偽愛におちて隣に座っている小さな男を見るとカルエゴはいつも胸に違和感を感じていた。心配?興味心?それはどちらともしっくり来ない気持ち。いつの間にか目で追っていて、気がつけばいつも隣にいようとしている。側にいれば体の力が抜けるし、あまり気にした事のない自分の感情の激しさや意外と動いた表情筋に驚くくらいには心を許している。
「どうしたのカルエゴくん」
「いや…」
しばらく学園生活を共にして、まるで心を許してもらえたように、シチロウは俺の前では躊躇なくマスクを外すようになった。そんなシチロウに応えるように昼食はもう学食を取らなくなったし、二人であまり人が来ない中庭で隠れるように食事を楽しむようになった。食事が止まっている俺の事を心配して、コロっとした目で俺を見つめてくる。ふいっと目線を逸らしては静かに食事を再開した。
何度考えても答えの出ない心のふわふわとした感覚に蓋をして、小さなその悪魔をじっと見つめた。そうすれば何さと無邪気に笑いかけてくれる。まだ何もわからないし、これに答えを出したいとも思わない。ただこうやって何もない平和の時を一緒に過ごせれば今は十分だと思うから。
「あ!そうだカルエゴくん」
「ん?」
「今度の休みに僕の家に遊びに来ない?」
「お前の家?」
「えへへ…僕ってさ、今までキミみたいに仲のいい悪魔なんかいなかったから、キミの話を家でするとね両親が喜んでくれるんだ」
「へぇ?」
「それでね、母さんが連れておいでよって楽しみにしていてさ」
「そんなにか?」
「うんそんなに。だからキミさえ良ければ遊びに来てほしいなって」
「まぁ別にそれくらい…」
「ホント!!やった…!ハハ、仲のいいヒトを家に招待とかしたことなかったから舞いあがっちゃうかも」
「……まぁ俺も」
照れ臭くそうに漏らせば、シチロウは一瞬目を見開いては、すぐに微笑むように「お揃いだね」なんて言いやがる。
「……」
このふわふわとした気持ちはわからない。わからないは案外怖くて、でも心地よくて悪い気はしないのはなんとも不思議な感覚だ。
食事を早々に済ませて休日の流れを話し合う。待ち合わせ時間を決めて、場所を決めて、お菓子パーティでもしようと俺たちは浮かれては会話に花を咲かせた。
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何度も手鏡で髪型を整え直しては、待ち合わせの場所でシチロウを待つ。ソワソワとした感覚は妙に体の熱を上げて、シチロウの俺を呼ぶ声に肩を上げてしまった。
「ご、ごめん!待った!?」
「あ、いやそんなに待ってない」
「よかった…ではでは僕のお家にご招待します!」
「あぁ」
じゃあ行こうと意気込んでは俺の手を引いていく。しばらく空を飛べば深い森の中に入っていって、三人暮らしには十分過ぎる大きな木の幹で出来た家を前に緊張の糸を張らせた。
