冷たい銀が空気を凪いだ。
地に倒れ伏し、霞む瞳で見上げた友の顔は影になって見えない。
別れてからの10数年で随分と風貌が変わっていたけれど、対峙したときの瞳の熱はあの時と変わらず、怒りで静かに燃えていた。
もう一度、あの蒼を。晴れた空の蒼をみたい。
求めて開いた唇から熱いものが溢れ、声は音にならない。往生際の悪い意識に反し、熱はどんどん体外へと抜け出ていて、徐々に黄泉路へと向かっているのがわかる。かろうじてまだ機能していた聴力は、じゃり、と砂を踏む音を拾った。
「紅蓮……」
懐かしい響きが耳朶を叩く。
「紅蓮…………、ごめんな」
久しぶりに聞いたその湿った声に懐かしさを感じる。
白波が産まれるまで末っ子だったこいつは随分な泣き虫で、いつもベソをかきながら俺の着物にしがみついてきた。そのうちに隣を歩くほどに大きくなって、いつの間にか先を歩いていて。泣いている姿なんてずっと、見せることなどなかったのに。
もう腕も上がらず指先の感覚はない。あの時のようにもう泣くなと目尻を拭ってやることもできやしない。
「なぁ、どうしてあの時俺を殺さなかったんだ」
ああ、あの時。父や親しいもの達の亡き骸に囲まれて、俺は蒼生の息を止めることができなかった。
どうしてだろうか。今までずっと考えるのを避けてきた。あそこで人間族の当主候補を屠っていれば、もっと容易くこの世界を支配することだってできたというのに。
「どうして……俺にお前を、殺させるんだ……!」
絞り出すような慟哭に、やっと合点がいった。
あの時おまえを殺していたら、俺はきっとこの世を統べることはなかった。全ての種族を滅ぼし、そしてこの世界そのものを滅ぼしていただろう。
お前が生きているこの世界を、お前と繋がっているこの世界を、俺は手放すことが出来なかった。
ただ、それだけだ。
おまえの手にかかれて良かった。
二人で愛したこの世界を、お前に託すことができてよかった。
最後に口から溢れた言葉をもう一度胸中で繰り返す。
冷え切った体に僅かな温もりを抱きながら落ちていく闇の中は、そう悪いものでは無かった。