○○と決めた日「この状況に心当たりのある人は?」そう発言する騎士の横に、大人しく座っている子供がいた。
「おい!揃ってこっち見るな!俺は何もしてない!」
「真っ先にバカキュバスを疑うのは当然!」
小さくなったエイトさんもかわいい状態の八雲はたぶん何も知らない。
そこで祭司はつぶやいた。「もしかして、魔力の乱れで子供になった?」
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目が覚めた途端、異変を感じた。
昨夜、自分と「大人の戯れ」を楽しんでいたエイトはなぜか子供になった。
絶対魔法に関わっていると断言できるが、いったいどういう状況なのかを把握し、通常のエイトに戻すのに、まずほかの眷属たちに話を聞いてみないとわからない。
話を聞く(正式には取り調べだが)のは得意だから何とか解決できると、自信はあった。
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「エイト、起きろ。」
まだ目を覚まそうとしない子供は子犬のようにかわいい。あの脳内が下品なコンテンツでいっぱいな魔法使いにもこんな単純な一面があるとは思いもしなかった。
ただ、かわいいだけでは祭壇のメンテナンスはできない。
「エイト!」
やっと目を開けた子供は、大きな笑顔でエドモンドに挨拶した。
「おはよう、エディ~」
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子供エイトには、魔法や宝石に関する記憶が一切なく、エドモンドのことだけは記憶しているが、活舌が悪く、「エディ」としか呼べないようだ。
エスター邸のリビングに向かう途中、しつこく手を繋ごうとする子供は、エドモンドと目が合うたび、にこっと笑顔になる。
子供になっても、人を困らせる性格は変わらないな。
困った騎士は子供を担ぐことにした。
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手がかりはない、解決策もない。国王に問い詰められるのは目に見えている。
「エディ、怒ってる?エイトが迷惑をかけたの??」綺麗な目で覗いて来る子供は、まだちゃんとおしゃべりもできない癖に、もう人の心配をしている。
「怒ってなんかいない。」子供たちには、努力をしてほしいが、不安を我慢する努力は、子供の成長に悪い影響しか与えないので、自分に厳しい騎士はいつも子供には寛容だ。「エイトはいい子にしている。ここにいる誰もエイトのことを悪く思っていない。」すぐさま険しい表情を和らげた騎士は答えた。
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「万が一エイトさんを傷つけてしまったら大変なんで、僕はエイトさんの食事を用意するだけで満足です。」残念そうに八雲は子守りをあきらめた。
「僕も、聖堂へ行かなければいけないので……」子供の世話の仕方だけ教えておくねとオリビンも子守りを断った。
また書類が溜まってしまうと嘆くも、エドモンドは子守りの任務を受け取った。
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「本当に100回素振りしたら、遊びに連れて行ってくれるの?」子供は両手で木刀を握りしめた。
「約束だ。騎士に二言はない。」
大人のエイトは、すぐセクハラして来たのに、子供のエイトは、大人しく素振りの真似をし始めた。このような真面目な子供が、一体どうすれば変態野郎になったのだろうか。
分からない。考えても仕様がない。
最悪、自力でこの子をちゃんとした大人に育てていけばいい。
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先に訓練を終わらせた子供は走り回ったりせず、ひたすらエドモンドを眺めていた。
そして、エドモンドが鍛錬を終えると、小走りで寄ってきて、「エディ、ちゃんと100回振ったよ!」と得意げに宣言。
目が、ほめてほしいとキラキラしている。騎士は思わず、小さい頭に手をポンと乗せた。「よくできた。ちょっと休憩したら出かけよう。」
元気いっぱいの笑顔で、「うん!」
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子供は、どうであるべきか、何が好きなのか、貴族の受ける教育に盛り込まれていない内容について、エドモンドはよくわからない。
ただ、「子供に自分の子供の時みたいな教育を施すんじゃないよ。」と、よく知り合いの店主のおっさんに言われる。
わずか子供の手を繋いでいる手の力を緩めると、わくわくしている子供がすぐ飛び出した。
そして勢いよく、巡回中の騎士団員に衝突した。
「副団長様!…ご子息でしょうか?」
傷みで涙がぽろぽろ落ちている子供を掬い上げ、よく頑張ったと思った。
「人混みの中を走らないほうがいいよ。」と、一礼した騎士は勤務に戻った。
「ごめんなさい、エディ。」子供は悪いことをした小動物のように、甘えながら許しを求める。「もう走り回ったりしないから、嫌いにならないで。」
捨てられないかと不安そうにしている目は、とても刺さる。
「大丈夫。頑張り屋で、過ちを改める子は嫌いになったりしない。」
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「エディ、これ、おいしい!」子供は、一度齧ったいちごあめをエドモンドに差し出す。「一緒に食べよう!」
その笑顔は、暖かくてまぶしい。
大人のエイトも、同じことをしていた。何か企んでいるような笑顔で、一緒に食べるともっとおいしく感じるよと言っていた。
どうやらそれは、自分を揶揄うための嘘ではなく、子供のころから身につけた習慣のようだ。
口の中に入れたイチゴは、あの日と同じ甘い味がした。
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夕方、聖堂から帰ってきたオリビンと夕食の支度を終えた八雲にエイトを託し、やっとこれからどうするかゆっくり考える時間ができた。
悩みだらけの騎士の耳に入ってくる無邪気な笑い声は、まるで別の世界から伝わってきた音。
目を閉じ、深呼吸して、再び目を開けると、青い服の小人が視線に侵入してきた。
もじもじと、恥ずかし気に、何かをエドモンドに差し出した。
「あのね、先生は、好きな人がいたら、ちゃんと好きと伝えなきゃいけない。手作りのプレゼントも送らないといけないと言ってた。」
白い花とツルでできた花冠だ。
どう考えても、成人男性にプレゼントしていいようなものではないが、若い騎士にとっては、王冠よりも勲章よりも貴重なものに思えた。
子供を膝にのせて、花冠を付けてもらった。
ほっぺたにも、子供の「大好き」のちゅーをされた。
「ありがとう。私も…好きだ…」
何が好きなのかを言えずに、子供をぎゅうと抱きしめた。明日になっても、明後日になっても、元のエイトに戻らなければ、また大人になるまで、ずっとこの人に付き添ってあげよう。
エイトがまたちゃんとした大人になった頃は、キット自分も好きの相手がちゃんと言えるようになれたはず。
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夢でもみたかと思った。
夢には、ずっと憧れていた暖かい抱擁と、強い騎士様の素直な気持ちがあった。
一晩で元に戻ったエイトには、もう騎士の見守りは要らない。子供のようにスヤスヤと熟睡している騎士の左手にキスを落とし、「昨日はお疲れ様。今度は、俺が最後まで付き添ってあげる。俺の騎士様。」