四季を数えて 1ネムカル自探と刹夏HO2自探が出会うもしも話
※注意事項※
1.刹夏微ネタバレ注意
2.これは全てにおいてもしも話です。
3.メモなどに書いた設定が出てきます。
4.思いっきり歌詞載せますが最後に出てきた歌のことを書きます。
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第一話 「春が来る」
それは、入学してから数日したある日の昼下がり。
クラスにいるのが退屈で、本当にそれだけ。兄弟とはクラスが別になってしまったため、話す相手もおらずヒマだった。
僕は、中学生の時から音楽室へと通っていた。ピアノを借りて弾くのが好きで。
[はらり、僕らもう 息も忘れて 瞬きさえも億劫]
「……歌?」
透き通るような声が、風と共にやって来た。
最近のアーティストだ、僕でも聞いたことがある。この時期になると、この曲を使ったCMやニュースが多いのだ。
曲名は………………思い出せない。
今、歌ってるこの人に聞けば確実に分かるだろうか?
逸る気持ちを抑えつつ、廊下を走る。
今なら、この歌声の主に会えそうだと思ったから。
音楽室の戸を開ける。
さぁっ、と花吹雪が舞った。
開かれた窓から風が吹き抜け、遅咲きの桜の花びらが廊下から音楽室へと通り抜けていく。
[さぁ、今日さえ明日過去に変わる ただ風を待つ──]
男の子だった。背丈は、僕と一回り大きいくらい。
眼鏡をかけた黒髪の男の子で、緑色の瞳が後ろにある桜の木の影響か、少しずつ生えてきた新緑のようだと思った。部屋に入ってきた花びらを捕まえて、小さく笑っている。
こんな儚げに笑う人がいたのだろうか、ネクタイと上履きは新入生の青だ。
[はらり、僕らもう声も忘れて さよならさえ億劫]
夢を見ているかのように、その光景をぼんやりと見つめていた。
[ただ花が降るだけ 晴れり……]
視線に気付いたのか、男の子はこちらを見て歌っていた口を止める。それどころか、全ての動きを停止させた。
「あ、ぅ……」
「…………あ、ご、ごめん! 上手だなって、思って……その」
「っ……!!」
顔を真っ赤にした彼は、走って逃げて行ってしまう。それを、僕は呆然と眺めていた。
「……曲名、聞けなかった……」
…………………………。
翌日、僕は昨日の男の子の歌声を思い出しながらピアノを弾いていた。
曲は、もちろん彼が弾いていたあの曲。昨日の風で遅咲きの桜もだいぶ散ってしまっているが、それでも昨日の光景が頭から離れなくて、ただひたすらに聞いた小節を繰り返し引き続けている。
ただ、彼が最後まで歌うのを途中でやめてしまった……まあ、僕のせいではあるんだけど……それ故に最後の方の音が分からなかった。
「……また会えないかな」
ピアノを弾く手を止めて、ポツリと呟く。
……少しして、物音が聞こえる。そちらを見れば、昨日の男の子が戸を開けて呆然と僕を見つめていた。
「あ、ぅ……」
昨日と全く同じ言葉を言って、彼はまた逃げようとする。
「あっ、待って!!」
すぐに彼の元へ走って手首を掴む。
それに、小さく悲鳴をあげる彼に少しだけ申し訳なくなるが、それでも僕が昨日から気にかけていたことを聞いた。
「君が歌ってた昨日の歌!!」
「へ……? う、た……?」
「そう!! 最後の方を聴き逃したから音が分からなくて……!」
「昨日、の……春泥棒のこと……?」
「春泥棒……確かに、そんな曲だった気がする……ねえ、教えて! 気になって夜も眠れないんだ!」
「そ……そん、なに……?」
僕の迫る声に少し呆けながらも、彼は昨日歌っていたフレーズを歌い始める。
[晴れり 今、春吹雪]
昨日聞いた声が、目の前で流れた。
「ぜんぶ聴けた……! よかった、これでピアノ弾けそう……」
「は、はぁ……えっと……昨日はピアノを……その、弾きに来たの……?」
「うん、そうしたら君の声が聴こえたんだ! 歌が上手だね」
「あ、ぇ、ぅ……」
あわあわとしてから顔を真っ赤にする彼は、俯く。
「僕は夜華 雪輝(よるはな ゆき)、君は?」
「もっ、も……望月 風実(もちづき ふさね)……」
それに、僕はハッとした。
「あの……同じクラスの人……だよね?」
「う、へ……?」
