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    Bluesky_sub73

    @Bluesky_sub73

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    Bluesky_sub73

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    お疲れ七海夢 部屋の鍵を数日ぶりに取り出し、七海建人は深くため息をついた。繁忙期とはいえ、こうも出張が続くと疲れが出てくる。最後にゆっくりと過ごしたのはいつだったか……記憶を数日ほど遡ってやめた。今は思い出しても疲れるだけだ。
     革靴から鉛のような足を引き抜けば、むくんだ皮が張って一歩進むごとに弾けそうになる。振られていた任務を上手く前倒しできたおかげで、明日の朝は少しだけ時間があることがせめてもの救いだ。洗面に立ち寄るついでに湯張りのボタンを押し、冷蔵庫の中身を浮かべながらネクタイのノットを緩める。確か、冷凍のパスタが眠っていたはずだ。

     レンジの音を聞きながら、気力を振り絞って仕事着のスーツをクローゼットに仕舞い込む。幸い、軽くなでる程度で整いクリーニングはまだ必要なさそうだった。疲労の溜まった身体には時計を外すことですら億劫だが、お気に入りのそれを乱暴に扱うことはせず丁寧にケースにしまう。
     そうしているうちに、パスタが温まり軽やかな音が鳴った。思いの外小さな器に、コンビニに寄って買い込むべきだったかと後悔したが、今はとにかく身体を休めたい。たまたま目に止まって買ったものだったが、美味しかったのは良かった。
     手早く食事を済ませたところで、ソファに放り投げたままだったスマホが震えた。仕事の予感に眉を顰めるが、生真面目な男が居留守を決め込むことはない。仕方なく手に取ったが、ディスプレイに浮かぶ名前に目を見開いた。
    「、もしもし」
     疲れ切った喉が引き攣り、電話越しの相手が嗤うのが分かる。こちらの予定が切り上がったことを補助監督に聞いたのだろう、久しぶりに聞く声にすっと温かなものが胸を満たすのを感じた。
    「ええ、あなたも」
     心地よい声に目を閉じ、吐息さえもこぼさぬよう耳を側立てる。少しの用事と、任務のこと。それから、七海の身体を気遣う優しい声が疲れた身体を癒してくれた。
     すると、給湯器が湯はりの完了を知らせる。
    「いえ、もう少し……」
     アラームに気づいた相手が切り上げようとするのを、思わず引き止めてしまった。
    「——もう少しだけ、このままで」
     ソファーに身を沈めて、崩れた髪を掻き上げる。吐息のように溢れたワガママに相手が息を呑むのが分かったが、すぐに穏やかな声が七海の耳に贈られた。
     背もたれに頭を預け、瞼の裏に柔らかな微笑みを思い浮かべる。あと少しで訪れる“明日”は億劫だが、こうして迎えるなら悪くなかった。
     繁忙期の終わりまで、あともう少し。愛しい人に早く会いたくて、たまらなかった。

    終わり
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