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    shiruoshiru

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    shiruoshiru

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    言い出しっぺが何もやらないなんてそんなそんな!な気持ちで書いた怪文書。
    とっても尻切れトンボちゃん。

     鬼火の森の中、雄大に広がる白憂湖。夜にもなると、森には闇と共にひんやりとした空気が満ちていた。
     その宵闇の中、境界石(リム)のほのかな明かりが灯る。
     蛍火のように淡いそれには温度が無い。しかし少女はそれに縋るような思いを寄せていた。
    「まだお眠りにならないのですか?覚者殿」
     兵士、ナサニエルが少女に声をかけ、覚者と呼ばれた少女、セラは振り返る。その傍らには一人の戦徒が横たわっていた。
     戦徒の胸元からはムッとするほどの血の匂いがした。呼気は荒く、目は弱々しく伏せられている。
    「ん。もう少しだけ、起きてます」
     朝見かけたハツラツとした笑顔とは違う、憔悴したセラの笑顔に、ナサニエルは、先ほども同じことを言っていたでしょう。という言葉をかける事が出来なかった。「あまり無理はしないでくださいよ」とだけ言って天幕の中へ入る。メインポーンっていうのは、覚者にとってそんなに大事なものなんだろうか。ただの戦徒としてしかポーンを知らないナサニエルは天幕の中で首をかしげた。
     ナサニエルが天幕の中へ入っていくのを見届けて、セラは己がメインポーンに視線を戻す。
    「スヴェル君…」
     名を読んでも戦徒は何も反応を示さない。セラはスヴェルの右手を両手で包む。この野営の休憩所へ戻ってくるまで、手持ちの薬を全て使って彼に治療を施した。今は天幕の中で休んでいる他のポーンは我らポーンに治療など必要ない、と忠告してくれていたが…。
     分かっている。ポーンの民は、全て覚者のためだけに仕えている。肉体が損傷してもリムの側にいれば傷は回復し、たとえ滅んでも、覚者が呼び出せば蘇るのだ。覚者のために傷つくはポーンの誉。ポーンは使い捨ての戦徒。貴重な回復薬をわざわざポーンに使う理由など無いのだろう。
     それでもセラは耐えられなかった。
     自分を庇ってスヴェルがドレイクの爪に切り裂かれた映像が脳裏に蘇る。ろくな処置もせず血を流しながら戦い、敵を倒したと同時に崩折れた彼。
     思わずぎゅっと握った手を握り返されてハッと顔を上げる。閉じた目。意識の無い様子に、反射的に握り返したのだろうと思われた。けれども。
     穏やかな寝顔。すっかり薄くなった傷。リムの光に呼応するように彼の右手に光るポーンの証。セラは泣きたい気持ちでスヴェルの寝顔を見つめ、微笑んだ。
    「ごめんね」
     涙の代わりにこぼれた言葉。私のせいで傷つけて。異界に還せば直ぐに回復できたのに、この世界に引き止めて。キミの手を離せなくて。
     スヴェルのポーンの証を、セラは自分の胸元にある傷に重ねるように抱きしめた。
     キミがポーンで良かったなんて思ってしまう私で、ごめんなさい。
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    fuki_yagen

    PROGRESS7/30の新刊の冒頭です。前に準備号として出した部分だけなのでイベント前にはまた別にサンプルが出せたらいいなと思うけどわかんない…時間があるかによる…。
    取り敢えず応援してくれるとうれしいです。
    つるみか準備号だった部分 とんとんと床暖房の張り巡らされた温かな階段を素足で踏んで降りてくると、のんびりとした鼻歌が聞こえた。いい匂いが漂う、というほどではないが、玉ねぎやスパイスの香りがする。
     鶴丸は階段を降りきり、リビングと一続きになった対面式キッチンをひょいを覗いた。ボウルの中に手を入れて、恋刀が何かを捏ねている。
    「何作ってるんだい? 肉種?」
    「ハンバーグだぞ。大侵寇のあとしばらく出陣も止められて暇だっただろう。あのとき燭台切にな、教えてもらった」
    「きみ、和食ならいくつかレパートリーがあるだろう。わざわざ洋食を? そんなに好んでいたか?」
    「美味いものならなんでも好きだ。それにな、」
     三日月は調理用の使い捨て手袋をぴちりと嵌めた手をテレビドラマで見た執刀医のように示してなんだか得意げな顔をした。さらさらと落ちてくる長い横髪は、乱にもらったという可愛らしい髪留めで止めてある。淡い水色のリボンの形をした、きっと乱とお揃いなのだろうな、と察せられる代物だ。
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