結果、犬も食わないということで。「かわいく照れるファルガーが見たい。」
「病院なら予約してやるぞ。」
ダイニングテーブルの上で両手を組んで真剣なトーンで告げるヴォックスを、ファルガーは見やることも無く言葉で一蹴した。
もう日も高く昇り、ファルガーの愛でている観葉植物が穏やかな光で照らされている。その植物も主人自らの手で注がれる水に生命力を増したように見えた。
遅めの朝食を食べ終わって、少し微睡むようなその時間。
そしてそこへため息をつきたくなるような戯言が放り込まれて、ファルガーはそのまま気持ちに抗うことなく息を吐き出した。
「今日俺は誕生日だぞ?俺の頼みは聞いてくれないのか。」
「朝起きた時におめでとうも言ってやったし、プレゼントも渡しただろう。あんなにkindred達にも祝われていた癖に。」
ファルガーが窘めるように言うと、ヴォックスは組んでいた腕を伸ばして、一目惚れして買ったというそのマホガニー色の机に頬をぺたりとつけた。
「そもそもお前がカッコよすぎるんだ。」
「はぁ?」
「朝起きたらすでに出来合いだったとはいえ、朝食が用意されていて、枕元には包装されたプレゼント。なんなんだ。惚れ直すなという方が無理だろ。」
「……何に怒っているのかさっぱりだが喜んで貰えたと認識していいか?」
「当たり前だふざけてるのか。」
「情緒どうなってるんだ。」
全く、と言いながら持っていたじょうろをおいてファルガーが向かいの席に座る。
ヴォックスは不貞腐れたようなその姿勢のままつい、と視線だけ動かした。
「まぁつまり、fanficで書かれているような、すぐに赤面してツンデレっぽい俺が見たいって事か?」
「そうだ。」
「んー……分かった。」
「は、」
ファルガーは机の上に投げ出されたヴォックスの左手を取って、恭しく薬指に口付ける。
「これは俺の機密事項なんだが、俺は存外恋人に尽くすタイプでな、」
今日ぐらいお前好みに変わってやるよ、Darling?
と、愉悦の笑みを浮かべてヴォックスの瞳を見つめる。
恋人の本気の口説きを目の当たりにした当の本人はと言うと、目を瞬かせたあとゆっくりと手を引き抜いて口元を隠すしかなくなった。
「……俺はお前になら時々抱かれてもいいと思う時がある。」
「何を言ってるんだ抱くのはお前だ馬鹿。」
という訳で今日限りのかわいく、照れるファルガーがここに生まれたわけだ。
「なぁ、夕飯はどうする?……別にお前の料理がいいなんて一言も言ってないだろ!」
「なんだ?電話か?今日はやたらと多いな……別に寂しいとは思ってない!どうせ夜は2人で過ごすんだし、あ、いや、なんでもない。」
「はぁ!?昼間っから何言ってるんだ!馬鹿じゃないのか!この変態悪魔!」
などと、こんな感じか?、それともこんな感じか?とノリノリで演じるファルガーとそれに感動するヴォックスという傍から見ると謎の光景。
最初こそ戸惑っていたもののキャラクターが板に付いてきたのかファルガーから仕掛けてくることもあった。
家で2人でただただ普通に過ごすはずだったその1日はファルガーの献身によって至高のイレギュラーになって、それをヴォックスは心の底から楽しんでいた。
色々な人物からの電話やメッセージ、そして愛する恋人と過ごした1日。
それらを思い返して噛み締めながら、ヴォックスは今朝共にベッドの上で目覚めた赤ワインとグラスを持って、夜空を眺めるファルガーの元へとベランダへの窓を開けた。
「丁度それが飲みたい気分だった。なんで分かったんだ?」
「お前の恋人だからだろうな。」
「……当たり前のことを聞いたな。悪かった。」
一瞬、間が空いたのは"どちら"で答えようか迷ったからだろうか。
一縷の隙もなくさらり、とボトルとグラスを手から奪ってとくとくと注いでいく。