「僕は1-Cだけど」
「……同じ、クラス……」
そうだったのかと思うのと同時に、彼の顔色が段々と悪くなっていく。
「え、な、なんで!?」
「ぼ、ぼ、ぼ……僕、の……弱みをにぎっ、にぎろうって……こと……?」
「違うよ!! 僕は、君と」
すうっ、と大きく息を吸って。
「友だちになりたいんだ!!」
「……は、う、っ、ぇ……?」
それにまた顔を真っ赤にさせると風実くんは手を振りほどき、走って行ってしまった。
「あっ! ……また逃げられちゃった……」
少し落胆しつつも、僕は決意する。
「諦めない……友だちになれるまでは……!」
それから、僕の風実くんと仲良し大作戦が決行されるようになった。
…………………………。
それから毎日のように、雪輝は風実に絡みに行くようになった。
朝、姿を見つければ声をかけに行き昼になれば音楽室へ行かないか、と誘う。夕方には一緒に帰らないかと聞いてみたりと猛アプローチをかけた。
最初は短い言葉や単語でしか話さなかったが、その猛アプローチの甲斐あってか少しずつ雪輝と話をするようになる。
「おはよう、風実くん」
「……え、と……雪輝く、ん……おはよう……」
ようやく朝の挨拶を返してもらえた時には、雪輝は飛んで喜んだ。今まで、声をかけても頷くのだけで精一杯だった。
その後は、いつも通り。最近聴いているアーティストがいるとか、このアーティストの新曲がいいとか、この歌のこの部分が弾いたり歌ったりしていると楽しいとか。
趣味に関するたわいのない話は、無限に時間を費やしていく。
そうして、2人が出会った時には葉桜が2分しかなかった木は桜の花びらが散りきって、暑い夏を凌ぐための影になっていた。
時期は7月、この頃になると学校では文化祭の話で持ち切りだ。
そんな中で、夏休み前の昼休みに珍しく風実から雪輝へと提案を持ち出してきた。
「あの……文化祭の時、その……バンド……やらない……?」
そのお誘いに雪輝は目をぱちくりさせて、勢い任せにうんと頷く。
それに、ぱあっと子どものように笑うのを雪輝は笑って返す。
「そ、その……雪輝くんのこと……話したんだ、兄弟に」
「風実くんの……双子のお兄さん、だっけ?」
「うん……それでね、バンド組んでみたらって……2人で組んでるアーティストもいるから……」
うん、うん、と頷く雪輝は目を輝かせて提案を受け入れた。
「じゃあ、風実くんがボーカルで僕がキーボードだね! ドラムとかはどうしようか……」
「えっ、と……原曲の主旋律になる部分をピアノで弾いてもらいたいんだ。僕はギターが弾けるから間奏はそれで繋ぐのはどうかな……?」
意外にもしっかりと練られた内容に少し驚きつつも、雪輝は早速どのアーティストでどの曲を歌うかルンルンでスマートフォンに入っている曲を見始める。
「僕はこの曲がいいな〜……風実くんは?」
「僕は…………この曲」
最近聴いていた曲の中で暗めの曲だ。
「え、これ……? 歌いやすそうではあるけど、文化祭で歌うには少し暗いような……」
「最初は明るい違う曲から歌うんだ。これから、明るめの曲を入れて……その後はハイテンポに、その後はバラード調のゆっくりめな曲、最後に春泥棒……でどうかな」
「……いい選曲だね……」
こういうことへのセンスが良いことは、ここ数ヶ月で知った。雪輝は頷いてから、さっそく曲をスマートフォンで聴いて一つ一つをピアノで弾く。
「そういえば風実くん、ギターはどうするの?」
「おじいちゃんに買ってもらったものがあるから、それを使おうかなって……いつも弾いてるから、大丈夫」
「そっか。じゃあ、明日から早速弾いてみよう」
「……うん、あの……巻き込んで……ごめん」
「……」
雪輝はキョトンとしてからフッと笑った。
「風実くん、こういう時はごめんじゃなくてありがとう、だよ」
「え、ぁ……あ……あ、ありが、とう……」
ぎこちない笑顔を浮かべていた彼が、やっと嬉しそうに笑う。初めて会った時の、あの桜の花びらを見た時のような儚げな笑みだ。
「文化祭……絶対、絶対ぜったいぜーったい! 成功させようね!」
「……うん」
第一話 「春」 終
次回 第二話 「夏」
今回出てきた曲の歌詞
春泥棒 - ヨルシカ
アルバム - 創作 - EP より