ、厚岸はたしか……牡蠣とペアリングで考えられた酒だったはずだ。
うん、いいな。
牡蠣を一口で食わず少しずつ食べていく。
美味い、コクがありあっさりとした味付けがまたやみつきになりそうだ。
遠くの方でお疲れと聞こえた、……どうやら図らず2人きりになってしまったようだ。
「あ、あの……」
「はい?」
「美味しい、ですか? その今回のやつ……」
「あ、あぁ。とても」
「そっ! そうですか……よかった」
どうやら彼が作った物だったようだ。
「実は試作品なんです、昼間はカフェでやっていたのでパスタ用にと思って試しに作ってみたんです……バーのお通しで試供してみたりしてて……その、どうでしょうか」
「そうです、ね……単体で食べるように味付けは変えられたと思いますがあっさりしていてとても美味しいですよ、牡蠣の旨みがよく出ていて酒にも合う。こってりしすぎてないのもいい。パスタで使う際はもう少し濃いめに?」
「えぇ、オイルパスタにしようかと思ってまして……。バーに来るお客さんにはよく試食してもらったりもするんですよ」
「おや、そう言われると期待してしまいますな」
「へ? ぁっ」
しまったー!! 何言ってるんだ俺は!
これは流石に行きすぎだ!! いやでも食いたい、手料理が! プロセスすっ飛ばして食えるのはデカいぞ!!!
「えっ、とあの……お時間大丈夫そうですかね?」
「構いませんよ、あっ、その、なんだか強請ったようで申し訳ないですね……すみません」
「いえ! そんな事ないです!! よかった、むしろこっちからお願いするところだったから……あの、いいですか?」
「もちろん、いただきたいです」
花が咲いたように可愛らしい笑顔で頷いて裏へ向かってしまう。
可愛いという単語が頭を埋め尽くす。
消すように酒を呷るが逆に欲を増長させるだけとなった。改めて名刺入れにあるメモ用紙を見る。
名前とおそらくトークアプリのIDだろう。
……今思ったが、脈アリと思って良いのだろうか。
もしかしたら店の予約アカウントとかそういうのではないか?
昼はカフェをやっていると言っていたし、もしかしたら昼間来る際に予約を気軽に出来るようにとかそういう……。いやそれならQRが乗っているカードを渡せば良いだけだ。
ならやっぱり……と悶々考えていたら出来たようでお待たせしましたと大皿と椅子を持った彼が現れる。
ん? いささか量が多すぎやしないだろうか?
大食漢と思われたか?
「その……お恥ずかしながら……昼から何も食べられてなくて……ご一緒しても良いですか……」
「あ、あぁ! 大丈夫ですよ、飯抜くと体に悪いですからね。取り分けましょうか?」
「、いえ! お客様にそこまでさせられませんよ!」
「あんまり堅苦しく食べても美味しくないでしょう? 気楽にして下さい」
何か言いたげだったが、上手い返しが見つからなかったのだろう諦めて皿を差し出してくれる。
「お言葉に、甘えますね」
「えぇ、甘えて下さい。どれくらい行きますか?」
「そうですね、これくらいもらえれば……あっ! 牡蠣はまだまだいっぱいあるんで!!」
「ははっ! 盛り放題ですね。はいどうぞ」
「ありがとうございます、それじゃぁ俺が盛りますね」
「すみません、ありがとうございます」
盛られた皿を受け取り、彼はいただきますと声を掛けて食べ始めた。日本人の文化では食前と食後に挨拶するのが決まりと聞いていたのでせっかくだし習って言ってみる。
「いただきます、……ん、美味い……」
「よかったー、初めて作るメニューだったから……」
「胡椒が引き立てていてとても良い、白ワインも入れてらっしゃいますか?」
「よく分かりましたね?! 牡蠣を白ワインで蒸し焼きにしてるんです、あとは──」
とても楽しそうに作ってくれた料理を語ってくれる彼を肴に酒をまた呷る。
美味い。
「サタケさん」
「はいっ?!」
「あぁ、いえ確か以前尋ねた時そうお聞きした気がして……間違いだったでしょうか?」
「いえ! 佐竹です、はい……」
「いや実は一方的に聞いておいて名乗っていなかったなと思い……名刺を見たらご存じでしょうが改めて……トーマス•J•プラムマンと申します」
「ひゃい……」
「……実は名刺入れに入っていた連絡先のことをお聞きしたかったんですが……」
「あっ?! えっと!! そのっ……!!」
手を翳して静止させる。
そばに置いていたメニューを開く。
そして、カクテルを一つ指さして頼む。
「お、お待たせしました……すっ、スクリュードライバーれひゅ……」
「良ければ、呑んでくれますか?」
「へっ」
「……呑む呑まないの、答えは想像通りかと思います。……それともあなたも選んでいただけますか? それが答えでも構いませんよ」
狡い男と自分でも思う。
逃げ場を無くしてるのに相手に選択を迫るのはどう思われるだろうか。
顔が真っ赤になっていく彼を見つめている。
すると彼は裏へ行くと一言置いて行ってしまった。
だがすぐに戻ってきてカクテルグラスを置く。
「これが、俺の答えです」
「……これは?」
「XYZ、です」
聞いたことがある、このカクテルはアルファベットの終わり3文字を冠しているため、最後のカクテルやこれ以上ない、最高のカクテルと紹介されたのを見たことある。
確かこれの言葉も聞いたことがあったはずだ。
永遠にあなたのもの。
……これは、俺から呑んだ方が良さそうだ。
グラスを手に取り一気に飲み干す。
もちろんこんな飲み方をする酒じゃないが、そこまで求めるほどだと思って欲しい。
