忘れ物「・・・あ。」
ルカは帰路の途中でモバイルバッテリーを鞄から取り出そうとして、それを教室に忘れてきたことに気づいた。
帰って充電しないと明日のスマホの命が足りない。
といって新しい充電器を買うお金もない。
まだ学校は開いている時間だし、仕方がないけど取りに戻ろうか。
そう思ってくるりと来た道を戻るのだった。
しばらく歩けば学校へ辿り着くルカ。
そう時間は経っていないが陽が落ちるのは早いようで、外は夕暮れ時だった。
「あれ、カネシロ帰ったんじゃないのか」
校門をくぐり直すと部活中のクラスメイトが声をかけてきた。
「忘れ物しちゃってさ」
「うわ、わざわざ戻ってきたん?そんな重要な忘れ物?」
「モバイルバッテリー」
「あー、それは死活問題。じゃ、おつかれ〜」
「部活頑張って!」
手を上げてまた明日、と別れた。
授業が終わるとすぐに帰宅していたルカには、あまり見慣れない放課後の空気が新鮮に感じる。
グラウンドからは運動部の声と、隣の校舎から吹奏楽部の金管楽器の音色が聞こえる。
オレンジの陽が廊下にカーペットを敷いていた。
ルカは自分のクラスにたどり着き、ガラリと勢いよくドアを開ける。
誰も居ないと思っていたそこには、窓際に一人の影が。
「うわっ!」
驚いて思わず声が出る。
「わっ。」
その声に相手も驚いて、こちらを振り向いた。
夕焼けの逆光で顔が見えなかったが、その席に座る人物をルカは知っている。
「──シュウ?」
「やあ、ルカ。どうしたの?」
凛とした声が、ルカの耳に響く。
「忘れ物しちゃって。シュウは何してたの?」
ルカが尋ねるとシュウはうーんと少し考える素振りを見せる。
その間にだんだんと逆光に目が慣れて、シュウの顔がしっかり瞳に映った。
「ちょっと、ぼーっとしてたかな。」
んはは、と笑うシュウ。
頬杖をつきながらニコリと笑う彼は、逆光のお陰で綺麗な人物のラインを象っている。
チャーミングな長い髪の隙間から光が透けてキラキラと輝いて見える。
「・・・・・・。」
ルカは無意識にごくりと唾を飲み込んだ。
正直に言えば、見惚れていた。
ドクドクと心臓が高鳴る。
以前から、彼のことを綺麗だな、と思うことはあった。
ただこの気持ちがどういうものかは、まだ本人はわかっていない。
「ルカ?」
ぼーっとしているルカに、シュウが声をかける。
「はっ!あ、そ、そうなんだ!ぼーっとしたいときもあるよね!ハハ!」
あからさまに動揺を隠しきれてないルカに、シュウはふふ、と笑うのだった。
「ルカは?こんな時間にどうしたの?」
「モ、モバイルバッテリー机の中に置きっぱなしでさ、取りに来たんだ」
「わぁ、それは大変だね。」
さっとシュウの斜め後ろの自分の席まで早足で辿り着くと、机の中を漁る。
チラりとシュウのほうに視線をやると、頬杖をついたまま外を眺めている。
薄い唇に、白い肌、綺麗な指から少し伸びた爪。
横顔から見える表情はなんだか艶っぽい。
ルカはぶわりと自分の顔に熱が集まるのを感じた。
それをシュウにバレるのが恥ずかしくて、机から忘れたモバイルバッテリーを引っ張り出すと彼に背中を向けた。
「じゃ、また明日ね、シュウ!」
足早にドアを開けて教室から一歩踏み出と、背後から聞こえる優しい声。
「・・・うん、また明日ね、ルカ」
ルカは振り返ることなく教室を後にするのだった。
廊下を歩く彼はぎゅうと自分の胸元に手を当てて顔を真っ赤にしていた。
教室にひとり残った影は、カタンと静かに椅子から立ち上がると、斜め後ろの席の机をそっと撫でた。