久々に会う大人ブ主(仮文章&途中)
主人公の名前:大塚直也
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高校卒業後、それぞれ別々の道へと歩んでいった友人たちとは時々近況報告を送り合うくらいで、電話やメールで雑談なんて滅多にしなかった。
テレビもそんなに見るわけでもなかった俺が彼の活躍を知ったのは大学の知り合いから「同じ高校だったんでしょう?サインとか貰えないの?」という無茶な要望を出されたことがきっかけだった。
そういえば芸能人になるだとかなんだとかは聞いていたが、まさか本当にその夢を叶えているなんて全然知らなかった。
他の皆は自分のやりたいことを叶えてるんだろうか、なんて高校時代の友人達に想いを馳せながら、電話帳のあ行をぽちぽちとスクロールする。
上杉秀彦。高校の頃片想いをしていた相手だ。
正直なところ、あの頃の気持ちを早く忘れたくて敢えて連絡や情報を遮断していたところもある。
知り合いには「友達でもないし連絡なんて無理だよ」って軽くあしらえばよかったのに、久々に連絡してみようかなんて気分になってしまった。
『 おつかれ。元気?学校でお前のサイン欲しがってる人がいるんだけど 』
久々に送る連絡にしては素っ気ない内容なのではないかと何回も読み直してみたが、これ以上の話題もないし、相手は忙しい芸能人さまだ。簡潔なほうがいいだろう。
送信ボタンを押し、シャワーでも浴びるかと携帯を机の上に置きその場から立ち去ろうとしたとき、携帯電話が鳴った。上杉からの着信だった。
予想外の画面に戸惑いながら、ゆっくりとボタンを押す。
「もしもし」
「あ、直也!?メール見たんだけど!」
「ああ。別に電話までしてこなくていいのに」
「なにそれヒドー!!じゃなくてさ、今から暇?おれんちこない??サインあげるから!」
「今から!?」
突然の誘いに大きな声を出してしまった。上杉いわく、明日からはしばらく予定が詰め込まれており、今からしか時間があいてなく慌てて電話をかけてきたそうだ。
久々に聞く上杉の声は、高校の頃とさほど変わっておらずこちらを安心させてくれた。
それにしても、久々に連絡を寄越してきてサインをくれだの言ってくる不躾な友人に、気前よく対応してくれるとはなんてサービス精神旺盛な男だろうか。元々そういうタイプの人間ではあったが。
そして、そんなところが好きでもあった。忘れようとしていた高校の頃の気持ちを思い出し少し胸が痛む。未だに俺は諦められてないのかもしれない。
「じゃあそこで待ち合わせでヨロシク!」
「ああ、ありがとう。なんかごめんな」
「イヤイヤ〜、おれだって久しぶりに会って話したいしさ!んじゃまたあとで〜」
さくさくと今から会う予定が決まっていき、数十分後には家を出ないといけなくなってしまった。シャワーを浴びようとしていたことを思い出し、俺は慌てて着替えを掴み浴室へと向かった。
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待ち合わせの場所についてしばらくすると、帽子やマスクで顔を隠した長身の男がこちらに近づいてきた。
上杉か、と気づいてそちらに体を向けると「久しぶりぃ!痩せた〜?」と軽く手を振りながら挨拶をしてくる。
高校の頃から変わらない上杉の様子に俺は安堵した。こっちこっちと言われるがままついていく途中で、今日はこれから何も予定が無いから酒でも買って飲もうという提案をされた。
高校の頃には無かったコミュニケーション方法だ。少し新鮮さを感じながらその提案に乗り、寄り道をすることになった。
道中、縁を切られたと思っただの久々の連絡で嬉しかっただの、さんざん上杉から文句と喜びを伝えられた。
そんな中ふと、サインしてほしい紙や物があるのかと聞かれて、そういえば何も考えてなかったとそこで気付いた。
上杉はくすくすと笑いながら いーよ、そのへんに売ってるんじゃない?色紙くらい。と言いさっさと買い物を済ませていた。
こっちは頼んでる立場なのに、申し訳なく感じつつも俺はただただ後ろについていくことしかできず、そのまま上杉の家へと到着した。