「ははっ、一気に回りますねこれは流石に」
「あ、えっ、あのっ……!」
「サタケさんはどうでしょうか?」
俺が頼んだスクリュードライバーを手に取り、彼も一気に煽った。
酒気を帯びてるのか、それとも羞恥で顔が真っ赤なのか。
「ちょっと、狡すぎじゃないですか」
「それは自分でも思います」
「……、……自覚ありなのがタチ悪いです」
「そりゃあ……もうアラフィフですからね」
「……狡い……」
「サタケさ、いやリュウジと呼んだ方がいいですか?」
「ぅ〜〜……!!!」
机に突っ伏してバタバタと暴れる彼を見つめるがどうやらニヤついてたらしく牡蠣を口へ突っ込まれる。
そのまま咀嚼し飲み込んでやればまた悔しそうにするのでお返しと言わんばかりに牡蠣を差し出してやる。
勢いよく食べてそっぽむいたまま飲み込んでしまった。
「本当に可愛らしい方だな」
「38にもなるおっさんにそんなこと言うのアンタだけです」
「えっ」
「へ?」
「Japanese people look too young……」
「え、なんて?」
「思ってたより歳近くてびっくりしてしまって……やはり日本人は若く見えますね……ほんとに」
7歳差、全然見えんだろ。
顔が若すぎる全然20代後半とか思っていたぞ。
ちょっと上っ面の愛想が取れてきたのかむすくれた顔でパスタを頬張っている。
「敬語」
「ん?」
「敬語、いらないです……年上に使われるとむずむずします」
「そうで、……そうか、わかった」
「……俺なんかなんで好きになったんです?」
「一目惚れというやつかな、うちの会社近くにあるのは知ってるだろ?」
「えぇまぁ……」
「実はカフェやってる時にたまたま君の姿を見てね、なんだか目が離せなくてバーもやってると聞いたから来たんだ。思ってたよりも可愛い奴だったから……」
そこでわざとパスタを食べゆっくり咀嚼する。
サタケは続きが気になるのかちょっとずつ食べるスピードが遅くなっていっている。
しまいには皿をテーブルに置き邪魔にならないところへ遠ざけてしまった。
「……モノにしたいと思ってしまってな、どうやって口説こうか迷ってたんだが……やはりストレートの方がいいな。回りくどいのは好かん」
「やってたくせに……」
「やったからこそさ。……、……リュウジ私は君が好きだ、狡い奴だが少しでいい。君の時間を私にくれないだろうか」
仕事柄少しカサついた手を取り甲を撫でる。
もう赤くなるところがないくらいに真っ赤になり握られる。
それを答えと受け取り、握り返しそのまま引き寄せてキスをするふりをして抱きしめる。
「キスされると思ったか?」
離れてやればおそらく意地の悪い笑顔をしてることだろう。
金魚のように真っ赤で口をはくはくと言いたげに震わせていたが声にならず言葉の代わりに拳が飛んできた。
ひょいと避ければさらに声にならないものが響き思わず声を上げて笑ってしまう。
「可愛いなぁ」
「あ、あんっ……アンタなぁっ!!!」
「悪かったよ機嫌直してくれ」
頬にキスしてやればキスされた所を押さえている。
涙目になってないか?
「ぜ、絶対見返してやるッ……!!」
「出来るものならな。……今日はもう遅いし帰ることにするよ」
頭を撫でてやって踵を返そうとしたが
「あ、パスタ貰っていってもいいか?」
「……いいですよっ!! アホ!!!」
雑にタッパーへパスタを入れて牡蠣もこれでもかと入れられる。
紙袋に入れられてドスッと半ば殴るように渡されて少しうめく。
そしてグイグイと扉まで背中を押されてしまう。
「ちょ、待て待て会計は?!」
「いいですっ! こっ、今度会う時いっぱい奢らせてやるのでッ……俺いっぱい食うし、色んなところに引き連れてやりますからッ!! あと、それから、えっ、とえと……連絡、とか……1日1回くらいは最低でもくれなきゃ拗ねるし、好きなモノとか今何してるのとかそういうのずっと聞き続けます! 俺重いんだから覚悟!して!くださいッ!!」
ドアを開けられそのまま追い出すように背中を押されてバンっ!と勢いよく扉が閉まる。
少し痛む背中を気にしながらも帰路へつく。
家に着き、パスタはとりあえず冷蔵庫へ入れて着替える。
IDを入力しリュウジを登録して一言送ると速攻で返事が返ってきた。
[お休みっていつですか?]
早速有言実行したいようだった。
土日祝が基本だが、彼に合わせた方が良いだろう。
使えと言われてる有給を消化するいい機会だ。
〈君に合わせる、いつがいい?〉
[じゃあ、次の水曜がいいです定休日なので。11時に横田駅前で待ち合わせしましょう]
〈分かった〉
[アレルギーとかありますか?]
〈アレルギーはないが甘い物やらは量を食える年じゃないな〉
[分かりました、それと服とか見て欲しいからモールにも行きたいと思ってるんですけど人混み苦手とかありますか?タバコ吸ったりしてます?]
〈全部大丈夫だ、タバコも吸ってない。モールも行くならついでに付き合って欲しいところがあるんだが大丈夫か?〉
[勿論です、丸一日付き合ってくださいね]
可愛いスタンプを貼られてトークが終わる。
さてさてエスコートできる日が楽しみだ。
もう少し趣味の話ができれば、出かける幅も広がりそうだ。彼はバイクは好きだろうか?
そんなとこを思いながらスマートフォンを充電器へ置く。
ベッドに潜る時ふといつかこの部屋に呼ぶ時もあるんだろうなと思い、やましい考えが出てくる前に布団を被り眠りにつく事にした。