2023.2.14 失敗した。
少し考えれば気付けたはずなのに。
後悔しても遅いとわかってる。わかってはいるけれど、頭の中では“たられば”がぐるぐると回り、両膝を握る手に力が入る。
「ヨモツザカさん、あの、俺持って帰ります。それで、もしよかったら今度また違うのを、」
「うるさい。もうこれは俺様のだ」
ぴしゃりと言われ、身を乗り出していた俺は大人しくラボの椅子に座り直す。
ヨモツザカさんは俺が渡したチョコレートを摘んでいる。少しずつその白い指先が汚れてきているのは、彼の体温で溶けてきているから。つまりさっきからずっと、彼は手にしたチョコレートと睨めっこをしているのだ。
仮面の下の表情はわからない。でも引結ばれた口元を見るに、きっと眉間には皺が寄っているのだろう。
(しまったなぁ……)
心の中で何度目かわからないため息をつく。
彼が小さなチョコレート一個を前に悩んでいるのは、それが――犬の形だからだ。
付き合い出して初めてのバレンタイン。
結構、いや、ものすごく悩んだ。
ドーナツが好きだから甘いものは大丈夫だろう、でも当日はイチゴのドーナツも買っていく予定だから、イチゴ味が被るのはよくないかな、イメージ的にビターなチョコも好きそうな感じだけど本当のところはどうだろう、いやでもそれなら日持ちするクッキーとか、むしろ花束の方がいいだろうか、フラワーバレンタインと言うのも聞いたことがある、けど花束なんて買ったことないし、それに花を渡してヨモツザカさんは喜んでくれるだろうか、俺だったら花よりチョコの方が嬉しいけど……ああ、でもヨモツザカさんから貰うなら花だってすごく嬉しい……と、男性客もいるにはいるが、圧倒的に女性客が多い売り場で、じっとり汗をかきながら彷徨っていた時に見つけたのだ。
可愛らしい、犬のチョコレートを。
(これだ!と思っちゃったんだよなぁ……)
まず、どれを選べばいいかわからなくて、自分に自信がなかった。これが一番よくなかった。そして多分、売り場の雰囲気から明らかに浮いている自分に焦ってしまってもいた。周囲から頭一つ分以上飛び出した俺を、ちらりちらりと見上げる視線は一つや二つではなかったし、びっくりしたような顔にも出会った。悪いことをしてる訳では無いんだから堂々としてればよかったんだけど、どうにも萎縮してしまってダメだった。それならいっそ最初からネット通販で選べばよかったなぁ――というのも全て今更だ。
もしかしたらこういうイベントには興味がないかも、と思っていたヨモツザカさんは、美味しそうな(しかも高そうな)チョコを俺のために用意してくれてたというのに。
「サテツ君」
「ひゃい!……あ、あれ?」
彼の手の中のチョコレートが無い。
「食べ……ました?」
と聞けば「ああ」と返ってくる。
やはり表情はわからない。けれど固く感じる声音に、心臓がぎゅっとなる。
ありがとうございます?それとも、ごめんなさい?どちらも違う気がして、なんと言えばいいか迷う内に沈黙が落ちてしまう。
「いいか、サテツ君」
溜め息を含んだヨモツザカさんの声。彼の顔を見れなくて、手元に視線を落とす。
「次は、犬以外にしろ」
「え?」
思わず顔を上げると、ヨモツザカさんは小さく微笑んでこちらを見ていて。
「わかったな?」
「あっ!――は、はい!!」
大きく頷き返事をすると、彼も「ヨシ」と顎を引いてその笑みを深くした。