「はぁ……最悪……」
制服にしわが寄ることも厭わず、部屋に入るや否や右肩を下にしてベットに横たわる。
じっとしていてもお腹の痛みはおさまらない。どうして女性ばかりこんな痛みを味わなければならないのか、幾ら身体の構造上の問題だとしても神様はこの痛みをもう少しどうにかできないものかと恨んでしまう。
「……薬……」
少しでも痛みを抑えようと薬を求めて、手の届く範囲に落としていた鞄をまさぐる。しかし、やっと見つけたポーチの中の薬はアルミ素材の空。
そうだ、今日の昼に使い果たしたのだった。
「……最悪……」
この部屋に帰ってきて2度目の同じ台詞を吐く。
今日は部活だったが、こんな体調だったら立ち続けるのなんて不可能だし、歌うのなんて以ての外だ。
過保護の同級生に体調が悪いなんて言ったらそれこそ面倒な事になるし、いくら親しいからと言って臣さん相手に生理痛ですなんて言えるわけない。仕方なしに、良心である秀さんにスマホで『今日はほんとに重いから部活休む。』とだけ送っておいた。
秀さんには1度廊下でダウンしているのを拾われてしまったことがあるし、察しの良い彼女なら意図を理解してくれるだろう。
案の定スマホの画面には3分前に『わかった。お大事に。』という端的な返答があった。
それにしても痛い。心なしか頭痛もする。そうだ、1度眠ってしまおう。そうすれば痛みもおさまるかもしれないし、母さんが帰ってきて気づくかもしれない。
痛覚をシャットダウンするように固く目を閉じ、早く意識が飛ぶことを祈った。
ふ、と意識が浮上する。どのくらい眠ったのだろうか、眠る前より少し辺りが薄暗い。
刺すような痛みはおさまったが、未だに腰の辺りの怠さは否めず、起き上がるのは億劫だ。
「お、起きたか。」
「え、」
いる、ベットに背中をつけて漫画を読んでいる。なんで、臣さんがここに、
「な、なんで、」
「部活終わりに来てみれば、お前の母親が侃なら寝てるから部屋で待ってれば?っつーから待ってたんだよ。」
母さん、幾ら臣さんと親交があるからと言って女子高生が寝ている部屋に男子高校生を入れるのは如何なものなのか。
取り敢えず身体を起こさなくては、何時までも寝ている訳には、
「……っ!」
「おい、急に起き上がんな。」
お腹の痛みと貧血で体勢を崩しそうになる所を支えられた。そのまま背中に手を回され、身体を起こされる。
近い。近いし、なんて言うか、男の人だ。
「ほら、大丈夫か。」
「…………」
おかしい、何だこの感情。顔が熱い、心臓が早く動いている。
「……?……あ、そうだ、ちょっと待ってろ。」
そうして臣さんは立ち上がり、部屋を出ていった。
今のうちに、と深呼吸をして平静を取り戻す。
最悪だ、何でこんな時に臣さんが家に来るんだ。いつもなら部屋に2人でも彼が望むように友人としての振る舞いが可能なのに、こんな弱ってる時に来られたら、何かが零れてしまう。どうにもならないかもしれないが何とかしなければ、しかし、再び刺すような痛みに襲われ、お腹を抱え込むような体勢になってしまう。
「入るぞ。」
こいつ、ノックもせずに。
そんな悪態をつく余裕も無くただ睨むことしかできない。
そんな視線を知ってか知らずか飄々と受け流す。
「ちょっと動かすぞ。」
「え?ちょっ、何。」
唐突に背中と膝裏に手を添えられ、壁に寄りかかるように動かされる。そのまま彼が持ってきてた赤い物体を腹に添えられた。
暖かい、湯たんぽか。
「こっちの方が楽か?」
「……うん。」
なんだ、なんなんだこいつは。
「ほら、これ水と薬。」
「…………」
ペットボトルの水と薬を渡されたから渋々と受け取る。薬を飲み込み、水をもう一口。
この調子じゃ、彼には体調不良の原因なんかお見通しだろう。最悪だ、こんな性別を意識させるような。
「なんで、来たの。」
「なんでって……今日昼からずっと死んでたじゃねえか。それに加えて雛乃に薬と水を渡されたしな、ちょうど良かったんだよ。」
秀さんめ………油断した…………
「それよりも。」
遠慮なんか知らない臣さんが勝手知ったる顔で隣に腰を下ろす。
「次からはちゃんと雛乃じゃなくて俺に言え。体調が悪いとか、薬が欲しいとか。」
こっちを見てくるエメラルドの瞳を避けるように顔を背ける。言えるわけないじゃん、ただの友人Aのような存在の自分が。ましてや臣さん相手にそんなこと、
「お前だから言ってんだよ侃。」
だからそんな瞳を、声をこっちに向けながら勘違いするような台詞を言うな馬鹿。
「なぁ。」
こっちを向けと言わんばかりに顔にかかった髪を耳にかけられる。
最悪だ。俺が折れるって分かってやっている臣さんも、結局臣さんの思うがままにされている俺も。
でも、今は気持ちが弱っているから。気が向いた時だけ、ほんとに気が向いた時なら、臣さんの思うままにしてやってもいい、なんて思ったりして
「…………ん。」
「よし。」
そのまま頭を撫でられる。
だから、そんなことすんなよ馬鹿。勝手に友人の枠をはみだそうとしないで欲しい。
そんな気持ちと裏腹に思う。
もう少しだけそのまま、もう少しだけ。