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    Bluesky_sub73

    @Bluesky_sub73

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    Bluesky_sub73

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    893パロ4

    893パロ4※年齢操作あり


    ある夜のアイリッシュ“ココア”


    「——ねぇあなた、ウィスキーはお好きかしら?」

     少し賑やかな店内で、柔らかな声が有名なナンバーに似た問いを謳う。ちらりと顔を上げれば、常連のご婦人がにっこりと微笑んでいた。

     今夜も決まった席に腰掛けた婦人は、いつもは一人で店の賑わいを楽しむタイプの人だ。珍しい驚きつつもふと思い出したカレンダーの日付に、その理由を察するものの……。

    「……」

     なぜお相手にそいつを選んだんだと、ご婦人の視線の先、来店してからずっとプレッシャーを与えてくる白スーツをちらりと見遣る。一抹の気まずい思いを押し込みつつ見守っていると、ご婦人——佐藤さんは一度私の方へと向き直った。

    「飴玉ちゃん、この方外国の方よね? 日本語は通じるのかなって思ってたのだけど……お話はできるのかしら」

    「え? あ、えっと」

     声は抑えているものの、恐らくバッチリ聴こえているであろう内容に思わずたじろいてしまう。

     ——七海建人。
     虎杖くんの上司で、つまるところそーゆー職業の男。名前とは裏腹に日本人離れした外見は、虎杖くん曰く1/4しか混じっていないらしい異国の血を意識しざるを得ない。これでいて国籍も母国語も日本らしいけど、少なくとも第一印象で得られる情報じゃないよね。

     さてどう切り出したものか、と少し考える。どうやら佐藤さんにはまだ話したいことがあるようだし、ここは日本人だと教えてあげる方が親切か……などと口を開きかけたときだ。

    「“チョット”ダケ。Sorry,Madam. My Japanese is still bad.」

     男の口から、随分と音の外れた日本語と流れるような英語が飛び出した。どうやらこのまま外国人を装うことにしたらしい。
     キョトンと瞳を瞬かせる佐藤さんに“外国男”はこちらを一瞥すると、ひらりと手のひらを彼女方へ向ける。訳せ、ということらしい。

    「……聞き取れるらしいですが、話すのはヘタクソらしいです」

    「あら、そうなの?」

     ——じゃあ、通訳してくれるかしら。
     と、そんなことじゃあ引き下がらない佐藤さんに“外国男”の片眉が上がるのを気配で感じた。日本語を話せない風を装えばそれでお終いだと思ったのなら、随分詰めが甘いといえる。それくらいで話しをやめるのなら、そもそもよりにもよってこんな強面男を選ぶわけないでしょうに。 

     虎杖くんと違ってこの“外国男”は自身がこの店に寄り付くことで客足が遠のくことを狙っていたんだと思うけど、人間には順応性というものが残念ながら備わっている。大半の常連たちはすぐに受け入れたし、むしろ、変にいきった酔っ払いが暴れることが減ってラッキーなのだ。

     ——まあ“裏”の人間であることには変わりないので、お客さんと必要以上に接触がないように注意はしてるんだけども。シェイカーを洗いつつ成り行きを見守っていると、身体を隣に向けたまま佐藤さんは続けた。

    「ウイスキーを頼みたいのだけど、私は飲めないから代わりに飲んで欲しいの。お婆ちゃんの気まぐれよ、ご馳走させてちょうだい」

     お願い、とこちらを見て微笑んだ彼女に従って至極丁寧に通訳してやる。サングラスの奥で切長の目がこちらを恨めしく睨んできたが、華麗にスルーして棚からボトルを取り出した。わざと見えるように置いたラベルは、“外国男”の嗜好的にもきっと好みのはずだ。

    「飴玉ちゃんも。良かったら飲んでちょうだい、通訳料よ」

    「ありがとうございます。佐藤さんはいつものですね?」

    「ええ、お願いね」

     “外国男”が何も言い返さないのを良いことに、手早くグラスを用意して氷を突っ込みウイスキーを注いでしまう——私は強くないのでちょっと少なめに。探るような視線をスルーしてグラスを置いてやり、佐藤さんの来店時から密かに温めていたミルクにココアの粉を混ぜた。

    「今夜はひと工夫しましょうか」

    「え?」

     鍋をかき混ぜながらふと思い立って、作業を見守る佐藤さんに提案する。カウンターに置いたままのボトルからひと雫をフランベし、ココアにくるりと混ぜた。なんちゃってブランデー“微風味”ココアだ。