その面倒見と手際の良さに普段のファルガーだと確信して、その手からグラスとボトルを奪い返して、側で静かに音を立てる室外機の上に置いた。
月明かりに照らされるその顔に自分のそれを寄せようとすると、夜風で冷えきった機械の手のひらが受け止めた。
「ストップ」
「……今はツンデレファルガーなのか?」
「そうじゃない。」
「?」
「1つ、実は今俺は少し不機嫌だ。」
「2つ、それはお前のせいでもあるし俺のせいでもある。」
「3つ、俺はそれに気づいて貰えずそれも少し寂しいと感じてる。」
それに気づいたらキスしてやる。
と順番に指を立てながら教えてくれるファルガー。
特にこれといった思い当たりもなく、あるとすれば誕生日だからと押し付けたわがままだ。
コイツもまぁまぁノリノリだったよな、と思いつつ、それしか考えられることは無い。
「今日、俺がお前のかわいく照れるところが見たいと頼んだことか。」
「んー、まぁな。」
「なんだその煮え切らない返事は。」
「いや、実はな、俺もやってて楽しくなかったわけじゃない。でもお前相手に嘘をつくつもりもない。」
ファルガーは置かれたワインを手に取って、少し口に含んだ。
夜景の方に目を向けて、ベランダのアイボリー色の手すりに肘をつく。
「今の自分が否定されたのかと、もっと可愛げのあるやつがいいのかと、思った。」
ぼそぼそ、と小さく吐き出されたそれ。
瞬間、弾かれたようにヴォックスが口を開く。
「そんな」
「つもりじゃない、だろ?知ってる。そういう意味じゃないのも知っているが、」
ちょっとだけ、本当に少しだけ、俺が勝手に傷ついたんだ。
切なげにはにかんで、グラスの赤ワインをぐっ、と飲み干したファルガーをヴォックスはその衝動のまま勢いよくその腕に抱きしめた。
「おわ、お前あぶな、」
「違う、違うんだ。悪かった。お前にそんなことを思わせてたなんて微塵も気づかなかった。」
「……正直、ついにお前に、飽きられたかと。」
「そんなわけないだろう。」
ヴォックスが、空になったグラスを取り上げて室外機の上のワインと並べる。
ボトルとグラスに月が反射してまるで溶け込んでいるようにみえた。
「400年あまり生きてきて、誰か特定の人間を愛してこなかった俺が、今お前を選んでるんだ。」
飽きるわけがない。
手放してやる気も、毛頭ない。
そんな意味も込めて、またぎゅうと力の限りその少ない生身の体を抱きしめる。
「好きだ。愛してる。これからも毎年この日を一緒に過ごして欲しい。お前と、一緒にこの数えるのも退屈な年月を重ねたい。」
「ちょ、ちょっと」
「かわいいお前も、かっこよくて頼りがいのあるお前も、お前が好きだから好きなんだ。お前じゃなきゃ意味が無い。」
「わかった!、わかったからっ……!一旦ストップだ、待ってくれ。」
口をもごもごとさせながら、顔を見せたくないからか、ファルガーはヴォックスの肩に顔をうずめる。
「〜〜っ!かわいい、すごくかわいいぞファルガー。顔を見せろ!」
「いい!今ので照れないわけがないだろ。もういい。充分だ。」
「気づいたらキスしていいって言っただろう。」
「言ってない。」
「はあ?」
勢いよくあげられたファルガーの顔は、闇夜でも分かるぐらいに紅潮しきっていて、その灰紫がきっ、とこちらを睨みつける。
「してやるって言ったんだ。」
ヴォックスの顎を持ち上げて、唇を重ね合わせる。
ファルガーの舌がヴォックスの唇を割り開いて、その少し残った赤ワインの味を分け合うように、お互いの唾液を混ぜ合わせた。
灯りに透ける銀糸と絹のような黒髪が澄んだ風になびいていた。
「今日の夜は?」
「お前ならなんだっていい。」
「そうか、じゃあたまには下をやるか?」
「……やらなきゃ別れるというなら、」
「ははっ!じゃあお前を組み敷くのは一生かかっても無理そうだ。」
翌朝、ベランダでぽつんと置き去りにされた赤ワインを見つけて2人で笑いあうまであと、