たいとる生木が混じっていたのだろう。焚火に入れた木が火の粉を上げて弾けた。
シラノは煌々と燃える火の明かりを頼りに世界地図を眺めていて、リメアは地面に木の枝を使って文字の勉強をしていた。
「そうだ、リメア」
「…」
何か思いついたようにシラノがリメアの名飴を呼ぶと、不機嫌そうにリメアは眉をひそめた。
それを見てシラノは困ったように眉尻を下げる。
「…どうしたの?俺、なんかした?」
「名前」
「名前?」
「いつまでリってつけてんだって話だよ。メアって呼べ」
「!」
鱗に覆われた尻尾が大きく跳ねた。
氏族名を外して名を呼べと言うリメア。
つまりはシラノを親しいと認めると同義である。
シラノは前に、仲間のミコッテに氏族名を外して読んでみたらこっぴどく叱られたことがある。
それからは氏族名を抜きにして呼ぶことは絶対にしないし、名前だけで呼ぶのはよほど特別な間柄でなければしてはいけないときちんと学んだのだ。
「で、でもリメア」
「メア」
「いいの…?」
「良い悪いじゃなくて、呼べっつてんだ」
まどろっこしいなお前は。と悪態をつくリメア。
その様子はとてもじゃないが相手を親しいと認める姿には見えない。
「じゃあ、メア…?」
おず、と困り顔で名前を呼んでみるシラノ。
やっぱ辞めろ、と言われないかメアを見るシラノだったが、それは杞憂に終わった。
普段微動だにしない伏せった耳がかすかに動く。
周囲に喧嘩を売るような目つきがすぐ、柔らかく弧を描いた
「どうした?」
心底嬉しそうに笑うリメアに惚れた男が愛おしく思わないわけもなく、シラノはゆっくり尻尾を揺らした。
膝を折って目線を合わせる。
「ぎゅってしていい?」
「こいよ」
リメアはすぐに返答を返して、すこし誇らしげに腕を広げる。
脆いリメアを潰さないように注意を払いながら、広げられた腕を覆うように抱きしめた。
リメアのことを何度か抱き上げたことがあるシラノだったが、今みたいになんの意味もなく抱きしめられるのは恋人の特権だなと嬉しくなる。
告白する前の葛藤も、もしかすると必要なかったのかもしれない。
俺がどこかで一人野垂れ死んでも、メアは俺らしいと笑ってくれるかもしれない。
俺がメアを傷つけても、死ぬわけじゃあるまいしとまた叱咤してくれるかもしれない。
もしもメアを守り切れなくても、尻尾が切られてしまったときの様に自惚れるなと叱ってくれるのだろう。
まぁ、寂しい思いをさせるつもりも痛い思いをさせるつもりもないけれど。
それでもメアなら、不甲斐ない俺が何をしたって慰めてなんてくれないのだろう。
腕の中の少し冷たい塊に、じんわりと体温が移っていく心地がする。