    「どうぞ。アルコールは飛んでますから」

    「まあ、ありがとう」

     こちらの気持ちを汲み取ってくれた佐藤さんは、頬を染め嬉しそうに微笑んでくれた。この人のこういうところがとても可愛らしくて素敵だと思うし、どうせ歳を取っていくなら彼女のようになりたいと思っている。
     三人の手元にグラス(とカップ)が行き渡ったところで、静かに乾杯。“外国男”は深く考えることをやめて、流れに身を任せることにしたようだ。

    「じゃあ乾杯」

    「ありがとうございます」

     カップを持ち上げる佐藤さんに応えて、軽くグラスを合わせる。あなたにも、とグラスを向けられると意外や意外“外国男”はにこやかに応じていた。長い手足に強面ながらも美形の部類、あんな仕事をしていなければどこぞのブランドのモデルでもしてそうな出立だ。
     そう考えれば、虎杖くんもそうだし若頭な五条悟に至っては“絶世の”とつけたくなるくらいには整っている。彼方の組の顔立ちと比べると……——五条会はいっそモデルかホストクラブで凌ぎをした方がいい気がする。
     などと思いつつグラスに口付けかけると、“外国男”のグラスがこちらに向けられた。

    「Here's looking at you.」

    「……Thanks.」

     今やすっかり映画よりも有名になってしまったフレーズに眉間に皺がよる。君の瞳に乾杯、などとキザったらしい名訳があるわけだけど、ここでのlookは“監視してるぞ”という直訳の方が相応しいだろう。
     一応のお礼は述べて、カツンとグラスを合わせる。様になる仕草が癪で睨みつけてやれば、“外国男”の口角が上がった。こちらが正しく意図を理解したと分かったらしい……ホント、嫌味な奴だと思う。


    「——そろそろお暇しようかしら」

     その後も他愛もない会話を交えて過ごしていると、時計を見つめて佐藤さんが口を開く。接客で私がカウンターを離れてもポツポツと“カタコトの日本語”で会話をしていたらしく、“外国男”の分もご馳走したいと申し出た。それに反応して“外国男”が財布を取り出すと「お婆ちゃんの顔を立てて、ね?」とにっこりと笑う。

    「じゃあ、またね。今夜は本当にありがとう」

     呼び出したタクシーが店の前に着いたのを合図に、佐藤さんが立ち上がる。小さな背中を追いかけるようにしてコートを渡し、彼女を見送るが——今日はひとつだけプレゼントを。一緒に飲んだウィスキーをこっそりと小瓶に分けて入れておいたのだ。

    「これ、良かったら旦那様に。下げた後は今日みたいにココアに入れて楽しんでください」

    「あらいいの?」

    「ご馳走していただいたお礼です」

     そう言うと、佐藤さんは両手で小瓶を受け取ってにっこりと微笑んだ。

    「ありがとう。渡すついでに報告しなくっちゃね……今夜はお酒の趣味は似てるけど、あなたよりもずっとイケメンな人と楽しんじゃったって」

    「あはは」

     乗り込んだタクシーが去っていくのを手を振って見送る。

     ——今日は、旦那さんの命日だった。
     ウイスキーが好きで、仕事終わりの一杯を楽しみにしていた旦那さん。その時に奥さんに隣にいて欲しくて、いつもお土産に小さなケーキを買って帰ってきた可愛い一面のある人。いつだったか話してくれた思い出たちはどれも輝かしくて、愛しそうに目を細めていたのが印象的だった。

     そんなことを思い出しつつ、軽く伸びをする。楽しいひとときを過ごした後は、本来の仕事に戻らなきゃ。静かなところから店内に戻ると、比較的静かな空間も少しうるさく感じるから不思議だ。


    「——ああいうのは上手にあしらうのがあなたの仕事では?」

    「あら、随分と日本語が上達されたんですね。お上手ですよ」

     ボックス席からグラスを回収しつつカウンターに戻ると、タイミングを見て“外国男”が口を開いた。愛想笑いたっぷりに皮肉ってやると、キロリとこちらを睨んだのが分かる。

    「隣とテーブルを仕切らない、距離も近いカウンター席で話しかけるなとか客層的にも無理。静かに飲みたければテーブルを利用するか、いっそ他所の方が静かですよ」

     佐藤さんが使っていたカップをさげ、席を整える。
    いっそグラスを目掛けて洗剤を吹き掛けてやりたいのを我慢しつつ、カウンターを拭いた。
     すると、クロスの近くに紙幣が置かれる。

