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    アスカ

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    アスカ

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    五夏/傑離反後、傑の部屋を片付けるよう夜蛾に言われた七海のはなし。
    七海視点+悟視点。傑は不在です。
    原作軸なのであんまり明るくはないです。

    #五夏
    GoGe

    まだ君に誓えない 七海はドアの前で、何回目かわからない呼吸を繰り返した。ここでうだうだしていても意味がないとわかっているが、それでもあまり進んでしたいことではなかった。
     七海は意を決して大きく息を吐き出してから、ドアをノックする。コンコンコンと三回。それに応える人が部屋の中にいないことも、勝手に入ってなにか言う人もいないとわかっているが、それが七海の部屋の主に対する礼儀だった。
     預かった鍵でドアを開ける。そこは、数日前忽然と姿を消した夏油傑の部屋だった。



     夜蛾に「傑の部屋を片付けてくれないか」と言われたとき、一瞬「なんで自分が」と思ったが、次の瞬間には「自分しかいないか」と七海はすぐさま考えを改めた。
     夏油と一番仲が良かったのは間違いなく五条だが、その五条に頼むのはいまは酷というものだろう。高専内で他に夏油と交流があったのは、一年後輩である七海だけだ。
     灰原がもしこの場にいたらきっと彼がやったんだろうが、それは無駄な「もし」だった。ともかく、いまは七海しか該当者はいない。気が進まないながらも、七海は夜蛾から鍵を預かった。
     そうして重い足を引き摺ってやってきた夏油の部屋は、以前となんら変化がないように見えた。綺麗に整頓されていて、決して汚いわけではない。けれど確実にここで暮らしていたのだという生活感があった。
     開いていないペットボトルのケース、ベッドの上に脱ぎ捨てられた部屋着、無造作に置かれたままの本、干しっぱなしのシャツ。
     七海が夏油の部屋を訪れたことなど数える程度だが、それでも彼の生活が如実に表れている。ここで生き、これからもここで生活をしていくつもりだっただろう、彼の日常が部屋いっぱいに広がっていた。
     こんなにも生々しい「日常」があるのに、この部屋の主はもう二度とここには戻ってこない。それが至極不思議で、この部屋の現状と一致していなかった。
     彼の生活に無断で足を踏み入れるようで非常に気が重いが仕方ない。すべて処分するようにと夜蛾に言われている。七海は中に入ると、心を無にして片付け始めた。
     持参したゴミ袋に、目に入ったものから無造作にがさがさと入れていく。七海が片付けたと言ったら夏油はなんと言うだろうか。悪いねありがとうと笑って言うのだろうなと考えて、いまは感情は不要だと頭から彼の影を追い出した。
     そうして夏油の部屋を片付けて、気付いたことがある。
     この部屋は、夏油以外の影が濃すぎる。
     甘ったるいジュースに菓子、サイズが違う服、テレビの横に詰まれたゲームソフト、夏油が読みそうにない雑誌。極めつけは透けていない特殊な丸サングラス。この部屋にだれがいたかなんて、考えなくてもわかる。
     中身を減らしたローションとスキンを見つけてしまったときはさすがに驚き、居たたまれない気持ちとうんざりする気持ちをぶつけるように、こめかみに血管を浮かばせながらゴミ袋に突っ込んだが。
     五条と夏油が仲が良かったのは七海も知っている。隣に並び立つにふさわしいほど強く、ふたりとも出鱈目な術式をしていた。性格は真逆なようで似ていて、似ているようで真逆だった。だからこそ相性が良かったのかもしれない。喧嘩をしていたと思ったら笑い合って、かと思えば背中を預けて共闘していたりした。
     親友とはこういうことを言うのだろうと、七海でさえ思った。きっと、この世界はあのふたりを中心に今後回っていくのだろうとぼんやりと思うくらいには、強烈で鮮烈なふたりだった。
     あのふたりがこういうこともする関係だったことを初めて七海は知り、驚いてはいるのだが、どこか納得しているのも事実だ。そのくらい、共にいるのがしっくりとくるふたりだった。だからこそ、今回のことが信じられない。
     何故夏油が離反したのか、七海はよく知らない。五条でさえ、よくわかっていないらしい。この部屋にも、なにも手がかりのようなものは残っていなかった。
     突然親友がいなくなった五条の心境はいかばかりかと、初めて彼に同情した。気が重いことに変わりはないが、部屋の片付けくらいやってやろうという気持ちになった。
     そうしてあらかた七海が部屋を片付けて、残ったのは五条の持ち物だった。
     きっと捨てていいと言うだろうが、本人がすぐ近くにいるのがわかっていて勝手に捨てるのは憚られる。変なところで律儀な自分の性格に辟易としながら、七海は五条のものを持って部屋を出た。向かうは隣、五条の部屋だ。
     夏油の部屋に入る前よりも何故か気が重い。相手が中にいるとわかっているからかもしれないし、五条に同情のような気持ちを抱いてしまっているからかもしれない。それでも入らなければならないと、七海は重い息を一度吐き出してからドアをノックした。
     当たり前のように返事はなかったが、七海はそのままドアを捻って中に入る。どうせ五条は七海の訪問を察しているだろうし、いくら待っても返事がないこともわかっている。だったらさっさと入ってしまったほうが幾分か気が晴れるというものだった。
     果たして目的の人物はいた。寝ているわけでもなければ、泣いているわけでもない。ただただ、五条悟はそこに存在していた。
     七海のほうに視線を向けたがそれだけで、普段の喧しさが嘘のように静かだった。五条と話すときはいつも彼が一方的に喋ってばかりで、七海は適当に相槌を打つくらいしかしていなかったので、こうも静かな五条というものに慣れない。なにを話したらいいのかわからないが、世間話をしに来たわけではないのだし、さっさと話を切り出してしまおうと思った七海は、重い空気を無視して口を開いた。
    「夏油さんの部屋にあった五条さんのもの、持ってきました」
    「…………」
    「ここ、置いておきます」
    「……捨てていいよ」
    「それは、ご自分でどうぞ」
     七海はそれだけ言うと戻ろうとした。これ以上五条と話すことなどないし、彼も七海に長居してほしくないだろう。くるりと五条に背を向け、足を動かそうとした時だった。
    「……傑にさぁ、好きだなんて一回も言ったことなかったけど」
    「………………」
    「言ってたら、なんか変わってたかなぁ……」
    「…………」
     そんなことで夏油の気が変わるわけがない。彼がどんな覚悟を持って離反の道を選んだのか、七海だって少しはわかるつもりだ。一番近くにいた五条が気付いていないはずがない。
     気付いていて尚、そんな些細なことに縋ってしまいたくなるほど、いま五条は傷つき、後悔し、打ちひしがれているということか。
     五条悟という人は、ひとりで生きていくのだと思っていた。最強という名をひとり背負って、誰にも手が届かない孤独で孤高の道を行くのだと。
     違った。五条は決してひとりでは成り立たない。夏油傑がいて初めて、最強たり得たのだと七海は初めて知った。
     七海になにも言うことなど出来ない。五条とて七海の相槌など求めていないだろう。ぐっと口を引き結び、そのまま部屋を出ようとしたときだった。
    「七海ィ」
    「……はい」
    「悪ぃねありがと」
     夏油がきっと言うだろうと思った台詞を貴方が言うのか、と七海は思ったが言わなかった。軽く会釈して、今度こそ部屋を出る。詰めていた息を吐き出せば、思ったよりも深い溜息が出た。
     夏油の部屋に一度戻り、今度こそなにもなくなったことを確認して鍵を締める。なにもなくなった部屋にはもう夏油の気配はない。がらんどうの部屋が広がるだけだった。
     もういない部屋の主に敬意を込めて一礼したあと、しゃんと背筋を伸ばし、足を踏み出す。七海自身も自分の行く道を決めるときが来ていた。




