昼下がりのキッチンから、香ばしい匂いが漂ってくる。
「へえ、いいじゃない。あれだよね、お店の看板にあった。きっと素敵だと思うよ。うん、……えっ。俺が? ……いや、いいけどもさ……、めでたい席なんでしょ? そういうのはちゃんとプロに頼んだ方が……」
ごり、ごりごり。……ごり。手挽きのミルが奏でる不揃いのテンポは、ハンドルの握り手の動揺を表しているようだ。盗み聞きするチェズレイの唇が、ゆるりと弧を描く。
長電話の相棒の姿は見えないが、声だけでも表情が手に取るように想像できる。この声の調子からして、おそらく相手は旧い知り合いで、昔取った杵柄がらみの……無茶なことを頼まれている。
(そうして、たぶん……)
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