楽の日記 2日目 配属先は西火の地。
残念ながら東土からは遠すぎるほどに遠い。一年中暖かくて過ごしやすいと聞いているし、かつて送り出した先輩方が何人も赴任している。困ることはきっとないだろうとただ楽観的にそう思っていた。
そうやって任地へ思いを馳せながら1日馬を走らせているうち昼になり夕方になる。陽も落ちてきたところでようやく文使用の無人宿舎に到着した。荷を下ろし馬を休ませ、まずは宿帳を開く。宿帳には他の文使たちがそれぞれの思いを綴っていたり、誰か宛ての伝言がそれとなく書かれていたりした。その中に目を引く一文を見つける。
『今年の西火は珍しく暑い。腹を下さぬように』
日付を見ると数日前のものだ。それは東土へ来るたび僕たちを可愛がってくれた先輩の見慣れた文字に思えた。きっとこれから西火へ向かう僕へ向けての忠告だろうと自惚れながら、僕も宿帳に初めて筆を走らせる。
『楽は無事に西火を目指しております』
緊張のあまり出だしの文字が震えてしまったことにふっと笑いがこみあげた。何が無事にだ。まだ1日しか経っていないじゃないか。
でも自分の足跡を残したかった。僕たちは、僕は文使だ。あらゆる情報を伝え合うことが仕事。そう睿様から教わってきた。無駄な情報などない。無駄かどうかを決めるのは伝える側ではない。伝えられる側だと。僕が無事だと知りたい誰かのためにそう記しておくのは、だから間違っていない。そう言い聞かせながら少し粉っぽい饅頭を水で流し込む。たぶん音兄さんが作ったやつだ。お世辞にも美味いとは言えなかったけれど、僕にはこれは故郷の味だ。また食べられる日は来るだろうか。
眠りに着く前に壁に掛けられた地図を眺め、明日からの行程を見直す。任地へ一人で移動するのが僕たち文使の初任務。先輩方のお供をしたり、同期たちと集団で宿舎を巡る訓練をしたりはあっても一人は初めてだった。早駆けや野宿はまだしないよう言われている。とにかく無事に確実に任地へ到着することが先決だと。早駆けはできるだろうが、正直野宿はしたくなかった。山狼や盗賊に襲われるのは怖い。身を守るための武術訓練も当然受けてはいるけれど、僕はいつも落第ギリギリだった。
西火への近道は山越えになる。さすがにまだ一人で山越えをする自信もなかったし北方経由で迂回することにする。出発前からそう決めていた。小さい頃から一緒に学んできた仲間のひとりが半年前に北の関所に配属されたはずだ。顔を見てから西火へ向かうくらい大目に見てほしい。三日も駆ければ着くだろう。
睿様は言った。
文使は時に孤独だ。だから辛い時は一歩先に希望を楽しみを持て。時にそれが先に進む力となるだろうと。
確かに北の関所で友に会えるという楽しみがあれば、初めての一人の夜も少しはましに思える。まだ酒は飲めないけれど、友と杯を交わす夢を見ながら僕は眠りにつくことにした。
先はまだ長い。