「あ、ちょっとここのお店寄ってもいいかな?」
発端はほなさんのその一言。
ほなさんが寄ろうとしたのは店内の装飾が可愛く施されたランジェリーショップ。
「あぁ、構わない。」
「…おれは」
「そうとなったられっつらごー!!」
おれは外で待っている。そんな声はほなさんの元気な掛け声に掻き消され、2人に渋々ついて行くこととなってしまった。
期間限定のスイーツを食べに行かないかとほなさんに誘われたのは3日前。
いつもならほなさんは粋さんと行っているのだが、粋さんはどうしてとバイトに出なければならず、そこで柊迫に白羽の矢が立つ。
粋さんからは『すーさんなら安心なので是非行ってきてください。』って言われるし、ほなさんはこっちの返事も聞かずに『じゃあ3人で女子会にしよう!』とか言ってさっさと秀さんに声をかけに行ってしまった。
まぁ、別にスイーツは美味しかったからいいんだけど……問題はその後だ。折角ならぶらぶらしようとした時に、ほなさんはその店に立ち寄ろうとしたのだ。
「ちょうど良かったー!ちょうど新調しようと思ってたんだよー。」
「そうなのか、友人とあまりこういう所には来ないから新鮮だな。」
「確かに!なんか仲良し!って感じだよねー!」
2人の先輩達は呑気に会話をしているが正直こっちはそんな場合じゃない。
はっきり言うと初めて来たのだ。
お世辞にも自分の胸は大きいとは言えないし、今までは母が買ってきてくれるもので事足りていた。それに、来たことがなくても分かる、こんな陽キャ空間。俺が耐えられるわけが無いのだ。
「ここ、お気に入りのお店なんだよーデザインも可愛いし、着心地もいい!」
「そうなのか、いつもは違うところだが試しに買ってみるか。」
「うんうん!是非是非!会員だから、お友達割引できるよ!侃くんは?」
「え?」
「侃くんはいつもどこで買ってるの?」
この先輩は無自覚爆弾がすぎる。混じり気の一切ない好奇心100パーセントですみたいな視線を向けてくるのだ。
「……たことない。」
「え?なんて?」
「……こういうお店、来た事ない。」
「……え!?そうだったの?!」
案の定ほなさんは持ち前のオーバーリアクションをかまし、秀さんまでも軽く目を見開いていた。
「じゃあいつもはどうしてるの?」
「…… 何となく母さんが買ってきたので事足りたし。」
2人はそんな俺の言葉を聞いてなるほど、というふうに頷いた。
「確かに、私も最初は親と来たな。」
「言われてみればそうかも……?……そうだ!折角だし侃くんも一緒に買おうよ!なんと今ならお友達紹介で30パーセント割引!」
まるでCMのようにほなさんは下着を掲げてくる。
「……侃くんがどうしても嫌なら買わなくてもいいんだけど……なんか3人でこういう話できるのってなんか嬉しくて!」
そう言われると断れないって言うのを無自覚でやっているのか、
「まぁ……折角の機会だし…………」
ほなさんの視線にやられたのと、ほんのちょっとの背伸びをしたいという気持ちが湧き出てくる。
「それに!侃くんが可愛い下着つけたらきっと臣くんも喜ぶよ!」
「……ちょっと待ってなんでそこで臣さんが出てくるの?」
「春宮は柊迫ならなんでも喜ぶ気はするが。」
「ちょっと秀さんまで。」
確かに彼女、という立場にはあるがこんな場所で言われると恥ずかしい。
確かに、いつも気を使ってないのは認めるし、やっぱり気にした方がいいのかな………とは思わなくはなかったけど……
「よーし!!じゃあ臣くんが最高に喜んじゃうようなの見繕っちゃうぞー!」
「ちょっと、ほなさんそれ趣旨が違う気がする。」
「そうだぞ、大里。まずはサイズを測るところからだろう。」
「え、」
雛乃の指摘もずれているだろう、と言おうとしたがすっかり失念していた。そうだ、その作業があるのか。
「……やっぱりやめる。」
「え!?なんで!?」
「嫌だよ、あんなにいかにもきらきらしてますって感じの店員さんと一対一なんて。俺の事見て絶対、うわ、この人下着いります?とか思ってるよ。」
「被害妄想!いくら侃くんが断崖絶壁でもそんなこと思わないって!」
そこまでは言ってない。
「それに1枚は持っていた方が胸の形も崩れないし、姿勢も良くなるぞ。それに自分の身体のことは把握しておいた方がいい。店員さんもそんな事思ってないから行ってこい。」
「え、ちょっと」
「店員さーん!すみませーん!」
よく通るほなさんの声に店員が反応し、あれよあれよという間に試着室まで連行される。
この日、俺の苦手な場所に美容室に次いでランジェリーショップが追加された。
「………疲れた……」
「まだ、測ってもらっただけだろう。」
「……もう帰る……」
「今からが本番だよ!侃くん!」
正直HPはもう残っていない。初めてだと言うと、じゃあ折角だと言われて胸だけではなくウエストやら色々測られた。
「侃くんはどういうデザインがいい?」
「もうなんでもいい……」
「それが一番困るよー!」
「だって服とかと違って普通見えないし、どうでも良くない?」
「良くない良くない!全然良くないよ!それにほら!臣くんが喜ぶためにも!」
「だから、臣さんのためじゃないってば……」
どうしてもこうも話を聞かないのか……でも、本音を言うと本当に何がいいのか全く分からない。レースやらリボンやらに魅力を感じるタイプでは無いし……臣さんがどんなのが好きかだなんて皆目検討がつかなかった。
「臣さんがどんなデザインが好きかなんて全く知らないし、2人はいつもどうやって選んでるの?一緒に選んでる訳じゃないじゃん?」
「まぁ、確かに一緒には選ばないけど、粋くんに何色が好き?とか花柄とフリル、どっちが好き?って聞いたことはあるよ!」
「それ、粋さん絶対気づいてるよ。」
「え!?何の為か言ってないのに?」
「それで、反郷はなんて答えたんだ?」
「『俺はほっさんならなんでもいいですよぉ〜』だって!」
「ほら、やっぱり気づかれてるじゃん……秀さんは?」
「私は特にデザインやら意識したことは無いし、邪魔にならなければそれでいい……あ、だが。」
「ん?」
「2、3回。伊佐にゲームショップに連れていかれた流れで寄ったことがある。」
「は!?」
「気まずかったら外で待ってていいと言ったのだが、別に気にしないとか言って色々見たな。」
この先輩はしっかりしているのか、天然なのか……あの伊佐のことだ。しっかり雛乃に似合うであろうものに誘導したのだろう。
「ほなさんはともかく秀さんまで……」
「俺はともかくって何!?そんな事よりほらほら!これとか侃くんに似合うと思うなぁ。」
「そんなの俺に似合わないって……もっとシンプルなやつないの?」
「普通に似合うだろう。ほら、こっちもいいんじゃないか?」
「お!それもいいねー。じゃあこっちはどう?」
「ちょっと俺抜きで話を進めないでよ。」
ただ突っ立っているだけの俺にどんどんと2人のおすすめがあてがわれる。
「これ、きっと臣くん泣いて喜ぶんじゃない?」
「っだから!臣さんのためじゃないってば!」
全く話を聞かない先輩達との攻防戦の結果、2人がおすすめしてくれた水色の花柄のものを1枚。渋々自分で選んだ薄紫のレースのものを1枚購入した記憶に残る日となった。