家柄の関係で誰かの家にお邪魔はすることはあっても、こう遊ぶという目的で誰かの家を訪問するのは初めての経験で、どう振舞っていいのか体を硬くなる。
「どーぞ!」
にっこりと笑って扉を開けるシチロウに会釈をして、小さく「お邪魔します」と声を出して入れば、パンッと破裂音が耳を攻撃しては、頭に紙くずが付いてくる。
「いらっしゃい!カルエゴくん!」
「か、母さん!!やめてよ恥ずかしいッ」
ご機嫌にシチロウの母上がクラッカーを鳴らしては、シチロウに笑いかける。そんな母上の浮かれっぷりにシチロウは顔を真っ赤にして文句を垂れ流した。
「ほら驚いてるだろ。そこまでにしときなさい」
「そう?」
「!!」
俺より遥かに大きな体の男は、シチロウの母上の肩をコラコラと言いながら押さえ付ける。
顔がシチロウにそっくりで、あ、いやシチロウが似ているのだが。「父さんは母さん見張っててね」とシチロウは分かりやすく怒り始めた。
「(ち、父上なのか…)」
母上と違って物静かで落ち着いたそのヒトは、ガタイが逞しすぎて、長い髪を揺らしてはシチロウの頭を優しく撫でる。
「(あっ…や…)」
父上にそっくりなシチロウはいつかこんな風に大きくなるのだろうか。こんな風に逞しくなるのだろうかと色んな想像が膨らむ。優しそうで口数も少ないそのヒト。
「カルエゴくん…?顔真っ赤だけど大丈夫?」
「………ッ」
手が一気に汗ばむ。ふわふわなんて通り越した感情は一気に爆発して体の熱をあげた。
「(…あぁどうしたものか)」
胸の服にシワをつくなんて気にする余裕がないくらいに握りしめて、その視線は一点に集中した。
「("何か"を想像する度に、シチロウの父上に目が奪われる。体が熱くて動悸がすごい。これは…この感情は)」
___恋というやつではないのか…!?
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「……ねぇ、カルエゴくん。何か家来てから変だよ」
「そッ!そんなことはないぞ…あ、あぁ…断じて…」
「能力使わなくてもわかるこのわかりやすさ…」
シチロウの部屋に来ては、何度もその枕を殴り付ける。何度も違うと言い聞かせても、そうとしか考えられない自分の感情の動きをどうすればいいかと頭を抱える度に、シチロウには疑われるように睨まれてしまう。
「(ダメだ…!!そんな事!断じてあってはいけない…!!)」
仲のいい同級生の父上に恋をしたぁ!?
ふさげるのも大概にしろッッ!!
相手は既に結婚しているし、そんなもの不倫じゃないか!!!そんなふしだらな…
ドンっと床を叩けば、シチロウはビクリと悲鳴を上げる。
「(そこじゃない…!!!!!!俺ェエ!!)」
「カ、カルエゴくんが壊れたぁ…」
「お、俺は誠実な悪魔だ……ソウダ……」
ドンッと頭を床に打ち付けても、その感情は消え去らない。心配そうに俺を見るシチロウの顔を見る度に、シチロウの父上の顔が過ぎる。どうしようと頭を抱えていれば、シチロウが俺の頭を文字通り両手で掴めば、勢いよくその小さな額が俺の額にぶつかった。くらりとした視界と重い痛みで思わず床へと倒れ込む。
「落ち着いた?」
「…………いや、まだ正常では無い」
「はぁ……もうほんっと何??理由は?」
「…………言えない」
「あっそ。じゃあ言うまで僕口聞かない」
「はぁ!?」
「…………」
「お、おいシチロウ」
「…………」
ツーンと怒ったようにシチロウはそっぽを向いた。あからさまに目線を逸らしては俺の言葉を無視する。
「あ……い、言ったら……お前……俺を嫌わないか」
震える俺の声にため息をついては、口を開いてくれる。
「言わない方が嫌う」
「うッ」
「何、僕のこと信じてないわけ?」
「い、いや……そういう事では」
「言うの?言わないの?」
「い、言えばいいだろ……ほ、本当に引いたり、嫌ったりするんじゃないぞ!?」
すぅーっと大きく深呼吸をする。シチロウの目を真っ直ぐ見れないまま顔を手で覆い隠し、消え入りそうな声で伝えた。
「……お、俺は……お前の……その……」
「うん」
「ち、父上に」
「え?父さん?」
「………恋をしてしまった、かも……しれん」
「………………はい!?」
さっきまでの低い小さな声はなくなり、シチロウの叫び声に近い驚きの声が部屋に響く。
「ななな、なんで、そ、そんなことに……!?」
「そ、そんなの知るわけないだろ!!見た瞬間だッッ」
「か、勘違いとかではなく?」
「い、今それに悩んでるんだよッ」
「ほ、本気……?」
「自分のヤバさは今わかってる……!同級生の父上にだなんて、はしたないと思っているさッ」
そう言い切ればシチロウは小さく「ソッカァ……」と歯切れ悪く答えた。
「スゥーー……」
「……嫌いになったか」
「いやなってない。驚いただけ。お、驚いただけだけど……」
「………………」
「……と、父さんには、母さんがいるよ」
「……わ、わかってる。叶わぬものだ」
「………………ち、ちなみにだけど、どこ……とか聞いていい?」
「……み、見た目」
「見た目……!?え、えーと、何か意外だね」
「た、逞しくて、いいと……思った。お、お前もあぁなるんだろうなとか…」
「………………」
シチロウの質問に素直に答えていけば、どんどんとシチロウは頭を抱えてしまう。やってしまったと思いながらももう時は遅い。
「……ぼ、僕が、父さんくらい大きくなったらどう思う?」
「いい……と思う……?」
「……分かった」
ぐしゃぐしゃっと自分の頭を搔くと、シチロウは俺の肩を強く掴んだ。
「僕!!絶ッ対!!大きくなるから!!」
「お、おう?……今関係あるか?」
「ムッキムキになってやるんだからッッ!!!」
「が、頑張れ?」
そう叫ぶだけ叫ぶと、シチロウは用意されたジュースを一気に飲み干した。
「……本当に引かないんだな」
「別に」
「そ、その……父上の好みとか聞いても」
「絶ッッッ対、イ、ヤ!!!!」