ジュソ堕ち展示輪廻様(X @rinne_1157 )のイラストに触発されて書き殴ったものになります。掲載許可ありがとうございました。
——呪術師はクソだ。
他人のために命を投げ出す覚悟を、時に仲間に強要しなければならない——
だから、辞めたのだ。
***
依頼の品を持ち上げて、七海は小さく舌打った。吹き飛んだ血が、おろして間もない革靴に飛んでいることに気づいたのだ。じっくりとエイジングを楽しむはずが、いきなりケチをつけられた気分だ。苛立ちを深く吐き出して、乱れた前髪をかきあげる。ふと口寂しくなって上着のポケットを弄ったが、あいにくと目的のものは切らしているようだった。
——呪専を卒業し、呪術師に背を向けてからいくつもの月日が経つ。友の死から逃げるように身を寄せた“社会”も、結局は負の感情が吹き溜まる環境は変わらず、呪霊との縁は切れなかった。
それどころか、七海の周りに付き纏い妬みや恨みを増幅させかえって居心地が悪い。中途半端な呪力というやつは、かえって呪霊を惹きつけてしまうのだ。
しかしかといって、今更呪専に戻ることもできずに、呪いと人の間を渡って生きている。早期リタイアをはかって始めた跋除も、最初のうちは小遣い稼ぎ程度の小さなものだったが、生計を頼るようになると呪殺にまで手を出すようになっていた。
「——ええ、問題ありません。では、いつもの所に」
依頼人への報告を手短に済ませて、その場を後にする。遺体に動揺することもなければ、悪臭に嘔吐することももうない。こうして依頼をこなすたびに、七海は自分の中から感情が少しずつ消えていくのを感じていた。
堕ちるところまで堕ちた。頭の片隅に残る呪術規定とやらを、いったいいくつ破ってきたのだろう。人を呪わば穴二つ。呪いによる呪殺が先か、呪専による処分が先か——どちらにせよ、行き着く先に“アイツら”の姿はきっとないのだ。
「——チッ」
階段の踊り場に差し掛かったとき、七海は窓の下に黒い車が止まっていることに気がついた。視線を上げた先に帳が降りるのが見えて、嫌な予感が勘違いではないことを察する——側に立っているのは呪専の補助監督だ。
消しきれていない七海の残穢に気づかないところから、面識のない術師か学生か……いずれにせよ早々に離れるに越したことはない。
そう、七海が外に出た時だ。
「!」
帳の内側から、呪力が膨れ上がるのが分かった。直後に内側から帳が破られ、補助監督の前に呪術師らしき青年が現れる。
しかし、関節が逆に折り曲げられた風貌は異様で、邪悪な呪力は男の内側から溢れ出しているようだった。
——またこうして、若い術師が犠牲になる。
まだ幼い顔立ちにかつて失ってしまった“同級生”の笑顔がよぎり、七海は振り払うように顔を覆った。今更思い出したところで、何になるというのだろう。ぐらりと揺れる足元に力を入れ、七海は踵を返す。
「——くん!」
その刹那、車の影から人影が飛び出した。今まさに若い呪術師を取り込まんとする呪霊の腕を躱し、名前を叫ぶ。その声に覚えがある気がして、七海は振り返った。
術式を発動した補助監督、彼女の髪から覗いた瞳に気づいた瞬間——七海は呪霊の前に飛び出していた。
「えっ……」
記憶よりも少し落ち着いた声が息を呑むのを聞きながら、七海は回収した呪具を握る。呪布の巻かれた鉈のような得物は、不思議と手によく馴染んでまるで昔からの相棒のように扱いやすかった。
「十劃呪法——」
呪霊と呪術師の繋ぎ目を狙い、大鉈を振う。クリティカルヒットを受けた呪霊が霧散し、解放された若い呪術師がその場に倒れ込んだ。幸い、一命を取り留めたようだ。
そのことに安心して、はっと七海は引き戻される。自身が何をしたのか、ようやく気がついたのだ。
「な、七海……」
震える声が名を紡いだ。
動けない七海の胸に、あの日の桜が蘇る。
友の死、震える声、頬を伝ういくつもの涙——
「忘れた」と捨てても残り続ける、七海の唯一の後悔。
「七海、なんでしょう……?」
小さな手のひらが、呪具を握る手に触れる。
トクリ……と感情が動きだす音を聞いた気がした。
終