    「……これは?」

    「あのご婦人に返しておいて下さい」

     虎杖くん曰く“あれつけて殴ったりできない”ほど高級な時計——その辺は詳しくない——を添えた手から出てきたのは万券だ。一杯のウィスキーどころか、先程佐藤さんが払って行ったよりも明らかに多い金額に、眉間に思い切り皺がよるのが分かる。

    「お断りします。お代はすでにいただいてますし、“お婆ちゃんのご厚意”を汚いお金で穢さないでください」

     ピシャリとそう言ってやったつもりだったけど、こちらを見上げた男の目は涼しげだ。

    「——あの小瓶、私たちがご馳走になったものとお揃いの色をしていましたね。自分だけ抜け駆けしてお返しなんて、水臭いじゃないですか」

     見てたのか……と言葉に詰まると、彼の口角が不敵に上がる。

    「それとも、その金額分私に奢られてみますか? 僭越ながらお付き合いしますよ」

    「折角ですが、仕事中ですので」

     埒があかないと半ば引ったくるようにして、お札を引き受けることにした。この酒豪に付き合わされたら、明日は一日お店が開けれられなくなるに違いない。いつだったかあの家入医師に付き合っていた姿を思い出して、ぞっとしてしまった。こちとらさっきの一杯で割とふわふわしてるというのに。
     背中に薄寒いものを感じつつレジを操作し、再びカウンターに戻る。そうして先程と同じ位置にお札を置いてやると、今度は男の眉間に皺が寄った。

    「……なんの真似です」

    「お釣りですよ、お釣り。あのご婦人はたまにお孫さんとモーニングを食べにくるので、そのお代をいただきました。仕方がないので、今度彼女がいらっしゃったらそれとなーくご馳走しておきます」

     反対するなら“外国男”からだと言ってやる。そしたらまた佐藤さんと遭遇したときにどうなるか……彼女の厚意を悪者にするようで少々心が痛むけど、こちらにつけ入られる綻びはないに限るのだ。そうでなくとも、この男にご馳走になるのはまっぴらだ。
     
    「飴ちゃーん!そろそろ帰るから、車呼んでー!二台っ」

    「はーい!」

     流れた重い沈黙を吹き飛ばすような声が、ボックス席から聞こえて来る。

    「こっちも良いかな? 相乗りしてくから一台で大丈夫」

     その声に便乗するようにして、カウンターからも配車の申し出が来た。空っぽのグラスを見るに本当はもっと前に頼みたかったけど、こちらの険悪なムードに声をかけられなかったのかもしれない。悪いことをした。

    「あなたにも、そろそろ車お呼びしますね」

    「……ではお願いします」

     遠回しに今夜は帰れと告げて、差し出された番号——舎弟の携帯番号を受け取る。こんな時間に呼び出されるなんて同情するが、この人の場合は事前に話をつけているような気もした。

     案の定、近所のタクシー会社と舎弟、頼まれた順番に電話をかけたわけだけど、一番最初に到着したのは舎弟だった。あの後追加されたグラスはなかったので、会計もなく預かっていたコートを返すだけになる。

    ——しまった、二人きりにならないよう用心してたのに。

    「なにか?」

     だけど、不意にその手をコートごと取られ引き寄せられた。流れるようなその動作に思わず反応が遅れ、ふわりと上品なコロンの香りに包まれる。

    「あちらにいるとき、良いパトロンが着いていたようですね。その方の招待で大きな大会にも何度も出ている……余程気に入られていたようだ」

    「——例えば“日本の持ち家を貸してくれるくらいに”とか?」

     言いながら見上げてやると、レンズの奥の鋭い視線が突き刺さる。どうやら今夜は“とっておき”だったらしく脈拍まで計って真か儀か確かめているようだ。

    「残念だけど、私を気に入ってたのはその人というよりその人のお孫さん。どうせ写真も発見済みだろうから教えるけど、可愛い雀斑の子だよ」

    「……あの一族は皆そんな感じでしたが」

    「そーだっけ?」

     こちらを見下ろす瞳を、あえて真正面から見つめてやる。悪いけど、嘘“は”言ってないよ。
     取られた手はそのままに、クローゼットから他のコートを出してこちらを見守るお客さんたちに手渡していく。こういうわけだから、消臭剤が必要な人は今夜は自分でやってね。

