アクマセラピー人にはそれぞれにおいを持っていて、無意識に好みを認識しているらしい。
その感じ方も人それぞれであるが、シュウは呪術を使いだしてから、他人のにおいに敏感になってしまった。
ラクシエムの皆と一緒に住むようになってから気づいたのは、ヴォックスから漂う匂いが、自分にとってたまらなく安心するような、リラックスできるものであるということだ。
初めて会った時から、他の皆以上にふわりと香るそれに、思わず軽く深呼吸してしまったのは秘密である。
「はぁ〜・・・」
少し厄介な相手にいつもより多く呪術を使ってしまった為、かなりの疲労を感じるシュウ。
力の入った体をパキパキと鳴らしながら帰路へとついた。
「ただいま〜。」
玄関のドアを開けると、アイクに出会う。
「シュウ、おかえり。」
「どこか行くの?」
「ちょっとコンビニ。」
「そっか、いってらっしゃい」
すれ違い様に、シャボンのような優しい匂いがした。
階段を登って自室に向かうと、ガチャリと部屋から出てくるミスタと鉢合わせる。
「お、シュウ今帰り?」
「うん。ただいま。」
シュウは彼の格好を見るに部屋着のままなのでリビングに行くのだろうと察した。
「僕も着替えたらリビングに降りるよ」
「OK、また後で」
軽く手を振り会話を後にする。
ミスタからは柑橘系のような爽やかな匂いがした。
今日はよく人の匂いが強く感じるなぁ、とぼーっと考えながら部屋着に着替える。
ラフなジャージに身を包んで、リビングへと足を進めた。
カチャ、とドアを開く。
するとブワッ─と全身に風が吹いているかのように、見えない匂いが自分を襲う。
「POG!おかえりシュウ!」
ミスタから自分が帰ってきたことを聞いたのだろう、ドアが開いてすぐに挨拶をしてくれるルカ。
ふわっとお日様みたいな匂いが漂うが、もっと強く感じるそれにすぐかき消される。
「うん、ただいま・・・」
ルカに軽く返事をするが、視線は匂いの主を探して。
頭がふわふわする。
もっとこの空気を吸い込みたいと、理性が麻痺する。
てちてち。
ぼーっと歩きながらソファに近づくと、そこに座っていた匂いの主がこちらを振り返る。
「おや、シュウ。おかえり、どうした?」
じー、とみつめながら近づいてくるシュウに、優しい笑みで声をかけるヴォックス。
シュウは返事もよそにヴォックスの膝に跨がると赤子のようにぎゅっと彼の胸に顔を埋める。
息を吸い込めば、バラの花のような、それでいて少し甘い香りに、身体の力が抜ける。
静かに目を閉じるシュウは、そのままヴォックスの腕の中で夢の中に落ちていくのだった。
「・・・・・・。」
一体何が起こったのだろう。
その場にいた全員が、ポカンと口を開けたまま目を点にしている。
そしてコンビニから帰ってきたアイクがリビングに入ってくる。
「あれ?みんないるじゃん、なんでそんなに静かな・・・・・・は?!?!」
「しーーっっ!!!」
ヴォックスの腕の中に眠るシュウを見つけてアイクが大声を上げる。
思わずルカが口をふさぐ。
「ちょ、ヴォックスどういうことなの!?」
声のトーンを抑えながらも不機嫌にヴォックスに詰め寄るアイク。
「・・・それが、俺にもわからないんだ・・・」
シュウを起こさないように膝にのせたままソファにもたれたヴォックスは、自分の頭を押さえる。
「シュウが勝手にダディの膝に跨って寝始めたんだよ」
ミスタがヴォックスの変わりにアイクに状況を伝える。
ちら、とルカの方を見ると激しく頷いている。
ヴォックスが仕掛けたのならもっとニヤニヤとこちらを煽るような表情を見せるだろう。
アイクは本当にシュウが自発的に行ったのだと理解した。
すよすよと幸せそうに眠る姿に4人は母のような気持ちで優しくシュウを見つめていた。
「ん・・・」
温かい人肌に包まれて、シュウはゆっくりと夢から覚める。
なんだかとっても安心して、深い眠りについていた気がする。
「シュウ、お目覚めかな?」
耳元でヴォックスの声が聞こえる。
ふわ、と撫でられる頭。
・・・ん?
抱きしめられている?
段々とクリアになる精神。
自分の体勢に疑問を抱く。
疲れて帰ってきて、着替えてリビングに降りて、それから・・・
「っっ!!!!」
もたれていた身体をガバリと起き上がらせると目の前にはニコリと微笑むヴォックスの顔。
跨ぐようにして彼の膝に座っている自分。
「ごごごごめんっ!!」
急いで彼の膝から降りて、恥ずかしさに耐えられずバタバタと自室へと駆け上がった。
「・・・?!?!」
シュウはしばらく混乱して部屋から出てこなかった。
アクマセラピーを認めて定期的にヴォックスの胸を借りるようになるのはまた別の話。