面倒な二人「旅人、これは一体……?」
拙い筆跡で書かれた日記を手にしたカーヴェが怪訝な顔をする。
それもそのはず。蛍はアルハイゼンの家を訪ねてカーヴェの写真を撮り終えパイモンに外での用事を頼むと、何も言わずに日記を差し出したのだ。
彼女は平坦な声で日記を読むよう促した。疑問を拭いきれないながらもカーヴェは言われた通りにページをめくる。読みやすいとは言えない字を丁寧に追って祈りの言葉を読み終えた彼は、まだページが続いていることに気がついた。
ぱら、と何の気なしに続きを開き、次の瞬間目の色を変える。そのページに描かれた厳密な設計図をそれまで以上に熱心に読み解いたカーヴェは、ぱっと顔を上げた。
「君の要望は、これを作ってほしいということかい?」
素晴らしい設計図だ、一月もあれば作れるだろう、きっとパイモンへのプレゼントだね、と蛍の返事を待たずに楽しげにカーヴェはうたう。
「作ってほしい、とは少し違うかな」
ぴたりと口を閉ざし動きを止めた彼はゆっくりと首を傾げた。
平坦な声で、カーヴェ、と彼の名を呼んだ蛍がそのままの調子で言葉を紡ぐ。
「今日がカーヴェの誕生日だ、って、私知らなかった」
え、と間の抜けた声が落ちた。それとこれとにどう関係が、と言いかけたカーヴェに構わず蛍は続ける。
「手紙を貰ってコーヒー豆も貰って、食事会にも招かれて、いくらでも伝えるタイミングはあったはずなのに、教えてくれなかった」
「いや、僕としては誕生日に君と過ごせるだけで充分だと思っていたから……」
じとり、と蛍がカーヴェを睨んだ。
「カーヴェはそれで良かったとしても、大切な友人の誕生日を知らずに過ごす私の気持ちはどうなるの」
カーヴェは蛍がかなり機嫌を損ねていることをようやく悟った。そのうえで、わずかに心によろこびが芽生えたのを感じる。世界中を旅して各地の人々と縁を結ぶこの少女が、自分を【大切な友人】と形容したことをどうして喜ばずにいられよう。
「……当然、プレゼントを考える時間もなかった」
黙りこくったカーヴェに蛍は今度はばつが悪そうに語り、だから、と強い口調で言った。
「依頼を持ってきた。パイモンへのプレゼントを私と一緒に作る依頼」
教えてくれなかったカーヴェが悪い、と目を逸らす少女に、カーヴェは思わず弧を描いた口元を隠す。
旅人の言い分は分かった。彼女は誕生日の自分に仕事を持ち込むことで咎を自覚させたがっている。それは理解した。自らの行いの反省もした。ただ、旅人の責めは全く責めになっていない。
「……わかった。その依頼を引き受けよう」
口元を引き締めてカーヴェは神妙に頷く。蛍は少しほっとしたような声を零すとすぐに具体的な予定を決め始めた。パイモンにはサプライズにしたいと言う旅人に良い案だと答えながら、カーヴェは近い未来の予想を立てる。
おそらく子供の書いたであろうこの設計図の凧を作るのは、時間はかかるが難しくはない。完成させたら彼女とその相棒の喜ぶ顔が見られるだろう。それだけでも自分にとっては益でしかないのに、これを作っている最中は旅人を独占できる。
(一番嬉しいプレゼントを貰ってしまったな)
自身の小狡い思考に呆れながらも、カーヴェはそう思うことをやめる気は起きず、真剣な顔をして凧の材料の調達先を提案した。