2人「んぅ…………」
頭の奥から響く鈍い痛みで目を覚ます。昨日の夜に開け放したままのカーテンから除く空はどんよりとした灰を被っていて、今にも雨が降り出しそうな表情をしていた。mystaは気圧の変化に弱い。急に上がったり下がったりすると体調が悪くなってしまうのだ。よくある事ではあるのだが、今回は特に酷いようで、体を起こすこともままならない。
TwitterでMystakesに配信の延期を伝えなきゃ…
(ちょっとトラブルがあって今日の配信は延期するよ!オレは大丈夫だから待っててね〜!)
ふぅ…これでよし、と。
もう大丈夫だ、もう一度眠ろうと思って掛け布団を引っ張って潜り込もうとする。目をつぶって痛みに耐えていると耳障りな電子音が鳴る。LINEの通知音だ。誰だよこんな時に。
〈ミスタ、大丈夫か?体調が悪いんじゃないのか?もし何か手助けが必要ならいつでも行くから言ってくれ。〉
優しいだでぃからのメッセージだ。でも来てもらう訳にはいかない。Voxも配信の予定があるだろうし何より手を煩わせてしまう。自己肯定感の低いMystaには自分に対して使ってもらう時間など無駄だとしか思えなかった。
(大丈夫、なんともないよ)
〈そうか、わかった。ゆっくり休んでくれ。〉
本当は誰かに近くにいて欲しかった。
寒くて暗いイギリスは今のMystaには毒である。誰かに頭を撫でて甘い言葉を掛けて欲しいし暖かいご飯を作って欲しい。
零れ落ちた雫は枕に溶けた。
どれだけ眠っていたのだろうか。暗い部屋の中でいくつもの雨粒が大きな音をたてながら屋根に落ちる音が聴こえて目を覚ます。眠る前よりもさらに気圧が下がったのだろうか、頭痛は相変わらずMystaを襲い、目を開けるのも億劫だ。
扉を叩く音と誰かの声が聞こえた気がした。幻聴だ。
誰かがいるはずもないんだから。
「Mysta、大丈夫か?うなされていたようだが。」
「だでぃ…?だれ……?」
「私だよ。かなりの低気圧に覆われているようだから心配で様子を見に来てしまったんだ。起き上がれるか?」
Voxの暖かい腕に支えられながらどうにか体を起こす。優しい低音が心地よく、来てくれただけなのに少し体調が良くなったかのような気がする。
「だでぃ……あたまいたい…」
「やはりそうだと思ったよ。少しだけ台所を借りたんだがリゾットは食べれるか?」
その言葉と共に、ミルクで煮込まれてチーズの程よい塩味を加えられたリゾットが口に運ばれる。寂しかった体にじんわりと染み渡る。空腹感は無かったはずだがあっという間に器は空になった。
「おいしい…」
「そうかそうか、よかったよ。それはそうと薬は飲んだか?一応買ってきたんだがどうする?」
「くすりやだ」
「そんな事言わないで、ほら。口を開けて、my son」
柔らかい感触と共に液体が流し込まれて思わず目を見開くと眼前には綺麗な顔があった。その顔は少し離れるとにやりと口角をあげて笑う。
「ひひ、よく飲めたな。偉いぞ。」
優しくふんわりと頭を撫でられる。
その愛情は暖かくMystaを包んだ。
「薬が効いて眠くなるまで傍に居てやろう。」
甘い言葉の雨は優しくMystaに降り注いで痛みを和らげていく。薬も効き始めたようですぐに眠気もやってくる。うとうととしながら喋るMystaはまるで小さな赤ん坊のようだ。
「Mysta.My sweet.良い夢を。」
「ん……だでぃ…おきてもいっしょいて……?」
「あぁわかったよ。ずっとここに居よう。」
小さなMystaは幸せそうな顔で再び眠りについた。
雨雲の隙間から差し込む光は2人に降り注いでいる。