タイトル未定 どれだけの間そうしていたかは分からない。
朝焼けの空を飛ぶ鳥。穏やかな天気。周囲に魔物や盗賊もいない。だが、ポーンと呼ばれる戦徒、スヴェルは、これまで遭遇したどのような場面よりも緊迫した状況にあった。
「ねぇスヴェル君、大丈夫?やっぱり体調が良くないんじゃない?」
平常は下から聞こえてくる主、セラの声。今はスヴェルよりも高い位置から聞こえる。
「体調に問題はありません」
「そうかなぁ」
訝しげにセラは言う。
嘘は言っていない。言っていないのだが……。
事は数時間前に遡る。二人で野営をした際、スヴェルは夜通し意識を覚醒させていた。
何の問題はない。そもそもポーンに睡眠は必要ないのだから。
セラはそれを良しとはしなかった。
日が昇る少し前に起床したセラは、スヴェルに仮眠を提案した。もちろんスヴェルは必要ないとしたが、まぁまぁとやんわり押し切られる形でスヴェルの身体は横たえられた。
セラの膝にスヴェルの頭を乗せる形で。
頭に伝わる柔らかい感触。しっとりした体温。スヴェルは焦ってその感覚を遮断しようとした。しかしながら、恋い慕う存在のぬくもりを無視出来るほどの精神強度はなかった。
額を汗が伝う。指先すらも動かせる事が出来ない。早鐘のように鳴る心音が、主たる少女に伝わってしないか。優しい彼女に不要な心配をかけさせてしまわないかが不安だった。
そうして現状に至る。
目を開けたままだと上手く眠れないでしょ、とセラはクスクス笑いながらスヴェルの目を小さな手で覆った。周囲が明るいと眠りづらいだろうという配慮もあったのだろう。
だがスヴェルにとっては大問題だった。目を覆われた事により、よりセラの体温と柔らかさに感覚が集中してしまった。より彼女と接触したせいか、セラの匂いも強く感じる。まるで彼女の全てに包まれているような錯覚さえ覚えた。
(まずい。…これは非常にまずい)
いっそ本当に眠気があれば良かったのだが、悲しい程にそれは遠かった。この状態をなんとかせねばとスヴェルは頭を働かせようとする。が。
「おやすみ」
少しだけ持ち上げられた頭。至近距離でかけられた優しい声。額に触れた柔らかい感触。リップ音。スヴェルの脳内は一瞬で真っ白になった。
今何をされた?
問うまでもない。額に口づけられたのだ。そう。口づけ。彼女が。私に。くちづけを……。くち………。
スヴェルの意識は落ちた。好意を抱く相手からの口づけは、いともたやすく彼の脳内をキャパオーバーにしたのだ。
一方、セラはすっかり身体を弛緩させたスヴェルを見て微笑んだ。
(やっぱり眠かったんだね)
そんなに私に気を使わなくていいのになぁ、もっと自分を大切にしてほしいと思いながら、セラはスヴェルの白い髪を愛おしげに撫でていた。