お布団に埋もれる話「主が布団を干していたから片付けるのを手伝ってきてほしい」と歌仙に言われたので五月雨はひとつ頷いて手にあった最後のお皿を棚に仕舞った。
思わず目を細めるような眩しい昼下がりの日差しが降り注ぐ縁側を進んでいると、何かの花びらが廊下に落ちているのが見えた。花びらはくるりとその場で一回転する。開け放たれた雨戸から午後の生温い空気がそよりと駆け込んできていた。そこはちょうど彼女の部屋の前。ここから布団を運び込んだのであれば一足遅かったかと部屋を覗くと、入り口のすぐ足元に羽毛布団に倒れ込んでいる彼女の姿があった。
「頭?」
「あ……ん?さみ?」
鈍い反応を返した彼女は布団の上でもぞもぞと泳ぐだけで顔は見せない。
「はい、さみです。布団を片付けられているのではなかったのですか?」
「うん。でも端っこ踏んづけて転けて挫折した」
「お怪我は?」
「無いよ」
「でしたらもう少し頑張りましょう」
倒れ込んでいるのは入り口から一歩ほど進んだだけの位置。歩いたとすら言い難い距離。
「えー……でもさぁ。干したばっかのお布団ふわふわであったかくて……なんかこのままでもいいかなって」
「流石にこのままは」
「でも気持ちいいよ」
布団に埋もれたままの彼女は一向に体を起こす気配がない。ずぶずぶとそのまま沈んでいきそうだ。
ひっぺ剥がすべきか迷いつつ五月雨は柔らかな布団に手を伸ばす。ふわりと弾んだ布団は太陽の光をたっぷりと含んでいた。五月雨はじっと手のひらを見つめる。部屋の中なのにまるでそこに陽だまりがあるようだった。手のひらに感じたそんなあたたかさに五月雨はやや迷ったが、ころりと彼女の隣に寝転んでみることにした。
体を受け止めてくれる布団からは人口の熱とはまた違うゆっくりと包み込むような暖かさが体中に伝わってきて、五月雨は「なるほど…」と呟いた。
「……これは…なかなか」
「でしょ?」
部屋に来てからようやく彼女と目が合う。顔半分を布団に埋めながら楽しそうに目を細めてこちらに笑いかけている。
昼間に干した布団で夜に眠るのとはまた違う、どこか贅沢な寝心地。あたたかくて自然と微睡そうな。これは確かに。
「このままでもいいかもしれませんね」
五月雨の言葉に布団越しのくぐもった笑い声が響いた。