上杉の部屋はとにかく物が多かった。積み重なった雑誌やビデオテープは、恐らく仕事をする上で必要なものなのだろう。
初めて訪れる上杉の部屋。どこを見たらよいのか分からず視線を泳がせていると、上杉は持っていたビニル袋を机の上にドンと置き、俺は自然とそこに目を向けることになる。
上杉がそこでようやく解放されたとばかりにサングラスと帽子を外す。久しぶりにきちんと上杉の顔を見たが、なんだか以前より格好よさが増したように感じて落ち着かない。
やはり人に見られる職業というだけあって日々外見にも気を遣っているのだろう。高校の頃から人一倍気を遣っていたようではあったが。
色紙を袋からガサガサと取り出すと上杉は迷いなく棚からペンを取り出しサラサラとサインを書く。
その様子を見ながらサインってなんて書いてあるか全然分からないよなーと思考をめぐらせていると上杉が突然こちらに顔を向ける。
「相手の名前書くけど、ナニちゃん?ナニくん?」
「え?あ…いいよ、わざわざ書かなくても」
「あーそう…?オッケー。ほんとは書きたいとこだけど」
「そうなんだ」
サインを欲しがっていた知人を思い浮かべる。特別上杉のファンというわけでもなさそうな気がしたから、名前なんてわざわざ書いてもらわなくてもいいと思っていた。
有名人だから という理由だけで上杉のサインを欲しがる彼女とそんな彼女へのファンサービスまできちんと考えてくれる上杉にモヤモヤとした気持ちがわいてくる。
知人はきっと「有名人から貰ったサイン」を他人に自慢したいだけなんだろう。それが上杉である必要はない。
そんなもののために上杉が利用されるのがなんだか嫌になった。…上杉にとっては、珍しいことではないのかもしれないが。そして、それを利用して上杉に会っている俺が文句を言える立場でもない。
「じゃあ…直也へ って書いといて」
「へ!?」
まさに"鳩が豆鉄砲をくらったような顔"をした上杉を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「…なんだその顔。…っふふっ」
笑う俺を見てますますワケが分からないというような顔をする上杉を見ていると、更にツボに入ってしまい、息ができなくなってきた。肩を大きく上下させて呼吸を整える。
やっと落ち着いてきて上杉のほうを向くと、ムッとした顔になっていた。怒りのせいか、顔も多少赤くなっている。何か良くないことをしてしまったと察し、心臓が握り締められたように痛い。
「…おれ様のサイン貰いたい子って別にいなかったりする?」
「あ…いや!違うんだ。ほんとに上杉のサインを欲しがってる人はいるんだよ。ちょっと冗談言ってみただけで…嫌な気持ちになったよな。ごめん……」
考えてみれば上杉は自分のファンのために名前まで入れてサインを書いてくれようとしていたのに、本当はそんなファンなんて存在しなくて俺がからかって嘘をついただけなんだと思えば裏切られた気持ちになるだろう。
こんなことで嫌われたくない。どうしたら良いか分からず、とにかく謝って話を戻すことにした。
「ほんとにごめん。えっと、名前は……タカハシ、カナ、さん…で…大丈夫だと思う」
最初からそう言っておけばよかった。今すぐ電源を切ってセーブした場所まで戻りたい。こんなときゲームのシステムが現実にあればいいのにと思ってしまう。
「カナちゃんね〜。あ!てか実は彼女だったりする?」
「違う違う。学校で会うだけで連絡先も知らないし… 」
「めっちゃ都合よく利用されてるじゃんなおり〜ん!おひとよしぃ!」
「…お前のほうがよっぽどな」
「おれ様は旧友からのお願いですから?まぁーじゃあカナちゃんへって書いとくね。心配しなくてももちろん直也の分も書いてやるって!」
「…売れば少しは金になるか」
「売らないで!!!なおりん宛てのが売られてたらおれ様ショック死しちゃう」
相手の名前を書くことは売られてしまうことの防止にもなるんだろうか。そうではなく純粋なサービス精神かもしれないが。ただ、上杉がまた楽しそうに笑ってくれていて、俺は心からほっとした。