タイトル未定「キナー!会いに来たよ!元気してるー?」
静謐な修道院の中、場違いなくらいに明るい声が石壁に響く。
グランシス半島、立ち枯れの森の奥にひっそりと建つ修道院。ドラゴンの知識がある大教会へ赴くため、癒し手としての能力に磨きをかけていたキナの元へ、一人の少女がたずねてきた。
セラという少女である。同じカサディスという村で育った幼なじみで仲がいい。カサディスにドラゴンが襲来した後、覚者として身を立ててからも、カサディスから離れて修道院にいるキナに何かと会いに来ていた。
「驚いた、また来てくれたの?」
キナが出向くとセラは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ちょうど近くでお仕事するから、キナに会いにきちゃった」
「何かの素材集め?」
「ううん、夜に出てくるオーガ討伐のお仕事」私もだいぶん強くなったんだよ、ムフンとセラは胸を張る。その腕に切り傷を見つけて、キナはセラに癒やしの魔術を使った。
セラは怪我をすることが多い。
覚者という立場になる前、初めて出会った時からそうだ。不自然に短い片腕。不揃いな手足の指。ところどころに傷痕が残っており、舌が捻り切られていたため、セラは話すことすら出来ない子どもだった。
セラと彼女の母親をカサディスにおいていった覚者が置いていった薬で五体満足まで回復してからも、同年代の子どもにいじめられていたキナを庇って傷だらけになっていたし、成人してからも男衆に混ざって魔物を討伐し、大怪我を負うこともあった。
お互い母親を亡くしてから、ずっと二人で寄り添ってきた幼なじみ。小さな頃から、セラという女性はキナにとっての英雄だ。
「ありがと。キナ」
すっかり傷の癒えたセラは照れた様に微笑んだ。
「あんまり無理しちゃ駄目よ。心配なんだから」
「スヴェル君やルークさんもいるし大丈夫だよ」
スヴェル、ルークはセラが引き連れている男性のポーンだ。修道院の扉の前で控えており、「だよね」とセラがスヴェルに微笑みかけると「はい」と無感情な声でスヴェルは返した。
「そうでなくても。あなたを恋人にしたい人が、あなたに何ったらと思うと、気が気でないでしょ」
セラという女性には、周りを明るくする不思議な魅力があるのだ。そこがキナも好きなのだが、セラは他人の恋愛事には興味津々のくせに、自分に向けられる恋愛面の好意には極端に鈍い。
「おかしなこと言うね」クスクスと笑うと、セラは言った。
「私のことそういう意味で好きになる人なんて、いるわけないじゃない」
人が呼吸するのは当然のことだと言うように、何でもない当然のこととして語る。キナは言葉を失った。セラにとってさして重要なことではないのだろう。「修道院で不自由してる事はない?」とキナに問いかけてきた。
「…どうして?」
キナが何とか言葉を引き絞ると、セラは困惑気味に首を傾げた。
「あなたはとっても魅力的じゃない。あなたと添い遂げたいって人も、いると思うわ」
「キナは優しいね」
とても穏やかにセラは微笑んでいる。
「友達にはなれても、添い遂げる人なんて、いるはずがないって」
バツが悪そうに舌を出して笑う姿は無邪気で、セラの小さな身体と相まって彼女を一層幼く見せた。
その様子に既視感を感じて、キナは記憶を探る。修道院にも似たような雰囲気を見せた人がいた。酷い怪我をしているのに、それを隠して笑う子供の様な。
あぁ、そうなのね。
分かってしまった。どうしてセラが自分に向けられる好意に疎いか。
セラは自分に女性としての価値が無い思っているのだ。
何にも価値が無いから、セラへ向けられる好意は彼女をするりと通り抜けてしまう。
幼い時分に受けた虐待の影響か、セラの身体は10歳の頃から成長することを止めた。
カサディスでもその小さな身体を利用して獣の巣へ潜りこんだり、狭い場所で作業をしていたが…
もし、そうやって成果を出す事でしか自分の価値を見いだすことが出来ていなかったのだとしたら?
もし、共にカサディスで暮らした母親の愛情を罪悪感と受け止めていたとしたら?
「私、あなたのこと好きよ」
「私もキナのこと、好きだよ」
笑ってあっさりと返される。胸の中でのたうつもどかしさに、キナはその後どうやってセラと言葉を交わしたかをもう思い出せなかった。
そうしてオーガが現れる夜になり、セラは森へと赴いていく。キナは修道院の門から星の光も降りてこない森をじっと見つめていた。
もう言葉ではセラに届かない。なら、あなたのために全てをかけることができる存在がここに居ると行動で示してみせよう。
(だから、見ていてね。私きっとやり遂げるから)
胸に手を当てて、キナは決意を新たに夜を睨んだ。