     七海が夏油の部屋を片付けているのは、物音で五条もわかっていた。損な役回りをさせられているなとは思ったが、声を掛ける気力もなければ、手伝う気もさらさらなかった。七海が五条の私物を置いて出て行ったあとも、五条は部屋に閉じこもって、ただひたすらいなくなった夏油のことを考えていた。
     夏油の離反はまったく意味がわからなくて、まるで自分の心臓半分持っていかれたような衝撃だったのに、五条の瞳から涙が零れることは終ぞなかった。あんなにも情を傾けた相手のはずなのに、自分は薄情なのだろうか。
     涙の代わりに、五条はひたすら夏油のことを考えた。夏油がなにを考え、どういう過程を経てあんなことをしたのか、五条はいまだにわからない。きっと、本当の意味で理解できる日は来ないのだと思う。
     ふたりで肩を並べて歩いていると思った道は、いつのまにか五条ひとりで走っていて、ふたりの道はもう二度と交わることも重なることもない。
     今度夏油と会うときは敵同士だ。かろうじてそれは受け入れているが、本人を目の前にして躊躇しない自信は、まだない。
     まだそんなことを言っているのかと、夏油は笑うだろうか。君ももう大人だろうと言うだろうか。
     夏油を殺すのは自分だ。自分以外に有り得ない。そう頭では思っているけれど、まだ、殺してあげると夏油に誓うことは出来そうになかった。
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    REHABILI以前にぷらいべったーに投下した五夏たとえるならウユニ塩湖。鏡面のように凪いだ海に白いテーブルクロスの掛かったテーブルセットが浮いていて、夏油はそこに腰掛けているのだった。どういう原理なのかはわからないが、そこではそれが自然なことだと理解している。
    周囲には何もなく、空と溶け合う水平線は夕焼けの赤に染まっている。少し上を見上げれば雲が折り重なり、淡く青に溶けてそこから藍。見事なグラデーションが描かれている。
    顔を正面に向けると、そこには五条のふぬけた笑顔があった。
    「何食べたい?」
    問われて、夏油はそうだ、ここはレストランなのだったと思い出す。
    「ラーメン半チャーハンセットと唐揚げ」
    「お前いつもそればっかだよな」
    半ば呆れた表情の五条がつぶやく。何食ってもいいのに。
    「俺はね、ステーキ丼とデザートにパフェ」
    五条がそう言った瞬間、影のようなものがあらわれ瞬く間にテーブルクロスの上に給仕がされていく。気づけばテーブルの上には馴染みの中華食堂のラーメンセットと、その三軒隣にあるステーキ屋のランチセットが並んでいた。
    「食べようぜ」
    いただきます、と手を合わせ箸を持つ。唐揚げを齧る。いつもに比べて味が薄いような気がして胡椒を 1193