紫陽花の頃カルデア内の1室。マスターのマイルームに1人のサーヴァントが訪ねて来ていた。
アルターエゴ蘆屋道満である。
『マスター、本日の甘味をお持ちしましたので一服するとしましょう』
「やったー!おやつだ♪おやつ~♪」
まだ何処かあどけなさの残る少女、藤丸立香が嬉々として道満を招き入れる。
「早速お茶を用意するね」
『いやはや、マスター手ずから従者への施しなど畏れ多い。拙僧に任せてお座りくだされ』
「んむぅ、手伝うのに~」
立香がやや不満そうにしながらも道満の持ってきた甘味に目を向ける。そこには小さな花たちが集まりまるで花束にも似た淡き赤紫と青紫の色合いをした花の形を模した菓子が置かれていた。
「わ!可愛い!紫陽花だね」
『はい。紫陽花の季節でもありますし丁度良いかと』
程なくして道満がお茶を用意して運んでくる。
そうしてテーブルに向かい合わせで椅子に腰掛ける。
『ささ、どうぞお召し上がりください。』
「は~い!でもちょっと可愛くて食べるの勿体ないね」
『マスターはお優しい事ですなぁ。ちなみに紫陽花の花言葉はその花の色合いの変化ゆえか“移り気”や冷たき藍色の様子から“高慢”や“冷淡”といったものがございます。』
淡々と道満が説明をしてくれる。
「ふーん、高慢に冷淡ねぇ…」
立香がちらり、と道満に目を向ける。
『…何か?』
道満が何処か冷淡さを兼ね備えた笑顔で立香を見る。
「ンン、何でもありません。ありませーん…」
立香が目をそらす。
『ンンン、マスターもくれぐれも移り気などなさいませぬよう…』
「しーまーせーんー!いただきまーす!」
ごまかすように立香が赤色の紫陽花菓子に手をのばし小さく切り分け口に運ぶ
「ん!美味しい~♪」
『それはよろしゅうございました』
道満が尚も笑顔で立香を見つめている。
「道満は食べないの?」
立香が問う。
『いえいえ、左様に喜びを表現なさるマスターを見つめていますと拙僧、胸がいっぱいで、いっぱいで…』
「ムグ…!」
立香が頬を赤らめる。
「ななな、何言ってるの!道満が食べないなら食べちゃうからね!」
動揺しながらも立香は菓子を口に運んでゆく。
その姿を尚も見つめながら道満が話を進める。
『ああ、そうそう。紫陽花には毒が含まれているのだとか…それはそれは恐ろしゅうございますなぁ…』
『…しかしマスターは毒に耐性がおありでしたかな?』
そう語る道満は未だ笑顔である。
立香は道満が一瞬何を言っているのか理解が出来ず菓子を食べる手を止め考える。
「???紫陽花に毒?え!?それってまさか…?」
何かを悟ったのか立香はガタリ、と椅子から立ち上がり菓子に疑いの眼差しを向ける。
───道満の大きな手が立香の方向へ向かう。───
そして立香の皿に残された菓子をヒョイとつまみ、ひと口で自分の口に放り込み食べ尽くしてしまう。
『ンンン、甘露、甘露。』
「???」
立香は状況が飲み込めないでいる。
『流石はエミヤ殿の手製の菓子。造形も然ることながら味わいもひとしお、実に感慨深い』
『それなのにマスターときたらそれ以上はお手を付けられぬとは…拙僧、はしたないと思いながらも恩恵を承りたく…』
─!?─
ようやくからかわれていた事に立香が気付く。
「ちょ!まだ食べるつもりだったし!道満の分寄越せー!」
立香が道満の皿に残された青色の紫陽花菓子に手をのばす。
『おやおや、此方は拙僧の取り分にて、従者の品すら取り上げるとは何て卑しくも欲の深い主でございましょうか…』
ヨヨヨ…と泣き真似をしながらも皿を立香の手の届かぬ上へと持ち上げる。
「その主の分を食べちゃう従者の方が悪いでしょうがー!」
立香は軽くジャンプをしながらも、立ち上がり更に上へと手を伸ばした道満の手には届かない。
『ハハハ、隙を見せるマスターもお悪い。』
そうして道満は自分の分の菓子をやはりパクリとひと口で口に放り込んでしまう。
「あぁーっっ!!」
立香の叫びが空しく響く。
それでもちゃんと味わうように咀嚼をする道満。
『ンン…些か行儀が悪うございましたが…御馳走様。』
怒りとも涙目とも受け取れる瞳で道満を睨み付ける立香。
『そう!その瞳!そう云う瞳が見たかった!』
ニヤニヤと不穏な笑みで立香を見下ろす道満。
「何を……」
「言ってるんだ、この道満は……!」
思いの外強めに道満の鳩尾を殴る立香であった。
~了~