元旦はめざましかけません 年の瀬。英雄隊を率いる桜備さんは一般隊員の俺と違いギリギリまで働いていた。
それでも大晦日はこうして休みを貰えるんだから有難いよな、と蕎麦をすすって平和を噛み締めていたのが2時間前。
『今年は紅組、白組どちらが勝つでしょうか?!集計は野鳥の会の皆さんですーー』
新世界の最初の年は、あと少しで終わろうとしている。
俺と桜備さんはコタツに入って、年明けの瞬間を待ちながらぬくぬくと蜜柑の皮を剥いた。浅草でお揃いで買った綿の入った半纏を着て、足先をオレンジの光であっためる。部屋には、年末特有のまったりとした空気が流れていた。
「いやーそれにしても、年末は滑り込みの決裁書類が沢山回ってきて参ったよ」
ぐるぐると肩を回す桜備さんに、俺はコタツから出て、広い背中を前に膝立ちになった。
「桜備さん。お疲れでしょうし、肩マッサージしましょうか?」
「え?いいの?」
ヤッタァと任された背中に手を添えた。ぐにぐにっと指を弾力のある筋肉に埋めれば、「ぁーーーキモチーー」と声があがる。
そのうちに、ふぁぁぁぁと大きく息を吸い込む音がした。眠くなるほど気持ちよかったのかな、と気を良くして揉み続けていると、自分も喉の奥から欠伸がせりあがってきた。
我慢できずにふわぁぁと息を吸い込むと、刈り上げた頭が振り返った。茶色の瞳と目が合う。
「お、うつったな」
「へへへ。はい。うつっちゃいました…欠伸って、好きな人のものほど、よく移るらしいですね」
「へぇそうなのか。好きな人が笑っていると自分まで楽しくなってくるみたいな論理?」
「分かんないですけど、かもしれないですね」
柔(やわら)かな言葉のやりとりをしつつ、もう1回大きなあくび。その後もふぁふぁと欠伸の応酬をしながら、部屋の酸素が足りなくなりそうですねと笑い合う。
桜備さんが、もう1つ蜜柑を手に取った。マッサージのお礼、と剥いた房の中で1番綺麗なものを肩越しにくれる。それをぽいっと口に入れて、つるりとした薄皮を歯で破ると口内に甘い果汁が広がった。
蜜柑を食べ終えて手持ち無沙汰になった桜備さんが、肩を揉まれたままウンチクを披露しだした。
「あくびを止めるのに効果的な方法は、深呼吸する、舌を動かす、身体を動かす、らしいぞ」
「え…なんかエロくないですか?」
「え、そうか?…ん、あぁ、確かに」
桜備さんはちょっと考えた後、 くくッと笑いながら、手を俺の口元に伸ばしてきた。親指で唇をふにふにと遊ばれる。太い指は果実の香りに染まっていた。
「舌(ベロ)動かすチューして、身体を動かすエロいことしたら、あくび止まるかな?」
「どうでしょう?」
試してみますか?という挑発はくるりと振り向いた桜備さんの口に言葉ごと吸い込まれた。
「んン…ふっ….ぁ」
もぐもぐとお互いの口内を味わう。甘酸っぱさは、ざらついた舌が交差するごとに消えていった。桜備さんが俺の服の裾をめくる。ひんやりした空気と少し乾燥した手を横腹に感じた途端、
『3.2.1.ポーン…皆さま!あけましておめでとうございます!!』
「…あ」
「ン。ぷ、は。ぁ….あ〜あ、年越しの瞬間、見逃しちゃいましたね」
「だな。せっかく起きてたのになァ…お。そう言えばシンラ、欠伸止まってる。効果あったかな」
目覚めた?とおでこに追加のキスが落とされた。俺は頬にちゅっとキスを返してから、桜備さんの目をもっと覚まさせる作戦を決行した。
「ンーー…俺はもう少し身体動かしたほうが目、覚めるかもしれないです」
作戦成功。ヨシキタとばかりににやっと笑った桜備さんにぐわっと姫抱きに抱え上げられて、年明け早々、すぐ後ろに置いてあるベッドになだれ込む。
付けっぱなしのテレビからは、先ほど迄のしんみりムードは一転、各地の新しい年を祝う全国の様子が紹介され始めた。
「皆さま、明けましておめでとうございます!」
元旦の朝の目覚ましは、当然ながらかけていない。
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本年はお世話になりました〜
2023年も宜しくお願いします〜