    「一番性格が虎杖くんっぽく見える子。虎杖くんを可愛がってるあなたなら、お願いに弱い気持ちも分かるでしょ?」

     もういい加減良いだろう、と手首を引き抜くと思いの外するりと拘束は解かれた。解いてくれなければ“暴行罪”になったわけだけど、その辺はちゃんと警戒してるらしい。

    「飴ちゃーん!ナナミーン!」

    「虎杖くん、こんばんは」

    「お疲れ様です、虎杖君」

     軽やかなチャイム音と共に現れた舎弟——虎杖くんに、張り詰めた空気が柔らかくなるのを感じる。上司よりも先に呼ばれたことに少し優越を覚えたけど、こう見えて計算高いこの子のことだからその辺も考慮しているのかもしれない。

    「では、お気をつけて。またのお越しをお待ちしてます」

     扉を開けて、お客さん全員に手を振ってお見送り。

    「ああああー、疲れた」

     最後のタクシーが見えなくなったところで、全身に一気に疲れが流れ込んできた。表口の施錠と防犯のシャッターを下し、裏口から中へと戻る。楽しく飲んで話してしてたというのに、最後に爆弾を落とされたような気分だ。

    「寝よ……」

     幸いモーニングの仕込みは済んでるし、細かい片付けは起きた私にパス!軽くシャワーを浴びて着替えると、仮眠ベッドに倒れ込んだ。

    「ホントに疲れた……」

     なんだか釘を刺された気分だ。あくまで彼らは“客”じゃないと、見据える先を見せつけられた。

    「私もイイ下着買うかな……」

     なんせ仕事服は彼女たちよりもずっと味気ない。格好良くはあるけども。なんとなく通販サイトをスクロールしながら、いくつか目星をつけてみる。どーせ買うなら可愛いやつがいい。

    「やっぱ起きてからにしよ」

     だけど眠気には敵わない。
     仮眠用とはいえ慎重に選んだベッドは非常に寝心地が良い。瞼を閉じたら、ストンと眠りに落ちていた。


    「なーんだ、ハズレかぁ……いい線いったと思ったのにな」

      大家の情報を掴んだかもしれない、日中ご機嫌だった虎杖は上司からの報告にガッカリと肩を落とした。ハンドルに寄りかかるのを咎めた上司——七海はシートにゆったりと背中を預けると、ホルダーに乗せられた“お土産”を手に取る。今日の“パチ屋周り”は大成功だったようだ。

    「いい線は行ってたと思いますよ。恐らく、大会絡みであの建物の大家と縁ができたことは確定です」

    「そーなの?じゃあその線でもう少し探るかなー。また英語訳してね」

    「高いですよ」

     口の中に残るアルコールをコーヒーで流し込み、七海は窓の外を見る。眠らない街の夜は2時を回っても賑やかに色づいており、行き交う人々の姿があった。

    「ねーナナミン」

    「なんですか」

     信号待ちの車内で、虎杖の何処か楽しそうな声が七海に向けられる。

    「飴ちゃんって、ああ見えてちゃんとオンナのコっぽい腕してるよね。華奢ってわけじゃないけど、細っこい」

    「……その発言、訴えるネタにされたら引っ叩きますよ」

     七海に睨み付けられても、虎杖は怯んだ様子も見せなかった。すっかり慣れてしまった、ということだ。

    「ええー、でも飴ちゃんオレに優しいからなー」

    「君に“は”ですよ、とにかく気をつけること」

     虎杖が自覚するように、あのバーテンダーは彼に甘いところがある。

     —— 虎杖くんを可愛がってるあなたなら、お願いに弱い気持ちも分かるでしょ?

     にこやかに告げられた言葉を思い出して、七海はぐしゃぐしゃと隣の頭を撫で回した。

    「え、ナナミン酔ってんの?」

    「君の人たらしも考えものですね」

    「えぇー?」

     ブーたれる虎杖をそのままに、七海はコーヒーを飲み干す。ネオンの中にあのバーテンダーの瞳と同じ色を見つけて、七海はふっと喉の奥で笑った。

    END
    アイリッシュコーヒー「あたためて」
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