花葬 (進捗2)「ねぇ、しのぶちゃん。十六歳になったら俺のお嫁さんになってくれない?」
氷柱万世童磨は、しのぶの鼻先に猫じゃらしを振り振りしながら求婚の言葉を伝えた。
しのぶは鬱陶しそうにそれを払い除ける。
「誰があなたなんかの嫁なんかに」
バカにして!と吐き捨てるようにつぶやき、ぷいっとそっぽを向くが童磨は気にしない。
「えー、しのぶちゃんに剣士の才能ないしぃ、寿除隊で辞めるんならかっこつかない?それとも、姉さんと比べて点でへっぽこだから役に立てませーんにするぅ?・・・ぶへっ」
ばきぃ
しのぶのパンチが思いっきり童磨の左頬に入った。
「こんのぉ!また余裕で避けられるくせによけなかったなぁ!!バカにするなぁ」
童磨に再び殴りかかろうとするが、今度は額に手を当て引き離す。
しのぶは両手をぐるぐる回してぽかぽか殴ろうとしているが、リーチの差で届かない。
「あはははは、効かないし届かないねぇ。かーわいー」
「きぃいいいい!」
完全に子ども扱いされ顔を真っ赤にするしのぶをおさえこむと、再び猫じゃらしでいなし出す。
「はーい落ち着こうねぇ、よーちよちいいこいいこぉ」
「いい加減に・・・」
「はい、おやつ、生姜糖食べる?」
「食べます」
「はい、あーん」
パク
先程までツンケンしていたしのぶの表情が緩む。
「おいちいねぇ♡」
しのぶの頬がほんのりと染まっている。
生姜糖の美味しさと、餌付けされてしまったことへの悔しさと綯い交ぜの頬の紅潮。
その顔を見下ろし、童磨はふふっと笑う。
いつもの張り付いた軽薄な笑みではない。
「冗談は抜きで・・・俺、しのぶちゃんだけは怪我だけじゃなく、俺より先に死んで欲しくないなぁ。だからさぁ・・・」
急に先程までのヘラヘラ笑顔が消え真顔になる。
「それは・・・私が十六・・・いえ、十八才になったら出直して来なさ
・・・・きゃぁあああ!」
ゆたぁりと僅かな隙間から猫が入ってきたことに気づきしのぶが後ずさる。
「じゃぁ、十八になったら結婚だね♡この約束、忘れないでね」
童磨は猫を抱き上げる。
猫もマタタビでも嗅いだように懐いている。
───毛むくじゃら・・・ケダマ・・・怖い・・・でも、毛むくじゃらと戯れる童磨はかわいい。殴りたいほどかわいい───
「どぉまぁあ、その毛むくじゃらどっかやってぇええ。いや、いやぁあああ」
木の影に隠れながら、しゅっしゅとシャドウボクシングを繰り出すしのぶにくすくす笑ってる。
「はいはぁい、ごめんねぇ、かわい子ちゃん。あのお姉ちゃん怖いねぇ。じゃあね。ばいばーい」
猫を地面に下ろし手まで振っている。
「んだとぉ!こらぁあ、猫と私のどっちがかわい・・・はっ!!!」
しのぶは思わずとんでもないことを口走り、口を抑えたがもう遅い。
童磨の目と口が意地悪く弧を描いた。
「え・ら・べ・なぁい。種類違うかわいさだもぉん」
きぃいいいい!!!
しのぶの雄叫びがこだました。
なんでもないような、たわいのない幸せで楽しい日々だった。
後悔してもあの時は戻ってこない。
あぁ、あの時首を縦に振っていれば・・・
十八で求婚し直してくれるはずだったあの男は
一年前に殺された。
瓜二つの、本来なら百年も前に天に召されているはずの先祖に殺された。
あの人はもう
居ない