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    休日のサテヨモ
    いろんな国の「おかわりください」についてお喋りする話。

    I love you with all my heart「アジアなら……请再给我来一碗とか、더 주세요だな」
     コーヒーの入ったマグカップを片手に、ヨモツザカさんは耳慣れない言葉を流暢に発音する。
     アジアと言ってるし、それなら中国語や韓国語だろうか、と思うけれど全く自信はない。
    「それも“おかわりください”ですか?」
    「そうだ。君には必須だろう?」
     ヨモツザカさんはソファの上で膝を曲げ、眼鏡の奥の瞳を細めながら上機嫌に言う。いつもより緩めに纏められた髪が、彼が笑う度にふわふわと揺れる。
     柔らかな陽光が差し込む、彼の家のリビング。二人とも夜に働く人種だから、こうして陽が昇っている時間にゆっくり使われることは滅多にない。けれど今日は俺の休みに彼の休みが珍しく重なった――昨夜VRCが吸血鬼によって半壊し、強制的に休みになった――から、こうして二人で過ごせている。
     それでも、というかそれだからというか、持ち帰れる資料を一通り俺に持たせたヨモツザカさんは、朝からPCと睨めっこしていた。そんな彼に『ちょっと一息入れませんか?』とドーナツを持ってきたのが数分前。
     机の上に広げられた資料は英語でも、もちろん日本語でもなかった。だからふと思ったのだ。
    『ヨモツザカさんって何ヶ国語ぐらい話せるんですか』と。
     ラボにも自宅にも俺には何語かすらわからない本や資料が大量にある。きっと幾つも国名が上がるのだろう――と、思っていたが、意外にも『不自由しないのは英語とドイツ語くらいだぞ。あとルーマニア語も少しか。他は日常会話くらいだ』と言う言葉が返ってきた。曰く、言語習得には興味がなく、必要な時に必要な分覚えるらしい。
     でも日常会話がわかるなら、旅行の時とか困りませんね。羨ましいです――と言う流れから、気付けば世界各国の『おかわりください』習得会になっている。
     食べるのは好きだし、おかわりがあると嬉しい。だから確かに習得しておきたい言葉と言えばそうかもしれない。でも「一番必要だろう!」と恋人に断言されるのはちょっと恥ずかしい。
     旅行の時に必要な会話文といえば、普通は『トイレはどこですか』とか『これはいくらですか』じゃないだろうか。
     もちろん異国の料理には興味がある。日本では食べられないものもあるだろうし、現地に行くことがあったらぜひ食べてみたい。でも、それだけじゃなくて、
    「飯もいいですけど、一緒に街並み歩いたりとかもしたいです。例えば……うーん、ヨーロッパとか?」
    「なるほど。確かに君の胃袋は欧米向きだな。それならイタリアやフランスあたりか……イタリアならVorrei fare il bisだな」
     勇気を出して『一緒に』と言ってみたけれど、うまく伝わらなかったのか話は別の方へと流れていく。
     もちろん今すぐは無理だけど、いつかお互いの都合が会えば彼と一緒にどこかへ旅行してみたい。それならレストランで俺ばかり楽しい思いをするのは嫌だ。ヨモツザカさんは多くは食べられないから、ぼんやりと待たせることになってしまうだろう。だから街歩きをしたり、史跡へ行ったり……話し合ってプランを決めて、二人で楽しめることをしたい。
     ああでも、もしかしてこれは遠回しのお断りだったりするのだろうか。
    「Encore un café」
    「えっ?」
     思考の底へ沈んでいた意識が、ヨモツザカさんの声で浮上する。聞き返すと、
    「Encore、un、café」
     と、一語一語ゆっくりと発音してくれる。
     何語だろう。最後のカフェは聞き取れた。最初は……アンコール?もう一度?なにを?でも今までの話の流れからすると――
    「あ!コーヒーのおかわりですね!」
     思わず手を打って言うと、彼は「正解だ」と小さく笑ってカップを差し出してくる。
     キッチンから持ってきていたコーヒーサーバーに手を伸ばし、ゆっくりとコーヒーを注ぐ。溢さないよう液面に視線を落としていると、ヨモツザカさんの落ち着いた声が耳に届いた。

    「Te iubesc din toate inima」

    「それもおかわりですか?」
    「……ルーマニア語だから使う機会もないだろうがな」
     顔をあげて聞くと、ヨモツザカさんは目を細めてクククと愉快そうに笑い、体を揺らした。そのままぽてり、と俺の肩に頭を預けてくる。彼の髪先が首筋をくすぐり、触れた場所から体温と笑いの振動が伝わってくる。
     手渡そうとしていたカップをテーブルへ戻し、覗き込むように顔を寄せる。俺の動きを見て、ヨモツザカさんは軽く瞼を伏せた。最初は触れるだけのキス。もう一度そっと口付け、少し開いたヨモツザカさんの唇に舌を滑り込ませる。彼の舌もすぐに応えてくれて、二人の舌がゆっくりと絡む。最初に感じたコーヒーの味が次第に薄くなっていく。
    「言っておくが」
     キスの合間。閉じていた目をパチリと開け、少しだけ唇を離してヨモツザカさんが言う。
    「俺様、一人前は食べきれないからな」
     君が片付けるんだぞ――至近距離で見つめたヨモツザカさんの瞳が、陽光を受けてきらりと光った。それはただの反射で、旅行への期待ではないだろう。けれど、俺とのいつかを考えてくれた、そのことに胸が一杯になる。
    「任せてください」
     俺は目の前の体をぎゅっと抱きしめ、もう一度唇を重ねた。



     俺が真実を知ったのはそれから数週間後、ロナルドの事務所でショットと一緒に夕ご飯をご馳走になった時だった。
    「おかわりもあるから言ってね」というドラルクさんの言葉に、ふとあのフレーズが頭に浮かんだのだ。
    「ちょっと違うかもですけど……」と、ヨモツザカさんの発音を思い出しながら発声した俺に、ドラルクさんは目をまん丸に見開いて――笑い転げて砂になった。
    「私の料理をそこまで気に入ってくれたなら嬉しいけど、そんな言葉どこで覚えてきたんだい?」と笑いの余波で更に3回は砂になりつつも、彼はその言葉の本当の意味を教えてくれた。
     今度は俺が目と口を大きく開ける番だった。
     そうだ。
     聞き覚えのない異国の言葉。
     けして短くはないフレーズ。
     普段ならそんなものを一度で覚えられるはずがないのだ。
     それなのに不完全とはいえその言葉が記憶に残ったのは、紡いだ彼の声音がどこまでも優しかったから――――。


     Te iubesc din toate inima――――君を心の底から愛してる。



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